1話 異界の者たち
世界に希望がある時。それは、別に平和な時ではない。…ああ、この場合の希望は、ただ将来を思うことではなく、「絶望を照らす光」の話だ。話を戻そう。平和な世に、希望は形として現れない。その理由として挙げられる一つは、平和な世の中に、英雄など存在しないからだ。そして、幸か不幸か、この街には英雄が存在した。
それは、例えば騎士団長だ。王に仕える一の剣でありながら、民衆にはフランクに接するその姿勢。あるいは、王のそばで控えている際の凛とした佇まい。正に騎士としての在り方を示す姿に、民は尊敬のまなざしを向ける。
彼だけではなく、少なくともあと二人、そう呼ばれている人物がいる。ただ、ここで語りたいのは彼らの話ではなく、あくまで「英雄がいる」という事実だけだ。つまりこの国には、確かに絶望があるのだ。
さてしかし、この街でいくら聞き込みを行ったところで、その「絶望」が現れることはない。理由は簡単、誰もその絶望を見たことがないからだ。見たことがないものを恐れるものが、どれだけいるだろうか。いくらその存在が周知されていても、所詮はただの噂。あるいは確かにあるといえども対岸の火事。壁に囲まれたこの街は、この世の全てが揃っている世界最大の商業都市だ。誰もが内側で満足している。外に何がいるか、気にするものなどほんの僅かだ。その僅かでさえ、基本的にはみな同じ考えを持つ。即ち、
『姿を見せない絶望なんて、幽霊と同じようなもの』
つまるところ、出会わなければ恐れる必要すらないもの。今では子供に聞かせる童話の一つとして、まるで本当にただの噂であるかのように伝わっている…。
***
さて、そんな話があって。これから始まるのは、それとほとんど関係のない話…ということは当然ないが。かといって、異界から現れた勇士たちがそんな絶望をなぎ倒して平和を勝ち取る話なんかではない。なぜなら彼らはまだ、それを達成するだけの土台がない。それはあるいは知識だ。この街のことだけにとどまらず、彼らはこの「世界」のことを知らなすぎる。また別の観点から見れば「そもそもそれ以前の問題」という意見もあるだろう。それは至極まっとうな国としての姿で。あるかどうかも分からない絶望に対して、毎年騎士団は志願者を募り、そして毎年のように犠牲者を出す。そんなことを、指をくわえて眺めているものももちろんいるが、黙っていられないものも当然いる。
この街は、絶望に抗っている間に終わる可能性すらある、ということだ。全く、頭の痛い……
「といったところか?」
「ああ、そうだね」
とある客室。王城の一室で、当然のようにバカでかい場所だ。そこに、三人の男女が丸机を囲うように座っていた。
「一つ付け加えるなら、その"黙っていられないもの"の詳細ははっきりしていないけど、最近になって急激に勢力を拡大してるって言ってたね」
そう語るのは、髪は短めの金色、長身で、腰には一振りの剣を下げている男だ。見るからに高貴な身分の彼は、落ち着いた口調で情報を追加する。
「…まあ後は、その"勇士"というのは私たちのこと、ということぐらいでしょうか。この場では言うまでもありませんが」
更に付け加えるのは、長い黒髪をポニーテールにまとめた、少々小柄な女だ。見たところ武器のようなものは何も身に着けていない。落ち着いた口調で、かつ皮肉めいた口調で、そう言った。
「…それで、今回の…初めての任務が、そいつら…面倒だから"革命派"とでも呼ぼうか。そいつらの全貌をつかみ、可能であれば壊滅させること、だな」
まとめたのは黒いフード付きのパーカーを身に着けた男だ。腰にはホルダーが巻いてあり、2丁の拳銃のようなものを装備している。現在はフードをしておらず、灰がかった銀髪があらわになっている。
「俺のことは"アカツキ"と呼んでくれ。先に話した通り、今回の作戦指揮は俺が行うらしい。…異存のあるものは?」
「いや、構わない。君の指揮が的確である限り、僕は君に従おう。…ああ、僕の名前はレオン、と呼んで欲しい」
「そうですね。指揮した経験があるのであれば、反対する理由はありません。私にはそんな経験ありませんので。…私のことは華凛とお呼びください」
「…了解した。それでは、まずは」
二人の同意を得てアカツキが取り出したのは、少し大きめの麻袋だ。
「王からもらった資金だ。これで、街を観に行こう」