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迷い込んで異世界 TS少女の冒険譚  作者: 蒼姫
第1章 冒険都市フォドラ
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初めての討伐依頼(前編)



突然だが、冒険都市フォドラは大きく分けて2つの区画がある。

それが貴族たちや冒険者の拠点が立ち並ぶ居住区画とギルド本部や冒険者向けのお店が立ち並ぶ商店区画の2つだ。

この2つはフォドラの街を一直線に縦断する大通りによって左右に分かれて広がっており、領主であるアレクシスの屋敷も居住区画に聳え立つ。一方、商店区画には傷薬や解毒薬などの薬品を販売するお店や武具の販売・メンテナンスを行うお店など冒険者に無くてはならないお店が立ち並んでいる。


そんな商店区画の一角――看板に剣と盾の絵が描かれたお店の中にアテラスの姿があった。

その視線はガラスのショーケースに飾られた武器に向けられている。


(うーん……武器を探しにきたけど、どれも扱うのが難しそう)


ショーケースの中には、片手剣や鎚などのメジャーな武器から銃剣やチャクラムなど少しマイナーな武器まで様々な武器が陳列されている。


こうやって、アテラスが武器屋を訪れた理由はただ1つ。尻尾の先に付いているエメラルドグリーンの刃物だけでは、心もとないからだ。

何せ、ある程度は動かせるものの手足のように自由自在に動かせる訳ではない。武器として扱うには身体を回転させて振るう必要があるため、使いにくい。


だからこそ、アテラスはこうやって武器を求めた。


(そもそも武器なんて持ったことがないんだから、どれも条件は同じか。多分、ソロで戦うことが多くなるだろうし、遠近両用が良いけど……)


「何か、お探しかい?」


何度も左から右へ、右から左へ視線を動かしながらショーケースを見つめていると、武具店の店員がアテラスに声を掛けた。


身長はアテラスとそう変わらないが、体格はガッシリしており、露出した腕は見事に筋肉が盛り上がっている。肌は小麦色で、ぼさぼさの髪と首に掛けたゴーグルは探検家を彷彿させる容貌だ。


「えっと……貴方は?」


「俺はこの店の従業員、クリュッグだ。種族はドワーフになる。」


「これはご丁寧に。ワタシはアテラスと言います。種族は……蛇人族になりますわ。」


「へえ、蛇人族は初めて見るな。フォドラには居ないから新鮮だ。」


そう言いながら、クリュッグはゆらゆらと揺れる尻尾に目を向ける。

鱗に覆われた尻尾は蛇人族の象徴であり、それを武器として戦うのが特徴である。

翼と角を隠せば、人目に晒される尻尾は蛇人族のモノと一緒なので隠れ蓑として、アテラスは蛇人族を名乗っているのだ。


「それで、アテラスは武器を探しに来たのか?」


「ええ。ですが、生まれて此の方、武器を扱ったことがないので……」


「それで迷っていた、と。それなら、コイツはどうだ?」


クリュッグが持ち出したのは、一本の槍だった。

木製の柄に付けられた金属製の穂は少しばかり幅広になっている。


「これは俺が作った作品で、槍に少し改良を加えたモノなんだ。」


「持ってみな」と言われ、アテラスは試しに持ってみる。

片手で持つことも可能だが、基本的には両手で振るうことを前提とされた長さで重量は彼女が振るう分には特に支障のない重さだ。


「突いて良し、斬って良し、投げて良し。あらゆる状況に対応できるようにした試作品なのさ。まあ、投擲に関してはおまけ程度だけどな。」


「それ、結局は普通の槍なのでは?」


「ハハハ!! まあ、細かい事は気にするな。槍は初心者でも使い易いから、お勧めだぞ。」


「ふむ……ちなみに、お値段の程は?」


「俺の試作品だし、メンテナンス含めて100マルクでどうだ?」


クリュッグが提示した値段は他の武器に比べると、比較的安い値段だった。

ショーケースの中に陳列してある武具が軒並み200マルクを超える値段であることを考えると、かなり安く設定されている。


「分かりました。貴方謹製の品、使わせていただきます。」


「良し、取引成立だ!! メンテナンスが必要な時は俺に言ってくれ。」


「はい。」


アテラスはクリュッグに100マルクを支払い、槍を受け取る。

おまけで、穂を守るカバーも付けてもらい、アテラスは店を後にするのだった。


「武器は決まりましたか?」


お店を出ると、仕事着のフギンが待っていた。


「はい。迷ったけど、槍にしました。」


「ふむ……槍は扱ったことがないので、あんまりアドバイスできることはなさそうですね。」


「そういえば、フギンさんも昔は冒険者だったんですよね?」


「はい。もっとも、10年も前の話になりますが。」


フギンは昔を思い返すように青い空を仰ぎ見る。


「どうして、冒険者を止めてアレクシスさんに仕えることにしたんですか?」


彼女の妹から伝え聞いた話では、目の前に居る彼女はその昔、“蒼穹の舞姫”という通り名が与えられる程の凄腕冒険者だったらしい。

しかし、ある日突然。誰に相談することもなく、冒険者を止めてアレクシスに仕えることを選んだ。そのため、ムニンもその理由を知らない。


「秘密です♪ この理由は誰にも教えるつもりはありません。」


クスッと笑顔を浮かべながら、フギンは答えた。


「さて、お嬢様は今回が初めての討伐依頼かつ長期依頼ですよね?」


「はい。」


「内容が内容なので、今回の依頼は私が同行するようにアレクシス様から申し付けられています。」


「内容?」


アテラスはギルド本部から持ってきた依頼書を改めて確認する。

依頼書には報酬金や依頼達成条件の他に、依頼背景も書かれているのだが、アテラスはそこまで確認していなかった。


「えっと……場所はオキ村管轄の農園?」


「はい。オキ村はこの街に食料を供給してくれている村なので、今回の依頼は結構重要な依頼なのです。」


「その割には、ワタシでも受けられるんですね。」


「今回の依頼、討伐目標自体はそれほど強い訳ではありませんから。なるべく多くの人を集めて討伐する方針なんですよ。」


「詳しいですね、フギンさん。」


「何せ、依頼主は他でもないアレクシス様ですから。本人からお聞きしました。」


「え!?」


もう一度確認すると、依頼主はオキ村の長と領主の連名になっていた。

今回の依頼にはフォドラの領主であるアレクシスも関わっているらしい。


「……アテラスさん。依頼を受ける時は、依頼背景や依頼主も確認しましょうね?」


「……はい。」


「そろそろオキ村行きの馬車が出る頃ですね。行きましょうか。」


「分かりました。よろしくお願いします、フギンさん。」







■   ■    ■    ■






フォドラの街を出発したアテラスとフギンは馬車に乗り、オキ村管轄の農園へとやってきた。

【ギヌンガ草原】にある山岳地帯に存在するオキ村は山の中に作った農園で農業・林業を営むそこそこ規模の大きい村である。

この農園で収穫された農作物や木材はフォドラの街に持ち込まれ、冒険者や貴族たちの口に入る。そのため、この村は重要な生産拠点と位置付けられている。


今回の依頼はそんな重要な場所に出現する魔物(モンスター)、チャージボアの討伐である。


(チャージボア。敵にしつこく突進を仕掛ける猪型のモンスターで、農作物を食い荒らす。)


馬車の中で読んだ情報を頭の中で思い出しながら、山林の中を歩くアテラス。

周囲に人影はなく、彼女が山道を歩く音と鳥の鳴き声、風になびく木の葉の音だけが耳に入る。


(結構奥まで入ってきたけど、1匹も見掛けないな。昼間は森の奥で身を潜めてるって話だから、もっと奥に居るのか?)


チャージボアは基本的に夜行性。

太陽が高い間は山の奥で身を潜めて、夜になると山から下りてオキ村の農園を襲撃する習性がある。だからこそ、冒険者たちは一目散に山奥へと向かっている。


(ん? これぐらいの斜面なら登れそうだな。)


途中、ショートカットできそうな道を見つけたアテラスは迷わず斜面を駆け上がる。

駆け上がった先は平地になっており、そこにはなんと目的のチャージボアが5体も集まっていた。


(しめた!! まだ誰も到着していない。コイツらを討伐できれば……)


購入したばかりの槍を構え、群れに突進しようとするアテラス。

だが、その足は駆けだそうとした瞬間に止まってしまった。


(討伐する……殺す? 俺が?)


槍を持つアテラスの手が震える。

アテラス――照は元の世界では戦いとは無縁の世界を生きていた。

せいぜい小さな害虫を退治するのが精々な環境で生活していた彼女にとって、魔物(ッモンスター)とは言え大型の動物の命を奪うのはハードルが高かった。


(でも、この世界でしばらく生きていくしかない以上、こういうことにも慣れておかないと……)


緊張の余り、鼓動が速くなり、汗腺から冷や汗が流れ出す。

深呼吸を繰り返して、更に目を閉じて精神を集中させる。


(よしっ!!)


意を決して、チャージボアの群れに突撃するアテラス。

横っ腹に勢いよく槍を突き刺し、柔らかい肉を貫く感触に思わず顔をしかめる。


「1匹目!!」


チャージボアがアテラスの存在に気づき、狙いを彼女に定める。

基本的に相手の攻撃は助走を付けてからの突進なので、会敵してから攻撃までにインターバルが発生する。その間にアテラスはもう1匹に襲い掛かった。


「はっ!!」


気合を込めて真上から一突き。

しかし、骨に阻まれてしまい、槍の穂が深く刺さらなかった。


「ブモォォォォォッ!!!!」


怒ったチャージボアは背中に取りついたアテラスを振り落とそうと暴れる。

小柄なアテラスは普通なら振り落とされるが、突き刺さった槍がストッパーとなって、彼女の身体を守る。


「暴れない、でっ!!」


暴れるチャージボアに牙を剥くのは、エメラルドグリーンの刃。

扱いにくい反面、とんでもない切れ味を誇るソレは中を守る骨ごと切り裂き、赤い絵の具を飛び散らせる。


「これで2匹目!! そして!!」


突き刺さった槍を引き抜き、姿勢を低くして狙いを3匹目のチャージボアに定める。

猪の死体を踏み台に大きく跳躍すると、その場で身体を大きく捻り、握りしめた槍をその勢いのまま手放す。


「これで3匹目!!」


投擲された槍は風を切り裂き、3匹目のチャージボアを射抜く。

先ほどよりは深く刺さったものの致命傷には至らない。しかし、槍の柄に着地した衝撃を利用して、強引に致命傷に至らせる。


「「ブモォォォォッ!!!」」


仲間をやられたことに怒った残りの2匹が同時に突進してくる。

対して、アテラスはその場を動かず限界ギリギリまで敵を引き付けた後、身体を大きく一回転させて、尾先の剣でまとめて倒してしまう。


これで計5匹のチャージボアが倒され、戦闘が繰り広げられた場所には赤い絵の具が盛大にぶちまけられた。


「……やっぱり、気持ちの良い感触じゃないわね。」


顔を付着した血痕を拭い取りながら、アテラスは呟く。

害を為す獣とは言え、肉を貫き、切り裂く感触は好きになれそうになかった。


「とりあえず、誰か呼ばないと……。」


此度の依頼、チャージボアを討伐した際は村に持ち帰るように厳命されている。

もしも、持ち帰れない量を討伐した場合は狼煙を上げて、村で待機している人に連絡する手筈になっているのだ。


連絡の道具を上空に打ち上げて、アテラスは血の匂いが残る山の平野で村人の到着を待つのだった。


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