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笑顔の乗客達。楽しそうな楽しそうな笑い声が途切れない車内。
(2年遅れの修学旅行か。楽しそうだな)
俺は幸せそうな声を聞きながら、気分よくバスを走らせていく。
俺の名前はあつし。バスの運転手をしている。ある病気の蔓延で修学旅行が出来なかった元クラスメートの男女30人と教師1人の31人で集まり、バスを貸しきっての旅行。ミステリーツアーなのか、運転手の俺にも詳しい行き先が知らされていない。まあいつも通り、安全第一でバスを走らせるだけなのだから問題はないだろう。
「運転手さん。この道をまっすぐに進んでくださいね」
可愛い女性教師がずっと俺に指示を出してくれているのだが……。
(ん? 霧? 濃いいな。少し待った方がいいのか?)
俺はバスを左に寄せ、霧が収まるまで待つことにしたのだが……。テンションの上がった乗客達は進め進めと叫び始めた。
「この先のトンネルに12時に辿り着かないと行けないんだ。急いでくれよ。なあ~ お前プロなんだろ。行けよ」
(くっ ガキ共め。いや、既に全員20歳になったって言ってたか。なら大人しくしてろよな~)
「運転手さん、お願いします。徐行でもいいので進んでください」
可愛い女性教師がお願いしてきた。
可愛い女性の頼みは断りたくないのだが……危険過ぎる。前がまったく見えないのだ。対向車も絶対にこちらが見えないだろうから、事故が起きる可能性が高いだろう。待つのが……正解だろう。
俺は首を横に振った。何を言われても霧が晴れるまで待つと。
1時間近く待ったのだが……霧が晴れる様子はない。
(不味いな。トイレ休憩を考えるとこれ以上待つのも……。この霧の中でバスを降りるのも危険だよな。進むしかないのか……)
「みなさま。徐行で走らせますので、席に座っていてください」
俺は霧の中をゆっくりゆっくりとバスを走らせていった。
(そういえば……対向車だけじゃなく後ろからも1台も来てないな。霧が収まるまで停車しているのか?)
俺は自分の判断が正しかったのか自問自答しながら慎重に慎重にバスを走らせていった。
霧はどこまでも続き……既に30分以上霧の中。
(えっ。晴れた?)
車内は歓声に包まれた。
「着いたんじゃない。見て。あそこ。たぶんあれがオークよ」
「おいおい。あれはスライムじゃないか。ぜったいここだよここ」
(ん? 道が途切れたぞ。ってどうしていきなり草原に? 待てよ。後ろも草原?)
俺はバスを止め、周囲を確認する。360度……草原で道路はない。見たことのない動物が見えるが……。
《 ドーンっ ドーンっ 》
「きゃっ。 出発して。オークが突進して来たよ」
バスに体当たりしてくる動物? 2足歩行? 豚の顔? オーク?
(夢なのか? とりあえずバスを破壊されないために走らせた方がいいのか? でも……どこに?)
《 ドーンっ ドーンっ 》
(くそっ とりあえず走らせるしかないか)
俺は動物がいない方へと走らせることにした。しかし見たことのない動物はいたるところにいるので……安全そうな場所はないのだが……。なぜか車内は楽しそうな声で溢れていた。意味の分からない状況なのに。誰もが……笑顔だった。
(どうする? 戻った方がいいだろうが……道が消えた?)
「迎えはどうなってるんだよ。ここに辿り着けば待っていてくれるんじゃなかったのか?」
「大幅に遅れたから、ズレたんじゃないの?」
「はぁ~ 馬鹿運転者のせいかよ」
(くっ 俺のせい? 意味のわからんことを。それより……どっちに進めばいいんだ)
「すいません……巻き込んでしまって」
可愛い女性教師がいきなり俺に謝ってきた。
「こ ここがどこなのか……分かっているのですか?」
コクリと頷く可愛い女性教師。いきなり……可愛い女性教師の顔が……はっとしたような……何かを思いついたような顔をして……。
「向こうに街があるようです。かなり先ですが街があります」
(本当なのか? 何も見えないが……。しかし……他に情報はないんだよな。戻る方法を一番に考えた方がいいと思うけど……)
《 ドーンっ ドーンっ 》
(くそっ 行くしかないのか)
再び、オークが体当たりをしてきたのでバスを走らせることにした。可愛い女性教師が指差す方へと……。
(何もない。ここままでは……ガス欠になるぞ)
何も見えぬまま……目的地に辿り着く前に……バスは止まった。
「どうしましたか? まだ先ですよ」
「すいません。ガス欠です」
「えっ そんな……」
《 ドーンっ ドーンっ 》
(くっ またあの化け物か。他の化け物も近づいて来てないか?)
《 ドーンっ ドーンっ ドーンっ ドーンっ 》
化け物に囲まれてしまう。簡単に破壊されてしまうことはないと思いたいが……。
「ねぇ どうするの。走る?」
「馬鹿か。俺達はまだレベルが上がってないんだぞ。それに装備もないんだからな」
「英雄になる前に死ぬなんて嫌だぞ」
(こいつ等はここがどこだか知っているのか?)
《 ドーンっ ドーンっ ドーンっ ドーンっ 》
《 ドーンっ ドーンっ ドーンっ ドーンっ 》
《 ドーンっ ドーンっ ドーンっ ドーンっ 》
(くそっ どうすればいいんだ。このままでは)
【補給を修得しますか?】
(えっ 何だ? 補給? してくれるのか? してくれるなら……してほしいけど)
急に頭の中に……脳内にメッセージが現れた。俺は……「はい」を選択した。
(補給? これを選べばいいのか? 選んだけど……。えっ 補給出来たのか?)
《 ドーンっ ドーンっ ドーンっ ドーンっ 》
(意味が分からないけど……走らせるしかないよな)
バスは走りだす。今は可愛い女性教師を信じて進むしか方法はない。とにかく真っ直ぐに真っ直ぐにバスを走らせていく。
(ふぁ~ぁ。眠い。いつまで走ればいいんだ。何もないし。本当にこっちで合ってるのか? 腹減った~)
トイレ休憩は出来るが食べる物が何もない。
「すいません。頑張ってください。私には応援することしか出来ませんが……。頑張ってください」
可愛い女性教師にそう言われると……胸がドキドキと。やる気が沸いてきた。
(そうだよな。不安なのは俺だけじゃないんだよな。男なら……。ここはカッコいいところを見せないとな)
「大丈夫ですよ。あなたを信じて進みますから。安心してください」
可愛い女性教師が俺の肩に手を乗せて
「はい。お願いします」
可愛い可愛い笑顔を見せてくれた。
俺はやる気を出し、バスを走らせていく。
意味の分からない場所で意味の分からないバスの旅が始まった。