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仲の良いギルメンが実はドラゴンだった。


 ようこそ! 『竜と人の楽園』へ!

 この世界は七匹のドラゴンが統べる世界、アーリーサマン。


 人々は古くからドラゴンと共存して穏やかに暮らしていましたが、ある日、ドラゴン達が人々を襲っていき、世界の人口は半分までに減らされてしまいます。

 このままでは人類は滅亡してしまう。しかし、世界を統べるドラゴンを止めるなんて誰も出来ない。


 このまま、理由もわからず滅ぼされるのか。


 人々が絶望しかけていた時、一人の勇気ある者が立ち上がります。


 そう! あなたです!



 プレイヤーであるあなたは何故ドラゴンが人を襲うようになったのかを、冒険者ギルドに入って調査してもらいます。

 時には僻地の村へと行き、時には危険な洞窟へと手掛かりを求めて、ドラゴンに纏わる情報を集めてもらうことがあなたの主な仕事です。

 

 仲間とワイワイするのもよし! ソロでコツコツ腕を磨くのもよし!

 クエストだけじゃない、闘技場で他プレイヤーを倒して頂点を目指すことも、自分だけの農場でのんびり過ごすのもアリ!


 自由なキャラメイク! 極限まで追求されたリアルなグラフィック!

 匂いも手触りも味だって! 何もかもが現実世界と変わらない!

 


 君が集めた情報にはこの世界を大きく揺るがす秘密が隠されていて……!?


 自分だけしか持っていない、特別な【ギフト】でこの世界を救うのはあなただけ!

 その先の物語を見逃すな!


 さぁ! 自由に遊べる『竜と人の楽園』で今すぐ君も遊ぼう!


***** 


 そんなハイテンションなCMを見てから、アキラの心はそのゲームに奪われたままだ。

 今では主流となったVRゲームは毎月新作が出て、色々なところで宣伝を出している。

 そのうちの一つ『竜と人の楽園』に心を鷲掴みにされたアキラは必死に両親を説得した。

 テストでの高得点を条件に勝ち取ったVR機器をいそいそと準備して、ゲームの世界に飛び込んだのがつい半年前のこと。


 『竜と人の楽園』は課金型の基本プレイ無料ゲームだ。

 無料ゲームといえば消費者の食いつきは早いが、その分離れるのも早いもの。しかし、このゲームは中々に人が減らなかった。

 それだけ内容や作りが良いということであり、プレイヤーの良識さもあり、長く運営を続けることが出来ているのだろう。

 

 アキラは建物の壁に寄り掛かりながら、街を行き交うプレイヤー達を眺めていた。

 超絶美女や美形、おじさんや老婆、中には奇抜な肌の色をしたハゲた半裸のおっさんが剣を背負って走り抜けていく。自由度の高いキャラメイクはやはり人気のようで、皆思い思いの姿でこの世界を満喫している。


 あ、あの子は幼女なんだ。可愛いな。

 

 アキラの視線の先には大人の腰までしかない小さな女の子が一所懸命に背を伸ばして、屋台に立つNPCに金銭を支払っていた。

 アキラの姿も可愛らしい容姿をしているが、やはり自分以外の可愛いものも目の保養になる。

 暫くの間、その幼女を眺めていると、ふとアキラの肩を叩くものがいた。視線をそちらに遣ると、大きなペンギンが視界を塞ぐ。

 

 「くるるんさん!」


 大きなペンギンの着ぐるみを着た人物の名を呼んで、アキラは笑顔になった。


 アキラの所属するギルド『竜の失墜』は総勢七十名が在籍する大きな組織だ。

 目の前のペンギン、基、くるるんも同じギルドメンバーである。

 ギルド全員が仲良しという訳ではないが、アキラとくるるんは何度か一緒にクエストをこなしていくうちに仲良くなった。お互いのログイン時間は把握していないが、大体、夜のこの時間帯というのは何度も会えばわかってくる。


 くるるんはアキラよりも背が高く、たまに聞く声も低いことから中身は男性だとわかる。対してアキラは女だ。トラブルに巻き込まれるかもと思ったこともあるが、一緒に行動するうちにそんなことはどうでもよくなっていった。

 どの相手と組んでも彼ほど相性のいい者はいなかった。それは相手も同じだったようで、気付けばクエストだけでなく、レベル上げの付き添いやスキルの組み合わせ相談など、よく付き合ってくれた。


 距離の近い関係だ。それでもお互い、プライベートなことは話さない。

 そこが二人の相性がいいと感じる部分だった。故に二人はよく一緒に行動する。


 自然とこのアイテム屋の横が二人の待ち合わせ場所になった。


 〈やほー、今日はどのクエスト行く?〉

 

 ペンギンの頭上にメッセージ欄が出て、くるるんの打ったコメントが表示される。

 このゲーム内でのプレイヤー同士の意思疎通は基本的にボイスだ。しかし中には精神的な理由で声を出せない、出したくない人向けにコメントを打てるようになっている。そういう人はくるるんのように頭上にコメントが暫く出ているのだ。よくギルドの勧誘などに利用している人もいる。


 「んー、サブクエもメインも終わりましたからねぇ……」

 〈そうだ。今、闘技場イベやってるから行こうよ〉


 闘技場といえば、プレイヤー対プレイヤーの誰が最強かを決める場所である。メニュー画面を出して『闘技場』と書かれたアイコンをタップすれば瞬時に移動することができる。

 常時開いているこの場所は、定期的にイベントを開催していて、上位のプレイヤーには豪華アイテムや称号が貰えるのだ。普段は参加しないプレイヤーもこの時ばかりはアイテム欲しさに出場する者が多い。


 そして、くるるんは闘技場の中でも屈指の強者である。

 ずんぐりむっくりなペンギン体躯なのに、その動きは俊敏で捉えることが難しい。何もない空間から取り出した槍で相手の急所を突き、時に薙ぎ払い、時に地面に突き刺した反動を利用して空を舞い、まるで踊るように相手を翻弄し、一瞬の隙を突いて倒す。

 圧倒的強者であり、闘技場に入り浸っている者は皆そのペンギンと闘うことを望んでいる。

 要は闘技場は戦闘狂の集まりだ。誰もそんなこと口が裂けても言えないが。


 アキラから戦闘狂と認識されていることなど知りもしない彼はどこか嬉しそうにしていた。


 闘技場で貰えるお金目当てだって言ってたけど、やっぱり、くるるんさんは戦闘狂だわ。

 私の職業って戦闘向きじゃないし……闘技場ってたまに暴言吐いてくる人がいるから嫌いなんだよね……。


 「ごめんなさい。遠慮しておきますね。ほら、私ってギフトが【兼業】なので、どれも中途半端で同レベルの人に比べたらスキルレベルも低いですし……」

 〈確かに今は弱いけど、全ての職業を最高レベルまで上げられるんだから実質最強だと思うけどな〉

 「でも時間がかかりますからねぇ……」

 〈それなー〉


 ピッと着ぐるみの手が私を指してくる。

 これで諦めるかと思いきやペンギンは諦めていなかった。


 〈でも今やっているイベはタッグ組めるから! 一緒に行こー〉

 「え!?」

 〈クエストでパーティー組むことはあっても、闘技場で組むことはなかったからなー楽しみ!〉


 タッグを組めるなんて聞いてないと、アキラが戸惑う中、ペンギンが彼女の手を握って素早くメニュー画面を開く。軽快な音を鳴らして、エントリーが受理されると少女とペンギンの姿は瞬く間に消えたのだった。


*****


 騒めく歓声と迸る熱気に人の多さを感じる。

 転移したアキラはその閉じていた瞼を開けて周囲を見渡した。


 「すご……!」


 すでに決闘は始まっているようで、剣戟の音が観客の応援に混じって聞こえる。純粋に戦いを楽しんでいるもの、野次を飛ばしているもの、どちらが勝つか賭けているもの。観客の熱気が辺りを包み込み、それぞれの声は一つの波となって、技が決まるたびに大きくうねり、会場をより一層盛り上げる。

 会場の方に視線が釘付けになっている中、隣にいたくるるんは自分達の対戦相手を確認していた。彼が対戦相手の名前を呟いているのを聞いてアキラは我に返る。


 「ちょ、ちょっとくるるんさん! 私には無理ですってば!」

 〈大丈夫! てんとう虫さんは俺が守るから!〉


 てんとう虫というのはアキラのゲーム内での名前だ。

 アキラの現在の職業はヒーラーとメイジの二種だが、兼業しているせいでスキルのレベルが低い。おまけにどちらも後衛の職種だ。前衛のくるるんとは確かにバランスがいいが、対人間となると話は変わってくる。

 顔を青褪めるアキラの肩を叩いて、くるるんは顔を寄せた。


 「絶対に守る。だから、リンクしてくれ」


 虚無なペンギンの顔付近から男性の低い声が囁いてくる。くるるんの声だ。

 パーティーを組むと周囲の人間には聞かれずに、そのメンバー同士だけで会話をすることが可能になる。パーティーが複数でのものなら、リンクは一対一での会話だ。

 これから戦闘になるのだ。流石のくるるんも文字を打ちながら槍を握ることは出来ないようだった。

 リンク自体は何回かしているが、アキラは耳元で聞こえてくる彼の声に未だ慣れていなかった。


 声が良いんだよな〜! くっそ〜!!


 くるるんに恋をしている訳ではない。しかし、異性を気にする年頃な少女にはたまに刺激が強い時がある。

 ギュンと奥歯を食いしばって、アキラは了承した。


 「負けても文句は言わないでくださいね!」

 〈大丈夫だ。勝つからな!〉


 グッと腕を上げたペンギンがリンクの申請をしてくる。それを承認して、アキラは指を鳴らして武装した。

 一瞬の光の後に、腰のベルトには先ほどまで無かった小さな鞄が幾つもぶら下がり、その隙間から小瓶や色とりどりの魔石が顔を覗かせている。深い青が特徴の大きな魔石がついた杖を持って、アキラは裏地に魔法陣が刺繍されたマントをはためかせた。


 「お、やる気満々だな」


 揶揄うようなくるるんの声が聞こえてくる。顔なんてわからないのに、声音だけでその感情がわかるのだから、普段の彼はきっと感情豊かなのだろう。アキラは頬を膨らませてじっとりとペンギンの虚無顔を睨んだ。


 「やるからには、ちゃんと全力でやりますよ」

 「その意気だ」


 くるるんが笑っていると進行役に呼ばれ、登場するように促される。いよいよ、アキラ達の番だ。暗い道を通って会場に出れば、上から囲むように見ていた観客達が歓声をあげた。


 「やべーっ!! くるるんじゃん!!」

 「やれやれぇええ!!」

 「俺はねこねこ丸に賭けてんだ!! ペンギン負けろ!!」

 「くるるんと一緒にいるやつレベル低くないか? 負けるだろ」

 「くるるんー! それ終わったら俺と勝負しようぜぇええええ!!」


 言葉が、叫びが、うねりとなってアキラを襲う。呑まれそうになるのをなんとか堪えて、杖を握り直した。ペンギンのもふもふした感触がアキラの頬を突く。何をするんだと横を見遣れば、槍を持ったペンギンが見下ろしていた。


 「相手が人間だと立ち回りが違ってくるけど、基本は一緒だから。周りの観客なんて気にしないで」

 「わかってます」


 アキラの向こう側から二人の男が歩いてくる。対戦相手だ。彼等の手には大剣と弓が握られている。それを見て、くるるんは中央へと向かって歩き出す。アキラも慌ててそれに続いた。


 「相手もバランス良く職種を揃えたな。だが、大剣も弓使いも回復スキルは持っていない。ということは、相手は一気に決めてくる可能性がある」

 「大剣使いがいると持久戦に持ち込むのが難しいですね」

 「そっちは俺が引き受ける」

 「なら、私は弓使いですか……回復しつつだと少し時間掛かりますけど、くるるんさんなら余裕ですよね」

 「……頑張ります」


 苦々しげに言われたアキラは思わず吹き出す。

 丁度、互いに中央に出て、対戦相手と対峙した。リンクしているから先ほどの会話は聞かれていない。

 アキラが目の前の彼等を見ると、明らかに馬鹿にした様子でアキラを見下ろしていた。


 「雑魚はさっさと帰れよ」


 ぼそりと呟かれた言葉は観客の騒めきによって掻き消される。しかし、アキラの耳にはしっかりと聞こえた。


 これだから闘技場って嫌なんだよね〜! 運営に通報してやろうか!?


 にっこりと笑顔を浮かべて、脳内で拳を握りしめる。


 決めた。絶対負かす。



 それぞれが配置についてから、審判の開始合図が出される。

 大剣使いが前に出て、弓使いは横へと移動する。そのまま前衛同士がぶつかるかと誰もが思ったが、二人は一斉にアキラを狙った。

 矢がアキラの行動を牽制するように飛んでくる。その間にくるるんの横をすり抜けた大剣使いが距離を縮めてきていた。


 回復役を先に潰すのは常識……ですよねー……。


 アキラは視界の端に敵を捉えたまま視線は中央を向いたままだ。逃げはしない。回復役にはまずすべき仕事があるのだ。それは回復よりも一番大事なことだ。


 「くるるんさんー! 受け取ってー!」


 そう言って杖を天高く掲げて、くるりと回る。マントの裏地にある魔法陣が淡く輝き、障壁を造り出して矢を防ぐ。そして、杖に嵌め込んだ魔石がカッと光った。


 移動速度、攻撃速度、体力、攻撃力、物理耐性、魔法耐性、上昇!


 アキラとくるるんの身体から青い輝きが漏れ出す。

 彼女がしたのは能力強化(バフ)だ。いくら弱いスキルでもこれが掛かっているかないかでかなりの差が出てくるのだ。大剣使いが来ている間もアキラはあれこれとバフを掛けていく。もちろん、敵が不利になるようにデバフも忘れない。

 

 「クソガキがッ」


 大剣使いがついにアキラのもとまで来てしまった。しかしアキラは逃げない。振りかぶった切っ先が彼女の頭に叩き込まれようとされる瞬間だった。


 「ギリセーフ!」

 「グァッ!?」

 

 暴風だと思ったそれはくるるんの槍が起こしたもので、大剣使いの武器を薙ぎ払い空へと飛ばす。そのまま背中の一点に鋭い突きを入れて、アキラの方へと吹っ飛ばした。

 ぶつかるかと思いきや、アキラは横に避けてそのまま闘技場の壁をなぞるように走った。


 「ね、ねこねこ丸ーーー!!」


 弓使いの叫ぶ声が聞こえる。どうやら大剣使いはねこねこ丸という名前らしい。


 「ねこねこ丸……」


 足を止め、思わず男の顔を見ながら呼んでしまう。

 いかつい顔した男がねこねこ丸。


 に、似合わねぇー……!!


 アキラを含め、ねこねこ丸を知らない観客の心が一致した瞬間だ。ねこねこ丸は顔を真っ赤にしてうるせぇと喚いた。


 「変えられないんだからしゃーねぇだろ!! クッソ! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!」


 誰も口に出してないが、態度でバレてしまったらしい。ねこねこ丸はスキルで大剣を呼び戻すと再び襲い掛かってきた。しかし、くるるんが立ち塞がり、ねこねこ丸の妨害をする。


 「こっちは任せて。何度か相手したことあるから手のうちはわかってる」

 「りょーかいです! 私が合図出したら弓使いの方にその人を飛ばしてください!」

 「はいよー」 


 くるるんとの連絡もそこそこにアキラは走って矢の軌道から逃れる。その間にも切れたバフを掛け直し、自分とくるるんの生存値を確認しながら回復魔法を掛ける。ポーションで魔力を回復させつつ、魔石を砕いては体内へと吸収させた。そして常に弓使いと一定の距離になるようアキラは移動し続けた。

 たまにくるるんとねこねこ丸を間に挟んで距離を取り、誤射しないかなとわざとねこねこ丸と被るように逃げてみる。しかし、相手は慎重のようで中々ミスしてくれなかった。


 ま、そう上手くいかないよね。


 一人ぼやいて、アキラは最後の魔石を砕いた。

 砕いた石は全て下級魔石で質は悪いが、安く大量に仕入れられるのが良い点だ。モンスターを倒せばゴロゴロ出てくるし、初期の頃には大体の人が世話になっただろう。


 魔石の使い道は色々あるが、その一つに魔力増幅がある。

 アキラの魔力はポーションと魔石によって、既に満杯を通り越して体内から溢れ出そうとしている。容量オーバーは身体に異常をきたす。早く魔力を放出しないと大変なことになるだろう。

 アキラの視線は砕いてきた魔石の欠片を辿った。

 赤、青、緑、黄色に紫、桃色、橙、白に黒。実に色彩豊かな欠片が太陽光を反射して煌めいている。

 そしてその先にいるのは弓使いの男だ。常に視界にアキラを捉えているから、地面にある欠片に気付いていない。

 弓使いとアキラは今、砕かれた魔石の欠片によって繋がっている。

 そうなるようにアキラは移動したのだ。


 「くるるんさん! 今です!!」


 杖を振り翳して、合図を送る。

 くるるんはそれに頷くと豪快に槍を回してねこねこ丸を吹っ飛ばした。飛ばされてきたねこねこ丸に気付かず弓使いの男とぶつかって倒れる。

 多少、導線からズレたが問題ないとアキラは詠唱した。


 「…………門の番人よ! 我が呼び声に応え、穿て!!」


 掲げた杖の魔石が輝く。その煌めきは瞬時に砕いた魔石に流れていき、男達へと渡った。

 直後、耳をつんざくほどの轟音が大気と地面を震わせ、視界を真白に染め上げる。観客達は皆、痛む目を押さえて呻いた。

 しかしそれも数秒のことで、視界が慣れると同時に痛みも引いていく。

 一人、また一人と観客達は会場の凄惨な現場を見て喉を引き攣らせた。


 プスプスと音を立てて、焦げ臭い匂いが風に乗って運ばれる。髪は縮れ、衣服は所々焼け焦げ、肌を煤で汚し、白目を剥き口から泡を吹いている男達を見て、アキラが雷を落としたのだと理解するまで、時間がかかった。


 「し、死んでんのか?」

 「いや、プレイヤーキルはないだろ。このゲーム」

 「さっきのって雷魔法の上位版?」

 「ちっげーよ! 全属性の特級魔法! 魔法使いが使える中で最強の魔法だよ!」

 「え、あいつ、ヒーラーじゃないの?」

 「あのレベルじゃまだ特級打てても威力弱いはずだよな?」

 「何かキラキラしたもん落としてたし、アイテム使ったんじゃねぇの」

 「ああああああああ!! 俺の五千ラマンがぁああああああああッ!!」

 「くるるん以外にも強き者がいたとは!!」

 「嬢ちゃん! 次は俺と勝負してくれぇえええええ!!」


 小さな騒めきはやがて大きくなり、歓声へと変わる。


 「勝者、くるるん&てんとう虫!」


 審判の宣言に会場は一気に湧いた。

 その光景をぼんやりと眺めていたアキラは近付いてきたくるるんによって意識を戻した。


 「……勝っちゃった」

 〈おつおつ〜。やっぱさぁ、一緒に闘技場籠ろうよ。後衛職でも近接スキルはあるし、てんとう虫さん向いてるって〉

 「いや、やりませんよ。戦うたびに魔石砕くことになりますし、それに意地の悪い人いるじゃないですか」

 〈負け犬の遠吠えなんだから、そんな奴ら拳で黙らせれば良いんだよ〜〉


 バイオレンスなコメントにアキラは思わず黙り込む。きっと冗談ではなく、本気のコメントだろう。だって彼は戦闘狂なのだから。


 「とにかく! 魔石も底を尽きましたし、もう闘技場イベントはいいです!」

 〈えー! さっきの相手、上位だったから後数回勝てば一位だよー?? やろー??〉


 首を傾げて、ペンギンの死んだような瞳がアキラを見詰めてくる。

 見詰めてくること数十秒、やはり自分は闘技場には向いてないと、アキラは大声を出した。


 「出ても良いですけど、戦うのはくるるんさん一人ですからね!!」

 〈よっしゃ、まかせろー!!〉


 きっと着ぐるみの下は満面の笑みでいることだろう。

 

 どんだけ戦闘が好きなんだ、この人は!!


 呆れと疲労の波が一気に押し寄せてきたアキラは武装を解いた。

 その後、本当に一人で戦い、全てに勝って賞金を貰うくるるんを見て、もしや最初の戦いも私いらなかったのではと、アキラは不貞腐れてしまったのだった。




 「私、いらなかったじゃないですか! 無駄に注目浴びてしまいましたよ!」

 〈ごめんごめん! てんとう虫さんの強さ、自慢したくて〉

 「私は目立ちたくないんです!」

 〈許してよ〜。賞金の七割はてんとう虫さんが取っていっていいからさ〜。アイテムも全部あげるから〜〉


 ペコペコとペンギンの頭が上下に揺れる。闘技場から退出した二人は空き家の屋根に登り、報酬を分け合っていた。その途中でアキラの怒りが爆発して元凶のペンギンが平謝りしている訳だ。


 目立ちたくないという彼女の言い分はわかる。

 しかし、スキルレベルが低くてもそれを補うように誰も考えないような方法で高火力を出す彼女を自慢したかったのだ。レベルが低いからとすぐに諦め、自分より弱い者を見下す奴らに、自分の友人は努力家で、その強さを見せびらかすことなくいる清廉な人だとわからせたかった。

 だからこそ、半ば無理矢理に連れて行った。

 誤算があったとすれば、相手が彼女を挑発したことか。そのせいで彼等は彼女を本気にさせてあんな目に遭ったのだが、自業自得ゆえに同情などしない。

 色々あったが、目的は達成した。

 我が友人、いや、相棒を皆に自慢することが出来たのだ。これで陰口を言っていたギルドメンバーも、彼女を見て笑っていた別ギルドの連中も、次会う時には敬意を持って彼女と接するだろう。


 にやりと着ぐるみの中で笑って、くるるんことシリウスは金貨の山をアキラに渡したのだった。


*****


 「今日どこ寄ってくー?」

 「カラオケ行こうぜ!」

 「やばっメイク崩れてるし」


 同級生達の楽しげな会話を聞きながら、机に掛けていた鞄を持ってアキラは教室を出る。

 出ていく彼女の背を見掛けた一人の生徒が声を潜めた。


 「七星って暗いし何考えてるかわかんないよなー。正直、気味悪くて早くどっか別のクラス行って欲しいわ」


 その言葉に同調するように周りの生徒が笑い声を上げる。

 アキラは振り返ることなく廊下を進み、靴を履き替え校舎を後にする。暫く進んで背後の建物を一瞥した。


 「気味悪くて悪かったなクソが」


 ぼそりと吐き出して、アキラは塾へと向かう。

 現実でのアキラはゲーム内と同じように大人しい。容姿は至って普通だが、無口故に暗くとっつきにくいとされ、周りから距離を置かれていた。ゲーム内では明るい少女の格好に隣には強者のくるるんがいるから、何かと声をかけてくる人がいた。……同じギルメンでも陰口を言う人間はいるが。

 それでも信頼出来る人がそばにいるかいないかだけで、こんなにも心の荒れ具合が違ってくる。


 さっさと終わらせて、くるるんさんに会いに行こう。


 見慣れた虚無顔のペンギンに癒されようと、アキラは早足になる。

 そうだ、近道しようと、路地裏を通った。それがいけなかったのか。


 「ん……?」


 通路の真ん中に誰かが立って道を塞いでいる。これでは通れない。しかも塞いでいる人物はフードを被り、全身真っ黒な格好で何をする訳でもなく佇んでいる。そんな不審者に薄暗い路地裏で道を開けてくださいなんて言える訳がなかった。

 仕方ない、引き返そうとアキラが踵を返そうとした時だ。


 「マ、待テ」


 不審者に声を掛けられた。

 関わらないのが吉とアキラはそれを無視して歩き出すがすぐに足を止めた。


 「二……ゲル……ナ……逃ゲルナ」

 「!?」


 後ろにいたはずの不審者がアキラの目の前にいる。しかも、その不審者の顔はあまりにも衝撃的すぎてアキラは飛び上がった。


 「骸骨……!!」


 黒いフードに髑髏の頭、よく見れば手足も骨だ。絵や漫画でよく見る死神と同じ格好の不審者が目の前にいる。

 一瞬、骸骨の絵が描かれたタイツでも着ているのかと思ったが、こちらを見てくる目の奥は何もない闇があるだけだ。肉なんて付いてない。その事実に肌が粟立つ。


 「寄越セ……ヨ……コセ」


 骸骨が一歩近付いてくる。同じようにアキラも一歩、後退する。


 逃げ、逃げなきゃ……。


 そう思うが、身体が震えて言うことをきかない。ジリジリと距離を縮めてくる骸骨にもうダメかとアキラは目を瞑った。直後、骸骨の向こう側から男性の大きな声が聞こえてきた。


 「走れ!!」


 その怒声にも似た叫びに、アキラの身体は弾かれたように駆け出した。あれほど震えて使い物にならなかった足が嘘のようだ。

 骸骨から逃げるが相手もアキラを追ってきているようで、カラカラという音がついてくる。アキラは息を切らしながら必死に逃げた。

 やがて細い道が終わり広い場所へと出たが、そこはアキラの知っている大通りではなかった。


 「どこ!? ここ!?」


 乱れた息でなんとか呼吸しつつ、辺りを見る。

 そこはコンクリートの道路ではなく、草が当たり一面生えた場所だった。草の独特な匂いと共に、湿り気を帯びた土の匂いもする。

 アキラが一歩踏み出すと、ビチャッという音がして、彼女の靴が濡れた。


 「水……?」


 地面をよく見れば土はドロドロで、徐々にアキラの足を飲み込んでいく。止まることはない。その感覚に嫌な予感を覚えて慌てて足を引き抜いて下がった。


 ここは沼地だ!


 草が生えていてわかりにくいが、間違いない。そうなるとアキラは不用意に進むことが出来なくなってしまった。


 「ヨコセ……寄越セ……タマシイ……」

 「!!」


 追いつかれてしまった。

 姿を現した骸骨の手には巨大な鎌が握られている。完全に死神だ。


 前方は死神、後方は底なし沼。詰んだ。


 死神が鎌を振り上げる。今度こそもうダメだとアキラは目を瞑った。

 ブンッと空を殴る音が聞こえる。


 来るであろう痛みに備えるが、いつまで経ってもそれは来ない。

 おかしいと思ったアキラがそっと瞼を上げると、そこには槍を持った大きなトカゲが直立していた。そのトカゲの足元には骨がバラバラになった死神が地面に転がっている。

 どういう状況だと、アキラは訳がわからずトカゲを見詰める。

 

 トカゲはアキラよりも背が高く、人間と同じように布で身体を隠している。硬そうな鱗は黒く輝きを放ち、太い脚の間からは大きな尻尾が地面に垂れていた。歯はギザギザで、目も大きくぎょろりとしてる。

 凝視していたのがバレたのだろう。トカゲはアキラの視線に気付くとその大きな口を開閉した。


 「怪我はないか?」

 「喋った!!」


 しかもその声はアキラに走れと命令した声と同じだ。

 死神が倒れているという状況を見ても、このトカゲがアキラを助けたのは明白だった。

 それでも、目の前の死神といい人語を話す巨大トカゲといい、非現実的な状況にアキラは付いていけず、混乱の中で出した答えは実に単純なものだった。


 「大丈夫か? 驚いたかもしれないが……って、おい!」

 

 トカゲが言い終わらないうちに全速力でその横を駆け抜ける。

 アキラの出した答えは逃走である。

 トカゲの制止する声を無視して、元来た狭い通路を走る。何が何だかわからないが、とにかく目指す場所は家だ。

 幸い、後ろから追いかけてくる気配はない。大通りに出ても走ることをやめずに、通行人の視線なんて気にする余裕もなく家に駆け込んだアキラは自室へと飛び込んで鍵をかけた。

 家にいた母親は娘の慌てように何事かと扉を開けるよう言うが、それを無視してアキラはベッドへと倒れ込んだ。


 うるさい、うるさい、うるさい!!

 塾なんて知るか! 何があったか説明しろだって?

 そんなのこっちのセリフだわ!!


 母親の怒鳴り声も暫くすれば静かになり気配がなくなる。きっと諦めて夕飯でも作りに行ったのだ。

 ようやく静かになった空間で、アキラは先ほどのことを思い返す。


 何だったのあれは。骸骨が、トカゲが、沼地があって、何が起こってるのかわからない。

 本当に現実なのか、夢なのか、わからない……!

 怖かった……怖かった……。

 

 危険は去ったはずなのに身体は未だ震えている。

 アキラはどうしようもない不安と恐怖を感じた。

 今は誰かと一緒にいたい。気を紛らわせたい。そう強く願うたびに、虚無な顔したペンギンがチラついてくる。


 「くるるんさん……」


 弱々しく呟く。

 きっとこの時間帯にログインしても彼はいないだろう。しかし、アキラは縋る思いで機械を手に取った。


*****


 アキラがいつもの待ち合わせ場所で待つこと、四時間。普段と変わらない様子のペンギンがアキラの肩を叩いた。


 〈ちっすー。今日は早いね〉

 「…………」

 〈???〉


 アキラの普段とは違う様子を感じ取り、身体を折り曲げて彼女の顔を覗き込む。

 ハイライトのないペンギンの瞳にアキラが映った。


 〈どったの? 元気ないね?〉

 「…………」

 〈俺でよければ話聞くよー〉


 そもそも聞かれたくないことならば普段通りにするし、それが無理ならゲームせずに現実世界の方にいるだろう。

 こっちに来て何かありましたとあからさまな態度でいると言うことは、誰かに気にして欲しいということだ。

 しかも、このゲームの世界で彼女と一番仲が良いのは自分だとシリウスは自負している。それはつまり、自分を頼っているということ。


 何も言わないアキラの手を引いて、シリウスは人気のない場所へと移動する。ここならば第三者に聞かれることもないだろうと、大きな木の下に腰を下ろした。

 シリウスに促されてアキラも隣に座り込む。

 暫くの間、無言の時間が流れて、やがてポツリポツリとアキラは語り出した。


 「……信じられないかもしれないけど」

 〈うんうん〉

 「塾に行くのに近道しようと路地裏通ったら死神みたいな全身真っ黒の骸骨に追い掛けられて」

 〈うんう……ん? 骸骨?〉

 「骸骨です。本物の骸骨」

 〈お、おう?〉

 「それで必死になって逃げたら、いきなり沼地に出て、逃げる場所がなくって、その骸骨に追い詰められたんです」

 〈そ、それで?〉

 「大きな鎌を持った骸骨が私を襲おうとしてきて、もう駄目だって思ったんですけど、そこに槍を持った巨大なトカゲが骸骨を倒してくれたんです」

 〈トカゲ……〉

 「こいつ何言ってんのって思うかもしれませんが、本当なんです! 私の魂寄越せって骸骨が襲ってきて、喋るトカゲが助けてくれたんです!! でも私、何が何だかわからなくて……!! こ、こわっ、怖くて……!!」


 感情が溢れ出して、アキラは嗚咽を漏らす。シリウスは困ったように頭を掻いた後、その震える小さな肩に手を乗せた。


 「大丈夫、てんとう虫さん」

 「ひっ、う、ひっぐ……くるるんさんんん〜……」


 涙で歪むアキラの視界に、元気よく手をあげるペンギンが映る。


 「そのトカゲ、俺だから」

 「…………は?」


 衝撃の発言にアキラの思考は止まる。おまけに涙も止まった。

 固まるアキラに気付かず、ペンギンは呑気にあっはっはと笑った。


 「あ、でも一つ訂正させて。俺はトカゲじゃなくてドラゴンだから」

 「え? んんっ? えっ……?」

 「そうか、あの女子高生はてんとう虫さんだったんだね。家はあの辺? あの後、大丈夫だった?」

 「え、いや……?」

 「怪我したの? どこ?」

 「や……そうじゃなくて……え? くるるんさんがトカゲ?」

 「ドラゴンね」

 「冗談?」

 「冗談にしてもいいけど、多分、あの死神また来るよ? ほら、この世界(ゲーム)にある試練の塔、第四層で出てくる一度ロックオンしたら殺すまで追いかけてくる魂の追跡者。あの死神、それだから」

 「え、まっ、待って、情報量多すぎて、え?」

 「これも何かの縁なのかなー」


 混乱するアキラを他所にシリウスはブツブツと独り言を言う。何か己の中で納得した彼は一頻り頷いた後、メニュー画面を開いて自身の纏っている服を変更した。

 すると、ずんぐりむっくりだった虚無のペンギンが消えて、黒の軍服を着た美しい男性が現れる。

 誰もが目を奪われる美しさだ。

 アキラも例外ではなく、目の前の男性に意識を持っていかれた。

 相棒だと思っている彼女の視線を受け取って、たまにはこの姿でいるのも良いかとシリウスは笑みを溢す。


 他人の視線はうざったいが、この娘の視線は心地いい。


 気を良くしたシリウスはアキラの手を取った。


 「情報が多すぎて混乱するか? なら、もっと混乱させてあげようか」

 「え?」

 「俺の名前はシリウス・ルファン・アーリー。この世界を統べるドラゴンの内の一匹、皆から闇の竜王と呼ばれている」

 「えっ?」

 「今現在、実体は異世界……てんとう虫さん達の住む世界にあって、本来居るべき場所、アーリーサマンに帰ることが出来ないでいる」

 「んっ?」

 「何とか人間に擬態して生活しているが、いつまでも異世界にいる訳にはいかないしな。そこでだ!」

 「あ、嫌な予感」

 「俺がこの世界に帰る為に協力してくれないか! もちろん、魂の追跡者からも、どんな危険なことからも俺が全力で守る!」

 「んひえぇ」

 「疑わしいのなら、この命を賭けて君に誓おう」


 握っていたアキラの手を引いて、シリウスは唇を寄せる。


 「ありとあらゆる脅威から君を守ると、ここに」

 

 ちゅっと音を鳴らしてアキラの手の甲にキスを送る。

 これで少しは信用されるだろうかと、シリウスが彼女の顔を見る。しかしシリウスの予想に反して、アキラは顔を真っ赤にして倒れる寸前だった。


 「もうだめぇ……」

 「てんとう虫さん!?」


 情けない声を出して、ついにアキラは倒れ込む。地面に着く寸前に何とか彼女の身体を受け止めたシリウスは困ったなと漏らした。


 困った、と思う。

 本来なら彼女を巻き込むべきではないとわかっているのに、心躍る自分がいて止められない。

 今までどんなにこの世界に戻ろうとしても手掛かりすら掴めなかったのに、彼女が手伝ってくれると思うと全てが良いように向かう気がしてならない。きっとそれは気のせいだと思うが、それでも彼女がそばに居てくれるなら心強い。


 やはり相棒がいると安心感が違うな!


 まずはてんとう虫さんとオフ会するかとシリウスは微笑んだ。


【終】

 

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