初めての依頼
侍女フギンに連れてられて歩くこと、10分程。
アテラスは剣と盾の紋章が掲げられた大きな建物の前にたどり着いた。
白いレンガ造りの壁が目立つその建物こそ、冒険都市フォドラの名所とも言えるギルド本部である。
「さて、入りましょうか。」
「はい。」
フギンと共にギルドの中に入る。
扉を開けると、ギルド本部の中は大勢のヒトでそこそこ賑わっていた。
そして、アテラス程幼い少女が訪れるのが珍しいのか、建物内の視線が一斉に集中する。
「うっ……」
「アテラスさん、こっち。」
「あ、はい。」
一斉に集中した視線に怯んでいるアテラスをフギンが先導する。
侍女に先導されて案内されたのは「依頼受注所」という看板が掛けられたカウンター。そこでは、フギンによく似た人物が欠伸を噛み殺しながら座っていた。
「ムニン、久しぶり。」
「あっ、お姉ちゃん!! 久しぶり~!! 今日はどうしたの?」
「新しく冒険者になる子が居るから、顔合わせと説明をお願いしたいの。」
「はいは~い。今日は依頼受ける人が少なくて暇だったんだよね~」
「アテラスさん、この子はムニン。私の双子の妹でギルドの受付嬢をしているの。」
「ムニンだよ~。これからよろしくね~」
(何というか……フギンと違って、少しぽわぽわした子だな)
「じゃあ、ここギルドで依頼を受ける手順を説明するね~」
相変わらずおっとりした口調で話すムニンだが、その説明はしっかりしていた。
ギルドで依頼を受注する手順は至ってシンプル。
クエストボードに現在受注できる依頼が張り出されているので、ギルドカードと依頼書をムニンの所に持ってくれば、それでOK。但し、抱えることができる依頼は5つだけ。
依頼を達成した場合はその証拠となる物を受注の時と同様にムニンの所に持ってくれば、報酬が支払われるようなシステムになっている。基本的には、難易度が高い依頼ほど報酬が豪華になり、低い依頼は報酬も質素になる。
「それと、依頼には受注制限があるモノもあるので注意してくださいね~」
(うーん……まさしくゲームの王道っていう感じだな。)
「ちなみに、一番多いのがランクの受注制限ですね~。」
「あら? 私が冒険者だった時はなかった制度ね。」
「お姉ちゃんが冒険者を止めた直後に実装されたんだ~。実力を弁えずに依頼受ける人が多かったからね~」
「――――って、フギンさんも元冒険者なんですか!?」
「言ってませんでしたか? 侍女になる前は冒険者として国中を旅してました。」
「お姉ちゃん、結構強かったんだよ~? 今でも難しい依頼をお姉ちゃんに任せる時があるくらい~」
「まったく……今の私は侍女だって言うのに。」
そう愚痴を言うフギンだが、満更でもなさそうだ。
「アテラスさんは依頼を見てきてください。ちょっと妹とお話しているので。」
「分かりました!!」
フギンから離れたアテラスは早速、クエストボードに張られている依頼に目を通す。
もちろん、依頼内容はこの世界の文字で書かれているので今日文字を教えて貰ったばかりのアテラスにとっては暗号が並んでいるような感じだ。
事前にフギンから貰った文字一覧表を見ながら、依頼内容に目を通す様子はその可憐な容姿は相まって愛らしさを感じさせる。
(えっと……あれは採取依頼かな? 草の絵が書いてるし。)
有難いのは依頼書に絵が描かれており、なんとなく依頼の内容が分かることだ。
アテラスは採取系の依頼と思われる草の絵が描かれている依頼書に狙いを絞って、さらに詳細内容に目を通していく。
(き……み……あ……そ……う……キミア草? 本数は……5本?)
アテラスが見つけたのは、キミア草という聞いたことがない植物の採取依頼。
特に受注制限も設けられておらず、その代わりに報酬もさほど高くはない。
そのことから初心者向けの依頼だと判断して、依頼書をはぎ取る。
「ムニンさん、この依頼受けます!!」
「はいは~い。えっと、キミア草の採取ですね~。
駆け出し冒険者向けの依頼なので、ちょうど良いですね~。」
ギルドカードと依頼書をムニンに渡すと、カウンター裏で何やら作業を行う彼女。
5分も経たない内に裏方の作業が終わり、アテラスの手元にギルドカードが返却された。
何でも、カードの裏面に現在受注している依頼名を記載していたらしい。
「これで受注手続きは終了です~。」
「ありがとうございます。」
「さて、私の今日のお役目は終了ですね。私はお屋敷の方に戻ります。」
「はい!! いろいろとありがとうございました!!」
「これもお仕事ですから。それでは、初めての依頼頑張ってください。」
そう言い残して、フギンは一足先に領主の屋敷へと戻って行った。
「あ~、アテラスさん。これを渡しておきますね~」
ムニンから渡されたのは、一冊の分厚い本と頑丈そうなカバン。
どちらも使い古されているのか修理した跡や汚れが目立つ。
「駆け出しの冒険者にはこれを貸し出すことになっているんです~。
無くしたりすると、お金を払ってもらいますので大事に扱ってくださいね~。」
「分かりました。」
「それともう1つ。どんなに簡単な依頼でも町の外に出る場合は絶対に油断しないでください。」
ぽやぽやとした雰囲気が一変して、まるで別人のように真剣に忠告するムニン。
「モンスターは突然生息域を変える時があります。だから、町の外に出た瞬間から強力なモンスターに遭遇する可能性が高くなることを忘れないでください。」
「は、はい!!」
「それでは、いってらっしゃいです~」
「い、いってきます」
元の雰囲気に戻ったムニンに見送られながら、アテラスは初めての依頼へと出発するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ギルド本部を出発したアテラスは大通りを通って、フォドラの出入り口を目指していた。
フォドラに限らずプロキシマ神国の各都市は街を高い外壁を囲み、出入口を制限することで外部からモンスターが侵入するのを防いでいる。
そのため、採取に出るにはまず壁門を通って街の外に出る必要がある。
「えっと……確か、奴隷は門番に話を通さないといけないんだよね。」
アテラスは街の外に出るときの手順を頭の中で思い返す。
奴隷は国法によって街の外に出ることが禁じられているので、外に出るときは門番に許可証を見せる必要がある。そして、その目的を伝えておかなければならない。
「門番の人は……あっ、居た居た。」
トテトテと街の境界線に設けられたカウンターに近寄ると、担当の門番が顔を出す。
「すみません、街の外に行きたいんですが……」
「ん? お嬢ちゃん、許可証は持っているのか?」
「許可証は持っていませんが、これは持っています。」
そう言って、アテラスが見せたのはギルドカード。
実はギルドカードを持っていると、許可証の代用になるのだ。
「ほう……随分と幼い子と思ったが、異人種の子供ならおかしくないか。
街の外に出る目的は依頼か?」
「はい。キミア草の採取です。」
「良し、通行を許可しよう。気を付けるんじゃぞ。」
「ありがとうございます!! ところで、キミア草って何処で採れるんですか?」
「ん? お嬢ちゃんは駆け出しか?」
「はい。」
「それなら、ギルドで渡された本があったじゃろ? それに書いてある筈じゃ。」
門番にそう指摘され、アテラスは出発の直前にムニンから貰った本のことを思い出した。
随分使い古されたショルダーバッグの中に突っ込まれたソレを取り出して、ペラペラとページを捲ってみると、門番の言う通りキミア草の特徴や群生地が書かれている。
それ以外にも、フォドラの街周辺の地図やモンスターの情報も載っている優れものだった。
「それは駆け出しの冒険者に貸し出され、長い年月を掛けて様々な情報が加筆修正されてきた本なのじゃ。それを見れば、大抵のことが分かるようになっておる。」
「えっ、それじゃあ、この本ってとっても貴重なモノなんじゃあ……」
「ああ、貴重だとも。だから、くれぐれも無くすんじゃないぞ?」
「分かりました!!」
「ホホホッ、元気の良いお嬢ちゃんじゃ。ちなみに、キミア草が採れるヘレニムの花畑はギヌンガ草原の東側じゃぞ。」
「ありがとうございます!!」
アテラスは門番の人にお礼を言うと、冒険都市フォドラの南に広がる【ギヌンガ草原】へ一歩踏み入れた。
門を一歩出た瞬間から、そこはモンスターが跋扈する危険地帯。
街のように守ってくれる人は誰も居らず、自分1人の力で危険を潜り抜けるしかない。そして、周囲に誰も居ないことを確認したアテラスはゴソゴソと腰回りの留め具を外す。
それによって、頭に被っているベールの固定が解除され、その下に隠れていた一対の翼が現れる。しかし、そのサイズは随分と小さく、長いベールで隠せる程になっている。
「えっと……確か、解除の呪文は“解けよ、摂理を歪めし力”」
アテラスが呪文を唱えると、両翼の付け根付近に嵌った円環の宝玉が煌めいた。
すると、小さかった翼がみるみる大きくなっていき、元のサイズへと戻る。
「うーん♪ 正体を隠すためとはいえ、やっぱり自然体の方が楽でいいわね。」
凝りを解すように元のサイズに戻った翼を大きく広げるアテラス。
よく見ると翼の付け根には、青い宝玉がはめ込まれた円環がアクセサリーとして付けられていた。
その円環は《収縮の円環》という魔法具で、取り付けたモノを小さくする魔法が掛かっている。竜人族の特徴である翼を隠すためにアレクシスが屋敷の倉庫から引っ張り出してきたモノである。
魔法で小さくした翼を白いベールの内側に隠すことで、対外的には蛇人族に見えるようにしているのだ。また、頭部に生えた角もベールで隠している。
「キミア草の群生地は東側だったよね。よし、レッツゴー!!」
元気な掛け声を挙げて、アテラスは冒険者としての一歩を踏み出すのだった。