1幕ー0話 自由な都市
その日は、澄み切った空だった。穏やかな日差しが地に降り、人々は、その多くが商店街に繰り出して、食べ物や地方の特産品など、様々な売り物を眺めた。子供たちはちかばのこうえん」四方にそそり立つ壁などまるで無いかの如く、誰もが「自由」だった。
毎日が満たされる幸福を、彼らは疑っていなかった。
何物にも脅かされない平和を、彼らは疑っていなかった。
北にそびえ立つ立派な城に誰もが憧憬を抱く。そこで働く事こそが、他と比べようの無いほどの喜びであった。羨みと憧れの目でそれを眺めつつ、人々は今日も安寧を享受する。
…つまるところ、誰も知らなかった。誰もが忘れていた。
永遠に続く平和など、ただの幻想でしかなかったことを。整えられた舞台の上で、人々は仮初を見て、信じ、堕ちてゆく。状況は、水面下で変わり続ける。進みゆく計画は、何色か。そして、新たな分子が与える影響は、何をもたらすか。
―――第一幕「自由な城塞都市・コーディア」
***
「自由…か」
とある家屋の屋根の上。一人の男が、片膝を立てて座っていた。
「そして、平和…ね。フッ…それは、結構なことだ」
黒髪で、ロングコートを纏った彼は、座っていても分かるほどに長身である。彼が手に持っているのは、黒光りする長銃だ。それを整備し、時折スコープに目を当てて遠くを見つめる。
「前の世界の方が良い、とは言わんが」
彼はスコープから目を離すと、一つ頷く。そして立ち上がり、
「前の世界より面倒なのは、確かだな」
と呟いて、その場を後にした。