スズキショウタとオートバイ
4/25 神奈川(大和)
俺はブルーだった。
別に鬱って訳じゃない。
ただ単純にブルーなんだ。
何かを目指してた頃のハートを無くして、今やグレーな企業のサラリーマン。
多分、生きていくことには困らないと思う。
ただね。翔太は豚の自由には興味は無いんだ。人間はもっと自由なんだ。
俺の周りにはさ。夢叶えた奴、夢見てる奴、パパやってる奴、凄え稼いでる奴、そんな奴等に囲まれてる。
俺何やってんだ? って自問自答を繰り返して、答えが見つからないから空を見た。
結果、オートバイ(GB250 V型)で四日間、一人旅をしてきた。それで色々書こうと思う。ちょい自分語りみたいなのが入ると思うから、俺のこと嫌いな人は見ないでね。
あ、勘違いされたくない事が一つあるんだ。俺は自分を探しに行った訳じゃない。しいて言葉にするなら、自分を取り戻しに行く。そんな旅だ。
さて、旅と旅行の違いはなんだろうか?「目的地」とか「スケジュール」とか「帰る場所」とか、そんな定義があるけどさ。俺はそいつ自身がどう思ったか、だと思うんだ。
だから、俺は――旅をしてきた。腕時計を持たずにね。
4/26 神奈川(大和)→三重(伊勢)
朝7時、目覚時計と共に目を覚ます。普段は憂鬱な仕事の始まりを知らせるアラームが、今日は幸せの訪れを告げるベルのように響いていた。シャワー、着替え、トースト&コーヒーの朝食、代わり映えのしない日常がどこか輝く。
胸を高鳴らせながら駐輪場へ向かうと、完璧なメンテナンスが終わっているGB(相棒)が俺を出迎えた。
荷物(容量7Lのとてもださいシートバック)を付けて、エンジンに火を入れる。五分間の暖気中に、神奈川で最後になるだろう煙草をふかした。青空に流れる煙を目で追っていると、GB(相棒)の鼓動が徐々に落ち着いていく。
「何、呑気に煙草なんて吸ってんだよ。こっちの準備は万端だぜ!」
GB(相棒)の声が聞こえた気がして、煙草を揉み消した。(ポイ捨てはしない)
フルフェイスのヘルメット(OGK カムイ:白)、グローブ(安物の革手袋:黒)、革ジャン(黒)のチャックは半開きで、俺達は走り出す。西(west)を目指して――。
座間街道を抜けて、相模川を逆上り、道志道へ向かう。
市街地の雑踏を抜け出すと、ゆっくり風の香りが変わった。
30分間は5,000回転をリミットにする。それが俺達の約束だ。1997年式のオートバイに乗るには、覚悟と愛が必要だ。
長めの前戯をするように、回転数を上げ過ぎないよう優しく走った。そして、時は満ちて、回転数をレッドゾーン(10,000回転)まで跳ね上げる。調子良く吹け上がるエンジンに、同調して上がるスピードメーター。
オートバイに乗って初めて知った。俺の大好きな感覚。
風になる、風を感じる、そんな甘いもんじゃない。オートバイは風を追い越して走って行く乗り物なんだ。
途中、途中に対向車線のライダーから手を振られ、大きく振り返す。
バイク乗りのコミュニケーションは単純だ。
手を振り振り返す――ただそれだけ。
だけどそこには、「死ぬなよ」とか、「良い旅を」とか、「また会ったな」とか、それぞれのメッセージが篭る。
バイク乗りのコミュニケーションは一方通行だ。
想いを正確に相手に伝えることは出来ない。
でも問題なんてないんだ。進入禁止じゃないから――。
道志道を抜けると、山中湖に着いた。富士山を眺めながら、煙草に火を点ける。自販機で買った缶コーヒー(エメラルドマウンテンのブラック)を一口、次の目的地を考える。
「西か――」
俺の一人言にGB(相棒)が答える。
「小難しいことを考える必要はねぇ。曲がりたかったら曲がれ、止まりたかったら止まれ。今までだってそうだったろ?」
軽く口角を上げて、無言の返事をした。流石に親子連れの多い観光地で、オートバイに話し掛けるイカれた奴になる訳にはいかないからね。
GB(相棒)に跨って、また走り出す。
目に付いた交差点を左に曲がった。そこに理由なんてない。
GTR――スカイライン――そう、富士スカイラインという看板が見えた。
それについて俺が知っているのは、道――ということだけだ。
よくわからないけど行ってみようと、その看板が差す先へと向かう。
高速コーナー多いワインディングが続く。周囲に他の車は無い。この世界で、俺とGB(相棒)の二人きりだけになったような錯覚が頭をよぎる。
肌寒い空気に体を震わせながら、スロットルを回し続けた。
暫くしてから、パーキングが見えて休憩を取る。
そこで見た富士の山に、俺は一つの映画を思い出したんだ。
俺がオートバイに乗るきっかけを作った映画だ。
「ディープインパクト」
※ネタバレ注意
簡単に言えば、隕石が地球に落ちてくる。それだけの話しなんだ。
たださ。その最後に主人公がオートバイ(オフ車)に彼女を乗せて、山に逃げていくシーンがあるんだ。
それを見て思ったね。
もし俺に最愛の彼女がいて、もし地球に隕石が落ちてきたら、俺には何が出来るのだろうってさ。
それでオートバイで逃げれるように免許を取った。
みんな知ってるだろ?
そう、翔太は単純なロマンチストなんだ。今も、昔も、これからも。
富士スカイラインを抜けて適当に走ると、国道1号線があった。
1だぜ。1号。
おそらく日本一の道ってことだ。こいつを走らないで、何が旅だ。
迷いは無かったね。俺はそこに乗っかった。
途中で、横に海が見えるんだ。さすが1を冠する道だと思ったね。
海岸線の道だと134号とか有名だけどさ。やっぱ1だよ。偉いんだよ。
潮風を感じたくて、革ジャンのジッパーを空けて、ヘルメットのバイザーを半開きにする。少し懐かしい海の匂い。よく一緒にサーフィンに行く、あいつの顔が浮かぶ。
あいつは海に行くとテンションが上がる。そしてテンションが上がると、叫び声を上げる。
俺もちょっと真似して叫んでみた。
くだらねぇ世界から自由になれた気がした。
そしてGB(相棒)は笑い声を上げた。
海岸線の道があまりにも気持ちよくてさ。
気付いたら国道1号線を降りて、海を目指してた。
道端の看板に愛知の文字が見えて、ずいぶん遠くまで来たなって思う。
田舎道の青看板にカーフェリーの文字を見つける。
「お前、船乗ったことあるか?」
GB(相棒)に声をかける。
「昔話はしない主義なんだ。少なくともお前と乗ったことはねぇよ」
GB(相棒)はちょっとスカしてそう言った。
カーフェリー乗り場まで、10km,8km,5km,3kmと看板が出てはその数字を変えて、消えてはまた数字を変えて現れる。
そして俺達は港に着いた。
港――リヴァプール、なんか少しだけロックだ。
先に着いていた大型SS(スーパースポーツ・カウルの着いた速そうなオートバイ)の集団の最後尾に並んで、GB(相棒)を止める。
遠目に見ても小さい。大型が周りにいるとね。でもさ。大好きなんだ。
お前は好きな女のスタイルを気にするか?
好きになった女が好きな子だろ?
そんなもんだよ。きっとね――。
チケットを二人(俺とGB)分買って、すぐに船内に入る。
GB(相棒)を船の最下部に固定して客室へ上がると、遠く、本当に遠く薄い影が見える。伊良湖から伊勢への60分の船旅。乗り物には酔わない俺だけど、少しだけ旅に酔っていた。
カーフェリーに乗るのはこれが二度目だ。
前は――それも確か数年前のゴールデンウィークでさ。
海に着くと叫ぶあいつと、九十九里でサーフィンした帰り道に使ったんだ。
なんかさ。そん時の方が楽しかったんだ。素直にね。
だって今、声を上げて笑ってはいないから。
最近、少しだけ人嫌いの気があってさ。たまに、本当にたまに、誰かといるのが煩わしいって一瞬思うことがあるんだ。
それがさ。すっと抜けていくような気がしたよ。
成長――じゃないんだろうな。大切なものに気付き直した。そんな気分だった。
船が鳥羽の港に着いた。
空気が違うんだ。匂いでも無くて、温度でも無くて、すごく抽象的なんだけど空気が違う。
そこで、俺はまず、地図を捨てた。
そうしなきゃいけない気がしたんだ。
初めて来た土地、初めて見る景色、パンフレットとか地図がちょっと無粋に思えた。行き先も決めてない。帰り道もわからない。
ここから旅が始まる気がしたね。
ツーリングじゃなくて、旅行でも無くて、旅がさ。
青い看板を見ると、750号線って奴が見えた。ナナハンロードなんて呼ばれてるらしい。
とりあえず行ってみた。
夕方前の木漏れ日の道を抜けて、視界が開ける。
凄いね。伊勢って。
大量の江ノ島が繋がってるような感じかな。
島から島に橋がかかってて、そこを走っていく。
絶景って、こういう場所のことを言うと思ったよ。
柄にもなく景色に見とれたんだ。
それから適当に飯。俺が何を食ったのかなんて誰も興味無いだろうから割愛するよ。
そして、伊勢で宿を探して、なんとか素泊まり一人泊まれるとこが見つかって、そこで終わり。
GB(相棒)のタンクに軽くキスして、ベッドに入った。
4/27 三重(伊勢)→長野(霧ヶ峰)
目を開くと、知らない天井。そう――俺はまだ旅をしている。
宿のチェックアウトを済ませると、俺を待つGB(相棒)の姿。
エンジンの調子は絶好調で、珍しくチョーク(わからなかったらエンジンかけるのに必要なレバーだと思って)を引かずに一発でかかる。
リズミカルなアイドリングが、アッパーなビートを刻む。
別に変な葉っぱをキメたりした訳じゃないのに、その音が目に見えるようだった。
さて、ここは三重、そして伊勢。俺が知ってるものは二つだけ。伊勢海老と伊勢神宮。
皆さんご存知のことだと思うが、翔太は海老が嫌いだ。あのフォルムはロックじゃない。だから、伊勢神宮を目指すことにした。
天照の大御神という、日本でも最強クラスの神様が祀られているらしい。
適当に青看板を見ながら走る。
観光名所ということもあり、難なく着いた。
もちろん参拝に行ったんだけどさ。
凄い神聖な雰囲気だったよ。
その理由がさ。参拝客が真剣なんだ。
二礼二拍手一礼とか、鳥居を通るときに礼とか、みんな守るんだよね。
みんな写真撮ったりはしてるけど、観光じゃなくて参拝に来てる。そんなオーラだった。
神様とか、信仰は、人が作り出すって言うけど。あれ本当だね。
100人が信じる神様は100人分の力があるように、100万人が信じる神様は100万人分の力があるって、俺そう思ったよ。
伊勢神宮から陸路でゆっくりと東へ向かおうと、とりあえず愛知方面を目指す。
道幅の広い、田んぼの間の道をゆっくり進む。気分はフリーウェイのイージーライダー。晴れ渡る空、見える青看板には名古屋の文字、順調だった。
そして、名古屋。さすがだね。いるんだよ。暴走族。たくさん。
あいつら、遅いんだよね。走るの。
俺、追いついちゃってさ。
抜こうにも、道いっぱいに広がってるし、仕方ないから後ろ走るじゃん。
俺、ケツ持ちかwww まぁそれだけなんだけどね。
そして、名古屋駅付近に着いた。
名古屋ってさ。想い出深い場所なんだ。
別に色っぽい話がある訳じゃないよ。
バンドやってた頃に、メンバーで来た。
小さい軽自動車で、下道で、ヘトヘトになりながらね。
あの頃の俺は、自分たちが最強って疑いすらもしなくて、俺達が売れないなんて、客も業界も本当に見る目が無いって、心の底から思ってた。
世界の中心は俺達だって、根拠も無く信じてたんだ。
名古屋城の食堂があの頃のままで、情けなくも思っちまったよ。あの頃に戻りたいってさ。
それから、ひたすら東へ走った。時間はまだある。空はまだ明るい。
それは信州の罠だった。
俺は愛知、岐阜、長野と走ってしまったらしい。
要は迷子なんだけどさ。標高1000m超えると5月でも笑えないぐらい寒いんだ。
野宿したら死ぬなって思いながらも、俺がいるのは峠道。
太陽は傾いて、夜の足音が聞こえる。
本気で焦ったね。
GB(相棒)は澄ました顔をしてたけど、結構震えてたと思う。
しかも動物注意の看板の動物が、兎でも鹿でも狸でもなくて、熊だぜ。冗談みたいだろ。
周囲で黒い影が動く度にスピード上げたよ。
「熊の最高速を知ってるか? 時速60Kmだぜ」
GB(相棒)が言った。
「勝てるか?」
「ストレートなら、コーナーは無理だな」
GB(相棒)から謙虚な返事が返ってくる。
不思議に思って理由を聞くと、
「動物は偉いんだよ――」
そう言って口をつぐんだ。
どうやらGB(相棒)は伊坂幸太郎のファンらしい。相変わらず俺と気が合う奴だ。
結果、鹿にしか合わなかったんだけどさ。
それで、なんとか汚い民宿みたいなとこに着いたんだけど、時間的に飯を食う余裕が無くてさ。
ペンションのオーナーに聞いたら、部屋はあるけど、食事は出せないって言われて。
最悪、炭酸で腹膨らませて寝るかなんて思ってたらさ。
その話を聞いてたライダー(R15乗ってる男)が弁当分けてくれたんだ。
触れたね――優しさ。
暫くそのライダーと話し込んだ。地元のこと、バイクのこと、仕事のこと、お互いにいい意味で無責任になれたんだろうね。
意外と話が弾んでさ。楽しかったよ。旅っぽくてね。
4/28 長野(霧ヶ峰)→神奈川(伊豆)
朝、弁当をくれた奴とチェックアウトが重なってさ。
お互いの旅の無事を祈り合って、そいつは南に、俺は東に別れた。
なんかジェダイ的だったね。こう「フォースと共にあらんことを」的なさ。
そんなこんなで、俺はビーナスラインなる有名な道(弁当が言ってた)を走りに行くことにした。
ここ、日本かよ。そんな場所だった。
道路が舗装されているってのは、まぁそりゃ十分日本なんだけど、枯れ草の広がる高原、見渡す限り何も無くて、ただただ寂しかった。
世界の終わりを待つだけ、もしくは世界の終わりを迎えられなかったそんな場所。ビーナスラインって名前が、皮肉にしか感じられなかった。
クラナドを実写化するなら間違いなくここだよ。
(あの夢っぽい幻想的なシーンね。わからなかったら一話から見て欲しい)
その終点が白樺湖だった。
白樺湖については、着いたのが8時ぐらいで、店も開いてなくて、特筆することは特に無い。
そこからちょっと進むと、富士山が見えたから、それを目印に走ることにした。
山梨か静岡に繋がると思ってさ。
長野の昼は、夜とは打って変わって穏やかな気候だった。
少し肌寒い程度の空気に包まれながら、トラクターの走る公道をゆっくりと流した。田んぼの間をぬうように真っ直ぐ。
休日の午後に好きな子と喫茶店にいるようなそんな時間だった。
「なぁ――」
珍しくGB(相棒)が俺を呼ぶ。
「何?」
「お前で良かったよ」
そう行ってGB(相棒)は照れくさそうに笑った。
なんか自分が恥ずかしくなった。SRが欲しいとか言ってみたり、見た目重視の逆付けハンドル仕様作ったりさ。
この旅が終わったら、ちょっと良いオイルを入れて、ダンロップのTT100あたりを履かせてやろう。お洒落は足元からだしね。
それから富士川ってのを下って、清水の漁港に出た。
めちゃくちゃエスパルスが押されてるんだけど、俺サッカー興味ないから全部無視して、二度目のカーフェリーに乗り込む。
なにやら国道223号線ってのが223(ふじさん)って当て字して喜んでいる。さすが田舎だね。
清水→土肥の船旅は二度目のカーフェリーということもあり、感動も無く淡々と時間が流れた。
きっとカーフェリーって移動手段が俺の生活の一部になったんだね。
ほら、覚えてるだろ? 子供の頃、電車に乗るのが楽しかったりさ。今はどうだい? そんな大人の階段をまた一歩登っちまった。
土肥から南へ降りる。この旅がまだ旅行だった頃、憧れていた堂ヶ島を目指す。
男の子は冒険とか探検って言葉に弱いんだ。
観光船で洞窟探検、そんなキャッチをネットで見つけて、いつか行こうと決めていた。
海岸線の一本道を真っ直ぐ走る。トンネルを一つ抜ける度に世界が輝く。
堂ヶ島に着いて、観光船に乗ったんだけどさ。
ここには無かった――宝物。
そんなもんだよね。
観光マップに描いてあるものに、本当の価値は無いって実感したよ。
憧れは、憧れのままに終わるのが一番綺麗なんだ。
一番美しい日本語が「さよなら」ってのと同じようにね。
堂ヶ島での30分程度の休憩を終えて、また走り出す。
旅の途中で観光をしていまった反省から、よくわからない脇道に入る。
どこだって旅は出来るんだ。
一車線の峠道を登っていく。申し訳程度のカーブミラーを睨みながらブラインドコーナーを抜ける。
タイトな峠にいると、空っぽになれる。
GB(相棒)は勝手に入る。俺は好きに乗るだけ。
長年連れ添った夫婦に会話がいらないように、二人だけで完結した空間に支配される。
俺、人類補完計画には賛同出来ないけどさ。
その気持ちまでを否定する気にもなれないんだ。
このまま溶けて消えても良いって瞬間が今まで何度もあったからね。
そして西伊豆スカイラインに出る。
車線が二本になって、小さな安心感を覚える。
この道がどこにつながるのかは知らないんだけどさ。
昔偉い坊さんが言ってたよ。
「危ぶむなかれ、危ぶめば道は無い」ってね。
今夜は、「伊豆の国市」に決めた。「さいたま市」と「南アルプス市」に並ぶ、イカれた地名だ。
長岡の寂れた温泉街に入り、適当な宿を取った。
廃墟になったストリップ劇場、シャッターの降りた射的屋、どこか時間に取り残されたような街、長岡。旅行には勧めないけど、旅ならいいんじゃないかな。
飯、温泉、俺の夕飯なんてみんな~以下略。
夜は更けて、夜遊びをしようと街に出る。
浴衣姿で一人。
途中の射的屋に入って、景品を取って近くにいた子供にあげる。
男の一人旅にぬいぐるみはいらないだろ?
ディズニーランドにダッフィーがいらないように。
それから近くにあったスナックに入った。
一種の冒険だね。
特別オーダーの薄い水割りを傾けながら、気立ての良い女性と一夜の会話。
大人の階段の上にいたのは、シンデレラじゃなくて、そこそこ綺麗な年上の女性だったよ。
俺は旅の話をして、彼女はこの街の話をする。
そこで俺はチェーン店について思ったね。
セブンとか、ガストとかみたいなさ。
同じ空を眺めるとか、海が彼女の国につながるとか、それと同じぐらいロマンチックなんじゃないかってさ。
考えてもみろよ? 同じなんだ。彼女のいる場所にあるものと、俺の訪れる街にあるものが。
きっとチェーン展開ってビジネスを考えた奴は、派手な恋をしてた旅人なんだよ。
彼女との約束だったんだ。
どこにいても二人が繋がれるようにって、セブン-イレブンを日本中に作ったんだ。
すげぇロマンチストだよな。
あの夜は、古い海外の小説みたいな夜だった。
羊飼いの少年と、酒場の娘。
再開の約束はしない。
きっと守れやしないから。
そして月明かりを無視して夜は更けていった。
4/29 神奈川(伊豆)→神奈川(大和)
雨の予報があったから、軽く箱根を流してから、西湘バイパス・江ノ島を回って帰った。この日は帰路だから、書くことがない。
しいて言えば、藤沢街道でSR400と戦ったけど、それについて詳しく書くと法に触れそうだから自重する。
そんで案外早く地元に付いた。
帰ってきてから、馴染みの茶店で珈琲を飲む。
俺って珈琲ばっか飲んでるけどさ。
そんな好きって訳じゃないんだ。
でもなんかホッとしたね。
そんで寂しくなった。
俺の旅、終わっちまったなって。
最後に駐輪場で相棒と語らう。
「ありがとな」
俺が言うと、
「こっちの台詞だよ」
GB(相棒)が返してくる。
旅が終わって、何かが変わった訳じゃなかった。
俺は俺のまま、日々は日々のまま。
ブルーはブルーのままだけど、
限りなく透明に近付いた。