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人族と魔族の狭間で掃除をする

 その美貌は新緑の木漏れ日すら背景とし。

 その肌の輝きは七色の宝石すら霞み。

 そのドレスは人族が織り成すビロードすらざらつく岩肌と思えるほどになめらかで。

 そして体から発する魔力は人族では夢見ることすら適わない、まさに超越者の証。


 俺は、永眠の森に坐す魔王陛下の唯一にして絶対の眷属、フランチェスカ様の前で跪いていた。


「それでクルスさん、何か申し開きはありますか?」


「いえ、全くありません」


 あれから数日後。

 直ぐに馬車で先行していたランディに追い付き、最速で永眠の森に帰った俺を待っていたのは、永眠の森をボクト様に代わって支配するフランチェスカ様からの呼び出しだった。


「そうですか。その潔さは、人族にしては好感が持てますけど……まさか――」


 俺は黙って、中央広場の木陰にある椅子に座るフランチェスカ様の言葉を待つ。

 それは決して、俺の半ば無断での欠勤を責めるものではなく、かといってサーヴェンデルト王国での苦労をねぎらうものでもなく。


「クルスさんがそんなに息抜きの旅行がしたかったなんて、思いもしなかったわ」


 そう。

 フランチェスカ様の中の俺は、代り映えのしない異郷での日常に嫌気が差して突然仕事をほっぽり出してサーヴェンデルト王国に現実逃避の旅行に行った、という筋書きになっていた。

 ランディたちの後追いは、あくまで俺をなだめて永眠の森に連れ帰る目的、という認識になっているらしい。


「ボクト様からは、あれほど人族の心の弱さと郷愁の思いの強さを聞いていたというのに。ええ、認めるわ。これは私の未熟が招いた失態。ボクト様がお目覚めになられたら、私への処分のお伺いを立てなくてはね」


 俺が旅行に行ったと信じ込んでいるフランチェスカ様だが、同様にこのセリフもマジのマジだ。

 仮にボクト様がフランチェスカ様の失態を認めて死刑だといったら(絶対に言わないと思うが)、この方は本当に死ぬ。それは間違いない。

 それほどまでに、フランチェスカ様のボクト様への忠誠心は狂信者じみている。


 そして、人族が、サーヴェンデルト王国が、決定的に勘違いしていることが一つある。


「本当は、私が人族の領域を視察して、勉強できたらいいのだけれど、人族に不慣れな私が粗相をしてしまわないとも限らないし、そうなれば、人族の有りのままの暮らしを知る機会が減るものね」


 王都を蹂躙されるも、サーヴェンデルト王国が今も存続を許されているのは、永眠の森が友好関係を結びたいから、ではない。


「そう考えると、クルスさんにはもう少し、人族との交流を持ってもらった方がいいかもしれないわね。というわけで、引き続き人族関連は頼みますよ、クルスさん」


「はい、喜んで」


「もし、サーヴェンデルト王国がボクト様に対して不審な動きをするようでしたら、知らせてくださいね。直ぐに滅ぼしますから。なにしろ、あなた達はボクト様に選ばれた、()()()()()()()()()なのですから。信頼していますよ、クルスさん」


「はっ」


 これは極論でも何でもなく、フランチェスカ様にとってサーヴェンデルト王国は「本当にどうでもいい存在」なのだ。

 ただ、ボクト様が(わずかに)気に掛ける最も近くにある人族の国がサーヴェンデルト王国だから存続を許されているだけで、少しでもフランチェスカ様の心の天秤が「不要」な方に傾けば、いつ滅んでもおかしくないのだ。

 そして、そうするだけの力をフランチェスカ様が秘めていることを、俺は確信している。怖さという意味では、ボクト様よりもフランチェスカ様の方がよっぽど魔王らしいと思っているくらいだ。

 絶対に口には出さんが。


「そういうわけでクルスさん、後ほど詳細を書面でも提出してもらいますが、まずはあなたの口から報告を。人族の領域での一部始終を聞かせてください」


「わかりました」


 ボクト様の、同じ直属の眷属。

 それは確かに厳然たる事実なんだが、フランチェスカ様と価値観を共有する日が果たして訪れるのか。

 少なくとも、今の俺の中では、そんな未来は想像できないと思った。






「それで、話したのか?お前が魔族とのハーフ、ってことまで?」


 それから数刻の後、はランディと共に仲良く市街地の清掃に勤しんでいた。


「ああ。別に隠すようなことでもないだろ」


「いやまあ、俺からしたらそうなんだが、肝心のお前はいいのかよ?魔族とのハーフって事実は、それこそグランドマスターにも秘密にしてたじゃねえか」


「じゃあお前、あのフランチェスカ様に隠し事をしておく度胸があるのか?」


「……ねえな」


 やはりというか当然というか、俺達がサボっていたせいで市街地の落ち葉は不在の日数に比例して溜まっていて、別組で回っているミーシャとマーティンと合わせても、しばらくは働きづめの毎日になりそうだった。

 当然、このランディとの会話も、口と手を同時に動かしている。

 動かすのは手だけにしろ、と相棒に言えないのは、それなりにセンシティブな話題だからだ。


「冒険者時代に隠していたのは、人族のハーフへの偏見が根強いからだ。しかも魔族との、なんて知れたら、どうなるかは火を見るより明らかだからな」


「そりゃまあそうだろうが、永眠の森ならいいのかよ?」


「いいとは思ってないさ。だが、あのフランチェスカ様がほいほい人に喋るとは思えん。というか喋る相手が想像できん」


「まあ確かに」


「それから、仮に永眠の森中に広まったとして、一応ボクト様の眷属という扱いになってる俺をどうこうする奴がいると思うか?」


「あ、あー、まあ確かに」


「同じ返事をするな。ほんとに聞いてんのか?とまあ、そういうことだ」


 そう言って、改めて市街地越しの永眠の森を見る。


 まだまだ真新しい建物も多いが、街中に乱立する木々や植物と背後にそびえ立つ無数の大木が、人族の街並みに馴れた俺に違和感を与えてくる。

 俺達の日々の清掃活動の賜物で(それも少しの間サボったが)これでも以前よりはマシになったが、森に飲みこまれた人族の領域、という風景は相変わらずだ。


 そしてこの光景は、そのまま俺達「銀閃」の在り方を示している気がする。


 人族から離れ、かつ人族から逃れきれない存在。

 もし、ランディの危惧の通り、この先俺の出自がサーヴェンデルト王国で広まるようなことがあっても、それはこの風景の様に、自然の成り行きに任せるしかないと思う。

 人族と魔族の狭間で生きる俺には、相応しいやり方じゃないだろうか。


「おいこら、真面目に働け」


 ポカ


 つい手を止めてそんな考え事をしていたところに、俺のサボりを見逃さなかったランディの箒の一撃が俺の脳天を直撃。

 当然反撃に出るが、長柄の得物では奴の方に一日の長があり、さっさと逃げられてしまった。

 まあ、ボーっとしてた俺が悪いので追撃は行わない。


 とりあえず、目の前にある大量の落ち葉を格闘するところから始めようと、俺は魔族の領域で作られた箒を人族の手で握りなおした。

これにてトレント外伝、銀閃のリーダー、クルスの物語はひとまず終了です。


予想通り、というわけでもありませんが、あまりポイントが伸びませんでした。

まあ、トレントの読者を引っ張ってくるなら、普通に本編の続きから書けばよかったのですが、姑息な手を使ってまで、予定のない続編の期待をさせていいのか?という考えから、このような形での執筆となりました。

現実はやはり厳しいですね。


さて、奇しくも今日は、某古戦場の初日です。

まずはそちらに集中。それと並行して、これからの執筆予定を立てていきたいと思います。


それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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