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学園の王子


「ライリーさまぁ。剣ってとても重いですのね」

「それなのにライリー様は軽々と振ってらっしゃって……尊敬いたしますわぁ」

「わたくし達には短刀で十分でしょうか?」


「えぇそうですね。身を挺して守ってくれる殿方などそうは居ません。コームサイズの短刀ならばいざというとき役に立つでしょう。あ、マルチネス様、もっと手はこの位置に。それとアリア様は腰をもっと前に出して重心をとって。アメリア様、良いですね、その調子です」


「「「はぁい♡」」」



 私の婚約者、アンダーウッド辺境伯の娘ライリーが、学園の最終年度でやっと辺境の地より出てきた。

 新年度が始まり、彼女が王都の学園に通いだしてから約一週間──、私は『王子』でなくなった。

 そう。

 王子の座は婚約者であるライリーに奪われ、私はただの『殿下』になってしまったのだ。

 加えて彼女は護身術まで令嬢達に教えだし、男性の立場を危うくしている。

 もっとも令嬢達の目的は別のものだが。



「──ライリー!!」

「あら殿下、ご機嫌麗しゅう」

「名で呼べと言ったはずだぞ」

「辺境伯の娘が殿下を呼び捨てなど恐れ多いですわ」



 婚約者なのだぞ、とこの一週間で何度言ったか。

 私の周りに引っ付いていた令嬢達は、今やライリーの取り巻きだ。

 割って入った第一王子である私をキッと睨みつけ、「邪魔しないでくださいまし」と言ってのける。

 どの口が。

 邪魔されているのはむしろ此方だ。

 お前達が離れないせいでライリーとの二人の時間が削れているのだぞ。

 そもそも一日の授業は終わったのだから速やかに帰宅してほしい。


 それでも(やいば)より鋭い瞳で睨む彼女ら。

 だが睨まれても今回ばかりは許すもんか。

 再来週には学園で秋の豊穣を祈るパーティーが開かれるのだ。

 ライリーは王都へ出てきて右も左も分からないのだから私が教えねばならない。

 ドレスだって二人並んで完成するように作ってもらい、彼女にフィッティングして調節しなければならないだろう。

 ダンスだって息を合わせ練習せねば。



「ライリー、すまないが急ぎの用事があるんだ」

「あっ、殿下っ」



 彼女の手を取ると、剣を握り厚くなった皮の感触が伝わる。

 私なんかよりもずっとずっと多く戦ってきたのか。

 逃すまいと強く握りしめ、自分でも分かるぐらい強引に引っ張り歩くが、少しの息も切らさない。

 学園から程近い城の執務室へ連れ込んで、やっと二人きりになれた。

 青林檎の瞳が私を見つめ、私よりも短く切られた髪が窓から舞い込んできた風に靡く。

 パーティーに間に合うよう、可愛い耳を彩るアクセサリーでも贈ろうか。



「殿下、まだ皆さんにお別れのご挨拶もしていなかったのに……」

「週が明ければまた会えるだろう」

「そうですけれど。せっかく王都で出来たお友達ですから」



 何を、私はやっと会えた婚約者だというのに。

 もっと構ってくれても良いのではないか。

 ともあれ先ずはドレスのフィッティングだ。

 秋らしいブラウンとゴールドのドレス。

 私が着せてやろうと言って、彼女の制服の(ボタン)に手を添えた瞬間──、仰向けで床に倒れていた。

 一応なりとも婚約者で第一王子なのだが。



「制服ぐらい自分で脱げますしドレスぐらい自分で着れますので」

「……そうか」



 腰の剣を外しながら「着替え中に見たらどうなるか解りますね?」と見せつけてくるライリー。

 容赦無いそんなところもちゅき。



「殿下…………こんなとても美しいドレスが、果たして本当にわたくしに似合っているのでしょうか……」

「ライリー! あぁ勿論だよ。君より美しい女性がこの世に居るものか」

「まぁ、お上手ですこと。殿下ったらそうやって女性を虜にさせているんですのね。悪いお人だわ」



 本気でそう思っているのだが、今まで幾人もの女性に囁いてきた手前、言い返せない。

 婚約者=結婚=家の為であるから、婚約者が居ようが結婚していようが子を孕まない限り何をしていても構わない。

 貴族階級は特殊だ。

 恋愛結婚など夢物語だから、我々の国での貴族は堂々と恋愛する。

 ライリーだって辺境の地で恋愛をしてきたに違いない。

 そいつは私より優れているのだろうか。

 ライリーが惹かれる男性とはどんな男なのだろう。

 やはり強い男が好みなのだろうか。

 今もライリーを辺境の地で待っているかもしれない。

 考えるだけで腹が立ってくる。

 私が言える立場ではないのだが。



「そう言えば殿下。先日気になる男性が目に入りまして、」

「ッ何!!? そいつは何処のどいつだ!!?」



 そんな事を頭で考えていたからか、ライリーの言葉に大きく反応してしまった。

 私の婚約者に色目を使うなど許すまじ。



「えっ……? あの、調べたところ騎士団長の息子だと……」

「アイツか……くそっ」

「あ、あの殿下……?」

「学園のパーティーにも警備として参加することになっているな……」

「ええ。もしかしてもうお気付きでしたでしょうか。殿下、ならばお願いが御座います。パーティーへの参加を控えて頂けないでしょうか」

「そんな事……!! するはずないだろう! 私はライリー、貴女をきっちり最後までエスコートするのだから!! それが私の役目だ!! 婚約者だからな!!」

「え、そ、そうですか……? 申し訳御座いません、そこまで重要な行事とは知らず……」



 謝るライリーだが、別に婚約者と参加する義務などない。

 でも私はライリーと参加したいに決まっているから、そういう事にしておこう。

 ライリー、貴女は筋肉のある男が好きなのか。

 スマートな方が女性ウケは良いのだが。

 彼女がそういう好みならば仕方無い、今日から身体改革のメニューに取り組むとしよう。



「それで……もうドレスは脱いでもよろしいのでしょうか……」

「待った!」



 まだじっくり眺めて……いや違う。

 細かな調節がないか確認せねば。

 ライリーはスカートの下にはパンツを履いていないと落ち着かないと言うが、騎士団が警備にあたるパーティーだ。

 彼女が剣を携える必要はない。

 それにパンツなど履いていたら彼女とこっそり抜け出したとき直ぐに脱がせられ……いや違う。

 美しく鍛えられた身体だからドレスも美しく着こなせる。

 デザイナーだってこういう場で名を挙げていくのだから。


 ぐるりと見回すと、困った表情で恥ずかしがるライリー。

 さすが王宮お抱えのパタンナーだな。

 デザイナーがデザインしたドレスを一回測っただけのライリーにキッチリ合わせている。

 己の行いを棚に上げることになるが、ショートヘアのライリーは実に美しい。

 うなじから肩甲骨、背中まで全て私のものになるのかと思うと、生唾ものだ。

 背中の筋が美しいから大胆にも背の開いたデザインにしたのだろうが、これでは隣に並んだときに私から見えないではないか。

 それどころか他の男性に見られてしまう。

 だが見せつけたい気持ちもある。


 エスコートで少しは隠れるだろうか。

 そう思って腰に手を回したのだが、次の瞬間──、腹に走る衝撃と見上げる天井。



「ゴフっ……!」

「先程から! わたくしは身体に触れて良い許可など出しておりません! 王子たるもの女性には誠実でなければ!」



 第一王子の腹を殴り床に叩きつける令嬢とは一体……。

 そもそもただ腰に手を回しただけではないか。

 あぁまさかライリー、君は初心(うぶ)なのかい?



「うぅ……でも容赦無い、そんなところもっ…………ちゅきっ……」

「は! 殿下! どうしましょう! 王子たるものこんな事で気絶なさらないで下さい……! 殿下ーーっ!」


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