一変する状況
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その期待に応えられるように頑張って書いていきます。
ゲスクード侯爵の手によって、性別も種も変えられてから2週間。
照は一歩も外に出ることを許されず、屋敷の一室に幽閉されたままだった。
あれ以降、侯爵が部屋を訪れることはなく、メイドの1人が食事を持ってくるのに訪れるぐらい。
しかし、ある時。照の下を侯爵が訪れた。
侯爵によって久しぶりに屋敷の外に出た照が連れてこられたのは……
「さぁさぁ、世にも珍しい人魚の子どもだ!! 金額は1000万コールから!!」
そこは人身売買が行われるオークション会場だった。
仮面を付けた紳士淑女から提示される金額は物凄い速さで吊り上がっていき、到底一般人では口にさえ出せない金額が飛び出す。恐らく、この会場に居る者はやんごとなき身分の者たちばかりなのだろう。
照はそのオークションの商品控室で自分の番が来るのを待たされていた。
当然、首輪の力によって逃げることは愚か、言葉を話すことも禁止された状態で。
「……」
会場の喧騒を聞きながら照は周囲を見渡す。
商品としてオークションに出展される者は全員普通のヒトではなく、この世界において“異人族”と呼称される種族の子どもたちばかり。身体的特徴もバラバラだが、唯一共通しているのが奴隷の首輪をつけ、諦観した表情を浮かべていることだ。
(小説とかだと、こういう種族は差別的扱いを受けるのが多いけど、この世界も同じなのか……)
照は自分がもうすぐ競売に掛けられる立場なのに、そんな場違いなことを考えていた。
また1人、1人と控室から子供がオークション会場に送られ、一般人の想像がつかないような金額が動く。
ちなみに、ゲスクード侯爵もオークションに参加している。
さらに言うと、控室に居るのは子供たちだけ。奴隷の首輪を付けられているので、問題はないと考えているのだろう。
(さて、そろそろ行動を起こすとするか。)
照は部屋の隅っこに移動すると、意識を身体の“ある部位”に集中させる。
それは尾てい骨辺りから伸びる細長い竜の尾。
闇色のソレは先端にエネラルドグリーンの刀身が付いており、切れ味を思うがままに変えることができる。おまけに、多少は伸縮するようになっているので、その切っ先を首輪まで突きつけることも可能なのだ。
(生憎と、俺もこの2週間何もしなかった訳じゃないんだよ。)
照は侯爵の不注意さにニヤリと笑った。
実を言うと、奴隷の首輪は服従を強制する力はあるが、その強制力が働く範囲にあまり融通が利かないという欠点が存在しているのだ。
例えば、今回のように“逃げるな”という行為を強制した場合、「逃げる」という行為はできないが、支配の根源たる首輪を壊すことはできる。首輪を壊す=逃げるとは判定されないのだ。
(頑丈で外すのは絶対に無理だと思ってたけど、これを使えば……)
エメラルドグリーンの刃が首輪に触れる。
闇色の尻尾は刃の部分にまで神経が通っているらしく、首輪の硬い感触が伝わってくる。
しかし、一番の問題はここからだったりする。
(ゆっくり切れ込みを入れないと。やり過ぎると首までチョッキンすることになるからな。)
見張りの男から見えないように壁を背にして、首輪にちょっとずつ切っていく。
幸か不幸か、照は今回のオークションの目玉商品的な扱いを受けているため、競売に掛けられるまでにはまだ時間がある。
(そろそろ切れる頃かな。見張りは一人だけだし、無理やり突破して……)
首輪を切断した後の行動を考えていると、会場の方が慌ただしくなった。
控室で待たされていた子供たちが疑問符を浮かべている間に、見張りは持ち場を離れる。それと入れ替わるようにオークションに参加していた富豪たちが流れ込んでくる。
恥も外聞も投げ捨て、我先にと会場から逃げ出す富豪たちに照も思わず手を止めて呆然としていた。
「まったく……逃げられると思っているのか。」
富豪たちの次に現れたのは長身の男性。
黒と金色のロングコートを身に纏い、その手には細長い剣が握られている。
「子供たちの控室は此処だけか?」
「ひぃ、ひぃ、そ、そうです!! 今回の商品が居るのはこの部屋だけです!!」
「そうか、案内ご苦労だったな。」
男性の冷たい視線が引きずられてきたこのオークションの主催者の男性を射抜く。
そして、恰幅の良い彼はそのまま長身の男性の部下らしき人物に連行されていくのだった。
「……よくもまあ私の目を潜り抜けて、これだけ集めたモノだ。」
控室に居る子供たちを一通り見つめ、男性はボソッと呟いた。
「私はアレクシス・フォドラ、君たちを助けに来た者だ。」
子供たちを安心させるように優しい声色で名乗る男性。
しかし、救助された本人たちは過去の経験からか目の前の彼を信じ切ることができていない様子だ。
「アレクシス様、契約書を発見しました!! 全員分キチンとあります!!」
「そうか、ありがとう。君は逮捕した奴らの連行を手伝ってきてくれ。」
「はっ!!」
紙の束を上司に渡すと、部下の一人は何処かへ行ってしまう。
「これは君たちの奴隷契約書だ。この中には不当な手段で奴隷にされた者もいるだろう。調和の女神シンモラの名に誓って、不当奴隷の契約を解除すると約束しよう」
「だから、少しだけ私のことを信じて貰えないだろうか?」と訴える男性に対し、子供たちは戸惑う。そんな中、おずおずと狐耳を生やした姉妹がアレクシスの前に出てくる。
「君たちの名前と此処に来るまでの経緯を教えてもらってもいいかい?」
「えっと、私たちはオキ村のクレハとハユルって言います。キノコ採りに出てる時に貴族の人に捕まって……」
「クレハとハユルだな。」
姉妹の名前を確認したアレクシスは契約書の束を捲って2人の名前を探す。
同時に彼の後ろに控えるもう一人の部下も同じように紙の束を捲って何かを探している。
「アレク様。この2人に犯罪履歴はありません。」
「そうか。それなら、“我アレクシス・フォドラの名の下に、この契約は破棄する”」
アレクシスが呪文を唱えると、2枚の契約書が炎となって消失。同時に姉妹の首に嵌められていた首輪がパキンッという音と共に外れた。
「これで君たちは自由だ。自分の村に戻ると良い。私の部下に言えば、村まで送ってもらえるだろう。」
「「ほ、ほんとうですか!?」」
「もちろんだとも。神に誓って、約束しよう。」
そう言って、アレクシスは優しそうな笑みを浮かべながら姉妹の頭を撫でる。
売られるのを待つときとは打って変わって、満面の笑顔を浮かべた姉妹は手を繋いで控室から出ていくのだった。
「さぁ、次は誰だい?」
アレクシスが呼び掛けると、子供たちが我先にと殺到する。
「まあまあ、落ち着いて。1人ずつ、だよ?」
常人ならパニックに陥りそうな状況でも彼は一人ずつ丁寧に対応する。
1人、また1人と不当に結ばれた奴隷契約が解除され、部屋から人が減っていく。そして、照の順番が回ってきた。
「これは……」
「まさか、そんなことが……」
間近で見る照の姿にアレクシスとその部下は困惑した。
それは当然のこと。
何せ、今の照は人間の男ではなく、この世界において姿を消した竜人族の少女。
もはや実際に目撃したヒトは居ない幻の存在に困惑しない方がおかしい。
「――――っと、驚いている場合じゃないな。君の名前と此処に来た経緯を教えてくれるか?」
「天草 照です。この世界に迷い込んだ所をゲスクード侯爵に拾われて、無理やり奴隷契約を結ばされました。」
「ん? だとすると、君は異界人かい? 」
「はい。」
「それなら、今ここで奴隷契約を解除するのは危険かもしれないな。」
アレクシアの言葉に照は首を傾げる。
「異界人は市民権を持っていないからね。国の庇護を受けることができないんだ。」
彼が言うには、市民権を持たない者は国が定めた法の庇護を受けることができないため、窃盗や暴力行為を働かれても何もできない。おまけに、公共施設を利用することもできない。
一方、奴隷身分であるなら専用の法の庇護を受けることができ、キチンと公共施設を利用することもできる。
このまま奴隷契約を解除した場合、照は野宿を強制され、森や野原で獣を狩り、その日の食糧を確保する羽目になる。しかも、市民権がないと物の売り買いも制限されるので、お金を稼ぐことも難しい。
(あれ? もしかして、俺って危ない橋を渡ろうとしてた?)
アレクシスの説明を聞いて、照は己の不注意に気づかされた。
最も首輪を破壊しなかった場合は別の富豪に売られ、慰み者にされていた可能性が高い訳だが。
「ふむ、まずは契約主を私に変更しておこう。自由に話せないのは不自由だ。」
そう言うと、アレクシスは手をかざして呪文を唱え始めた。
「“我、アレクシス・フォドラは法を破りしゲスクードに代わり、この者の主になることを望む。”」
すると、契約書の文字が光りだし、新しい文字が上書きされる。
「よし。次は、“自由に話しても構わない”。」
「……ありがとうございます。無理に契約を結ばされて困っていたんです。」
「別に構わないよ。不当な奴隷契約を見つけて、それを排除するのも私の仕事だからね。」
そう言って、アレクシスは微笑んだ。
しかし、その表情は一瞬で真剣なモノへと豹変する。
「私はゲスクード侯爵の悪巧みを暴こうとしている。何か知っていることがあれば、教えてくれないか?」
アレクシスの要望に照は快く応じた。
そして、照は彼にこのオークションの会場に連れてこられるまでの経緯と侯爵が屋敷で行っていた研究について分かる限りのことを伝えた。
「なるほど……それなら屋敷を調べれば、決定的な証拠が出てきそうだな。」
「それでしたら、私が調査して参りましょうか?」
「頼めるかい? これを使えば、侯爵も拒否できないだろう。」
「お任せください。」
そう言って、彼の部下は首飾りのようなモノを受け取ると一足先に退出する。
「さて、ここで話すのもなんだし、私の屋敷へ案内するよ。」
こうして、照はアレクシスの屋敷へ招待される運びとなったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
オークション会場から馬車に揺られること、十数分。
照はアレクシスが住む屋敷に到着した訳だが、その威容に圧倒された。
「……」
「どうしたんだい?」
照の目の前にあるのは屋敷というよりも城や宮殿という表現の方が相応しい住居。
広大過ぎる敷地は自転車が必要になりそうな程で、まるで中世ヨーロッパの建築様式で作られた大学のようだ。
「あ、アレクシスさんって何者なんですか……?」
「言っていなかったか? 私は此処、冒険都市フォドラの領主本人だ。」
(何で領主さまが直々に動いているんだよ!? 普通は部下がせかせか動くものじゃないのか!?)
そんなツッコミを入れたくなる衝動をグッと堪え、アレクシスに付いていく。
しかし、宮殿の中に立ち入ろうとした時、小さい肩をガッと掴まれた。
振り向いてみると、古風な白と黒のエプロンドレス――所謂、メイド服を着た侍女たちがニコニコと笑みを浮かべながら照の肩を掴んでいる。
「お客様、入る前にその身なりを整えましょうか。」
侍女にそう言われ、照は改めて自分の姿を見る。
身に纏うものは監禁されていた部屋にあったシーツを巻いただけの衣服とは呼べない物。おまけに、2週間もの間風呂に入らせてもらっていないので、長い髪からも少しばかりイヤな臭いが漂っている。
「私は別に気にしないのだが……」
「ダメです。たとえ、旦那様が許してもこの侍女頭が許しません。この子は私たちが身なりを整えさせてから連れていきます。」
有無を言わせない口調で宣言すると、侍女頭は照を米俵のように抱える。
そして、ダダダッという効果音が付きそうなくらいの速度で照を連れて行ってしまった。
「今後のことを相談しようと思ったのだが、仕方ない。先にやることをやっておくか。」
そう独り言を呟くと、アレクシスは一人寂しく執務室へと向かうのだった。