学術都市での出会い
ヴェーレスの領境に広がる鉱山地帯。
宝石や鉱石が潤沢に採れるため、商業都市を支える拠点となっている重要な場所だが、一方で交通の要所でもあった。何せ、【プロキシマ神国】の南を領土とする商業都市から学術都市や防衛都市、農業都市に行くにはこの鉱山地帯を通り抜けなければならない。
そのため、この一帯にはいくつもの線路が敷かれており、汽笛の音が絶えない。
今日もまた大勢のお客様を乗せた列車が白煙と共に鉱山地帯を走る。
「ふ、ふわぁぁぁぁぁ……眠い」
そんな列車の一室。
代り映えのしない光景を眺めながら、少女は欠伸を溢した。
腰の辺りから伸びる尻尾はしきりに座席をポンポンと叩き、彼女の不満を代言している。
「お姉さま、後どれくらいで着くのですか?」
「まだ鉱山地帯を抜けていないわよ。あと2時間は掛かるわね。」
「あと2時間……ミミルって案外時間が掛かりますのね。」
「これでも格段に早くなったわよ? この機関車が運行するまで日を跨ぐことなんて当たり前だったもの。」
「それはそうかもしれませんが……」
列車にガタンゴトンと揺られること、すでに1時間と少し。
初めは元の世界でも滅多に乗ることができない蒸気機関車に乗れるとあって、少しテンションが上がっていたアテラスもさすがにずっと窓の外を眺めているのに飽きてきた。地球に居た頃なら何かしら時間を潰す術があったが、生憎とこちらの世界では時間を潰す方法は読書ぐらい。
その上、本は高価な品で一般人には中々手に入らない。アリサ商会の令嬢という立場であるアテラスなら比較的容易に手に入るが、本一冊の値段を知った彼女はおいそれと持ち歩けなかった。
「それにしても、どうしてこのタイミングでミミルへ? 会議まではまだ時間がある筈ですが……」
クレスとアテラスが学術都市ミミルに向かっている理由。
それはグロアス魔国への対応を話し合うための領主会議が開催されるのがミミルの街だからだ。
しかし、彼女の言った通り、会議が開催がされるのは数週間後。そんな早くにミミルに向かうことを提案したのは姉であるクレスだった。
「……そうですね。そろそろ話してもいいでしょう。」
そう言って、クレスは読んでいた本を閉じると真剣な面持ちでアテラスを見つめる。
その小さい身体が放たれる雰囲気にアテラスは思わず背筋を伸ばす。
「この度の魔国への潜入作戦。十中八九、貴女が抜擢されるでしょう。」
「ワ、ワタシが!?」
「潜入は少人数で行う必要があるのよ。しかも、魔国は人為的に竜人族を生み出す技術を所持している以上、メンバーにはかなりの実力が要求されるわ。」
「それなら、なおさらワタシが選出されるのは可笑しいのでは……?」
アテラスの言う事も当然だ。
各都市にはクレスのような最高位冒険者が必ず一人は在籍している。
ポテンシャル的にはアテラスの方が上かもしれないが、現時点は圧倒的に最高位冒険者の方が強い。
下手をすれば魔国との戦争に突入する可能性がるのにまだ未熟者な自分を抜擢するのはリスキーだというのがアテラスの考えだ。
「アレクシス様もシンモラ様も同じ考えだけど、そう上手くはいかないのよ。」
「????」
ため息を溢すクレスに首を傾げるアテラス。
「最高位の冒険者は多忙なのよ。他の冒険者に回せないような依頼を全部引き受けてくれるから。」
(そういえば、フォドラに居た時もフォドラの最高位冒険者と会わなかったな。)
「特にフォドラの最高位冒険者―――“剣聖”は新しく見つかったダンジョンの調査でもう何か月も連絡がついていないらしいわ。」
「他の都市も似たような状況なのですか?」
「ええ。国境の守備を担当している“城砦”は持ち場を離れる訳にはいかない。“神弓”も領主の依頼でそもそも神国から離れてる。動けるのは“賢者”ぐらいね。」
そこまで言って、クレスは一変して妹を安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。今回の潜入にはアレクシス様にシンモラ様も参加する。それに、私も参加するわ。」
「お姉さまもですか!?」
「ええ。少数精鋭での潜入になるもの。最高位冒険者の私が召集されるのは当然のことよ。但し――――」
「ただし?」
「穏便に済むに越したことはないけど、そうはならない可能性の方が圧倒的に高い。そうなった時、貴女を庇うだけの余裕はないわ。少なくとも自分の身は自分で守ってもらわないと。」
「あっ、もしかしてそのために?」
この時、アテラスはクレスが何を考えているのか理解した。
そして、その予想を肯定するように彼女は頷いて見せた。
潜入が穏便に済まなかった場合、つまりは何らかの要因で潜入が見つかった場合。
魔国へと潜入した面々はティアマトやミュルグレスなどの手強すぎる軍勢との戦闘を強いられることになる。そんな状況下では流石の最高位冒険者であるクレスも未熟なアテラスを庇いながら戦うことなど不可能。
だからこそ、クレスは一足早くミミルへとアテラスを連れてきた。
何せ、学術都市ミミルには他の都市で見かけない図書館型のダンジョン―――【レジエル魔導図書館】が存在しているからだ。
このダンジョンの特徴は浅層でも貴重な魔法書が手に入る可能性が高い代わりに、出現する敵は高ランクの冒険者でも苦戦するようなモンスターばかりという魔境でもある。派手な行動をすればあっという間に強力な敵に囲まれるという潜入の予行練習としては最適な場所だ。
「領主会議が開催されるまでの間、私が付き切りで鍛えてあげるわ。」
「お、お手柔らかにお願いします……」
ニコニコと異性を魅了するような笑顔を浮かべているが、アテラスはその笑顔に恐怖を感じた。
まるでオオカミが獲物を前にして、浮かべているようなそんな笑顔のように感じた。
「まあ、取り合えずは防具の受領ね。依頼していたモノ、完成したのでしょ?」
「はい。」
「それじゃあ、受領が終わったらすぐにダンジョンに潜って、後はひたすら探索ね。」
「ワタシ個人としてはゆっくり街と見てみたいのですが……」
「それはまたの機会ね。」
「ですよね~」
そんな会話を交わす2人を乗せたまま、機関車は走り続ける。
目的地、学術都市ミミルに向けて―――――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アテラスとクレスの両名を乗せた列車が学術都市ミミルに到着したのは約2時間後。
ヴェーレスの駅よりもこじんまりとした駅に降り立ったアテラスは長旅で固まってしまった身体を解すように全身を大きく伸ばす。
「んぅぅぅ〜ようやく着いたのね。」
「ミミルに来るのも久しぶりね。すっかり賑やかになったわね。」
一度来たことがあるのか、クレスは構内の変わりぶりを興味深そうに眺めていた。
駅の構内の一角には列車の利用客をターゲットにしたであろう出店が立ち並び、そのままミミルの町に向かう人も居れば、出店を覗く人も居る。地球を知るアテラスにとっては馴染みのある光景がミミルの駅に広がっていた。
そんな中、アテラスとクレスに向かって手を振りながら近づいてくる者が居た。
「とある事情」からミミルに滞在している鍛治師のクリスタだ。
「あ、居た居た。おーい、アテラスちゃ〜ん!!」
「あれ、クリスタさん!? どうして此処に……すぐそちらにお伺いする予定でしたのに」
「知り合いからこの時間に駅に行けば会えるって言われたから待ってたのよ。何処で待ち合わせるかまで決めていなかったから。」
「あっ、そう言えば……すっかり忘れていましたわ。」
「あはは♪ まあ、私も忘れてたからお互い様ってことで。」
そう言って、クリスタは視線をアテラスからクレスに移す。
「初めまして。私は鍛治師カリオンの一番弟子、クリスタと申します。」
「こちらこそ、鍛治師カリオンの名は私の耳にも届いています。もしかすると、そちらの工房に武具の作成を依頼するかもしれません。」
「その時は全力で依頼に応えさせていただきます。」
「え、えっと…………」
突然目の前で繰り広げられたやりとりに目が点になるアテラス。
その反応が面白かったのか、クレスとクリスタはクスリと笑った。
「それでは、クリスタさん。此度の協力者の下に案内していただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、こちらです。」
―――その必要ないわ。
「「!!」」
突然、頭の中に直接語り掛けるような声が響く。
アテラスはその両手をドラゴンのモノへと変貌させ、クレスもいつでも銃を抜けるようにグリップに手を掛ける。一方で、クリスタの方は声の主を知っているのか肩をすくめるだけだった。
「もう、パラケ。驚かせないであげてよ。」
―――むっ、クリスタ。人聞きが悪い。わたしは待ちきれなかったから迎えに来ただけ。
「いやいや、いきなり思念通話魔法なんて使われたら誰でもビックリするから。兎に角、姿を見せてあげてよ。」
―――はぁ……あんまり外に出たくはないけど、仕方ない。
刹那、何もなかった空間に黒い亀裂が生み出される。
その亀裂はドンドン広がっていき、やがては人一人が通れるぐらいまで穴が広がる。
虚空に生み出された穴からヒトの右足が出てきたかと思うと、左足、右腕、左腕、胴体が出てくる。それらはキチンと繋がっており、最終的には一人の人間が現れた。
「よっ、と。お初にお目にかかる。わたしはパラケルスス、しがない錬金術師さ。」
虚空の断裂から現れた少女、パラケルススは無表情のまま挨拶をする。
突然現れた彼女に戸惑っていると、呆れた様子のクリスタが助け舟を出す。
「えっと、今のはパラケ……パラケルススが開発したアイテムによる瞬間移動です。短刀ような形状のアイテムで空間に亀裂を開けて、それを通ることで疑似的な空間跳躍を実現しています。」
「もっとも、複雑過ぎてわたし以外には使えんがな。」
「えっ、ちょっと待って!! 瞬間移動を再現したって言ったかしら!?」
「ああ、その通りだ。さすがに苦労したが、天才のわたしに掛かれば不可能ではない。」
「“失伝魔法”を独力で再現するなんて……」
「ロスト、ミュステリウム……?」
新しく出てきた知らない単語に首を傾げるアテラス。
「太古の昔……数多の神々が人々と共に暮らしていた時代に使われていた魔法の中で、現在では失われてしまった魔法の総称よ。」
「女神シンモラも引き続き人々と共に歩むため、その技術を捨て去ったとの話だ。故に、この時代には一切の伝承も残されていない。」
まったく信じられん所業だ、とパラケルススは毒づく。
一方でクレスは【失伝魔法】は今の時代に存在してはいけないと考えていた。
数多の神々がこの大地に降臨していた時代は空間転移、時間遡行、天候操作などなど人智を超えた魔法が広く使われていた。しかしながら、当時は「国」という枠組みもなく、知性ある者同士が戦うことなどほとんどなかった故に問題にはならなかった。
だが、今の時代に【失伝魔法】が普及していれば、この世界は混沌の世と化していただろう。
【失伝魔法】が使えれば、機密情報・暗殺などやりたい放題。都合が悪いことがあれば、時間を巻き戻して術者にとっての最適解が導かれるまでやり直せばいい。
当時の人々はその魔法の力を細心の注意を払って使っていたらしいが、今の時代では己の欲望を満たすがために使われるのがオチだ。
「貴女……その魔法は絶対に表に出してはいけない。」
「ああ、理解しているとも。女神シンモラにも散々釘を刺された。」
やれやれ、と肩を竦めるパラケルスス。
「パラケ、そろそろ……」
「ああ、そうだな。では、君たちをわたしの工房に案内しよう。ついてきたまえ。」
そう言って、パラケルススは腰に吊り下げていたアゾット剣を振る。
彼女が出てきた時と同じような裂け目が虚空に口を開き、来訪者を迎え入れる。
アテラスは少し覗いてみると、中は真っ黒な空間が何処まで広がっており、行き着く先など見当もつかない。クレスも警戒心をむき出しにして、二の足を踏んでしまっている。
「大丈夫ですよ。私たちから離れなければ、ちゃんとパラケの工房に着きますから。」
「早く来ないと、置いていくぞ?」
二の足を踏むアテラスとクレスに対して、パラケルススとクリスタは何の迷いもなく足を踏み入れる。
「どうしましょう……?」
「……行くしかないわね。」
「そう、ですわよね。」
2人は顔を見合わせて、覚悟を決める。
恐怖に負けないように手と手を繋ぎ、空間の裂け目に足を踏み入れた。
すると、意外なことに足の裏からかなりしっかりした地面の感触が伝わってくる。
ちょっと強めに踏みしめてみても、依然として漆黒の闇に浮かんでいるであろう足場の感触はキチンと伝わってくる。
(意外だ。無重力状態みたいな感じかと思いきや、重力もあれば足場もあるんだな。)
警戒心を捨てずに見えない足場を進んでいくアテラスとクレス。
一方、クリスタとパラケルススの2人は慣れているのか、ずんずんと道なき道を進んでいく、
いつの間にか入ってきた亀裂も見えなくなり、周囲は漆黒の闇が存在するだけになった。不思議な事に光が一切ない筈なのに全員の姿がはっきりと見えるので、道案内役の2人と離れる心配がないのが幸いだろう。
「さっ、着いたぞ。」
道の終着点は入り口と同様に漆黒の闇の中に白い光が射し込む裂け目が存在していた。
パラケルススがその裂け目に手を掛け、まるでカーテンを開くように勢いよく裂け目を広げる。
その先に広がっていたのはほんのり薄暗い実験室のような部屋。
ビーカーやフラスコなど実験に使用すると思われる器具が散乱しており、パラケルススの性格が伺える。
「ようこそ、わたしの工房へ。歓迎しよう。」
そう言って、パラケルススはほんの少し口元を綻ばせた。
リアルが忙しすぎて、執筆時間が確保できない。
今後も急に更新期間が空く場合がありそうです。
そして、キャラの口調は覚束ない箇所が多々あります。
見切り発車で書き始めた作品なのでプロットもですが、キャラクターの設定もガタガタなんです。
一から書き直すのは骨が折れるので、此処から固定させていく方針です。




