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迷い込んで異世界 TS少女の冒険譚  作者: 蒼姫
第2章 商業都市ヴェーレス
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新生活と布石




ティアマトによる襲撃事件から約2か月後。

手痛い被害を被ったヴェーレスの街は無事に復興し、元の活気を取り戻した。

さらには領主代理である女神シンモラも帰還したことで、人々に安心と平和が戻ってきた。


そして、一番の功労者と言っても過言ではないアテラスこと、アテラス・パナシーアは拠点を養女となったパナシーア家に移して、生活を送っていた。街の人々は元の世界を取り戻しているが、その一方で彼女の方は今までとまったく異なる生活を送っている。


場所はアリサ商会の裏手にある純和風建築のお屋敷。

その中庭では甲高い金属音が幾度となく響き渡っていた。


「ふんっ!!」「ふっ!!」


ぶつかり合うのは銀色の煌めきと黒色の煌めき。

その発生源は執事服に身を包んだ白髪の男性が振るう細身の長剣とそれを防ぐアテラスの右腕だった。

彼女の右腕はいつも白魚のような肌ではなく、黒曜石のような煌めきを放つ鱗に覆われていた。おまけに、乳白色の平爪は鋭利なカギ爪に変貌し、凶器と化している。


「はっ!!」


「むっ!!」


大振りの一撃を防いだ刹那、アテラスは左の拳を固めて真っすぐ撃ち出す。

大人すらもノックダウンさせる一撃を執事は振り下ろした長剣を蹴り上げて、無理やり防ぐ。

的確な隙を狙った攻撃を防がれたことでムスッとするアテラスに対して、モノクルを付けた老執事は満面の笑みを浮かべている。


「ハハハッ!! お嬢様、随分と上達いたしましたな!!」


「簡単に防いでおいてよく言いますわね!!」


「誰がこの数か月ミッチリ仕込んだと思っているのですか!! そう簡単にやられる程、弱くはありませんぞ!!」


「いい加減、弟子に勝ちを譲りなさいな!!」


「では、勝ち取ってみなさい!!」


話ながらも2人は攻撃の手を緩めることはない。

老執事が振るう長剣を堅牢な守りを宿す両腕で防ぎ、隙を見てアテラスが正拳突きを放つ。そして、それを彼が何とかして向かう撃つ。そんな攻防が何回も続けられる。


「ハハハ!! クレス様も才能豊かでしたが、お嬢様も負けず劣らず才能豊かですな!!」


「その余裕な態度、何時までも続けれると思わないで!!」


拳を固めてそのまま撃ち出すのかと思いきや、繰り出されるのは膝を狙ったキック。

同じように正拳突きが来ると思っていた老執事は虚を突かれ、態勢を崩してしまう。

その絶好のチャンスにアテラスは右腕を肥大化させて拳を握り、超即席のハンマーを作り上げた。


「せりゃあ!!」


気持ちの入った掛け声と同時に鈍器となった右腕が振るわれる。

片足が地面から離れ、回避行動も不可能。「勝った」と初めての勝利を確信するアテラスであったが

老執事はニヤリと口元を歪めた。


避けるのは不可能と思われる状態で老執事は何ともう片方の足を蹴り上げた。

もちろん、力が乗っていないので大した威力にはならないが、その足は右腕の軌道を変えるのに十分だった。


「ふんっ!!」


両足を地面から離したことで背中から地面に落ちていく老執事。

そのまま地面に着くのかと思いきや、両手を伸ばして地面を足場にキツイ飛び蹴りをアテラスにお見舞いする。無防備な胴体に強烈な飛び蹴りを叩きこまれたアテラスは尻餅をついてしまう。


慌てて立ち上がろうとするが、その前に老執事の長剣は眉間に突きつけられる。


「私の勝ちでございますね。」


「ええ、降参よ。」


大人しくアテラスが降参を宣言してことで、老執事は剣を鞘に仕舞った。


「はぁ……今日は勝てると思いましたのに」


「いえいえ、今のは訓練だった故の勝利でございます。実戦なら蹴りを入れられた段階で(わたくし)の負けでした。」


「実戦だったら、もっと苛烈に攻めて反撃の暇も与えない癖によく言いますわね。」


「ホホホ」


誤魔化すように笑いながら、老執事はアテラスを立ち上がらせる。


「さて、もう一戦行きますか? 今度は魔法もありで。」


「ぜひ、お願いしますわ。」


そう言って、アテラスは両手を構え、老執事も剣の柄に手を掛ける。

両者にらみ合い、再び戦端が開かれる寸前、2人の間に一発の銃弾が撃ち込まれた。


「2人とも、今日はそこまでよ。」


「クレスお嬢様、どうかされましたか?」


「もう時間よ。今日は会合があるって言っておいたでしょ?」


「おや、もうそんな時間ですか。いやはや、楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまいますね。」


「仕方ありませんわね。今日は自主練習に励むことにしますわ。」


「いえ、今回の会合に貴女も同行していただきますわ。」


「ふぇ?」


義理の姉であるクレスの言葉が一瞬、信じられず素っ頓狂な声を上げてしまう。

何せ、外聞のために教育を受けているを受けているが、アテラスは商会の仕事に一切関わっていない。精々、時折荷物運ぶを手伝うくらいだ。故に、今まで会合や会議に同席することはなかった。


そんな彼女をいきなり大事な会合に呼ぶなど考えられない。


「クレスお嬢様、何故急に彼女を……」


「先方からのお願いよ。どうしても幻の竜人族であるアテラスを一目見たいって。」


そう言って、クレスはため息を溢した。

彼女も見世物のように妹を会合に連れていくことは不本意なのだろう。


「そういう訳で、あんまり気分は乗らないでしょうけど、お願いね。」


「かしこまりましたわ、お姉さま。」


「ふふ、貴女ならそう言ってくれると思ったわ。それじゃあ、メイド隊の皆さん。」


「「「「「「お呼びでしょうか、クレス様」」」」」」


クレスがパチンと華麗にフィンガースナップを決めると、音もなく現れたクレスに仕えるメイドたちが整列する。その数は総勢5名。

もちろん、これだけの人数で大きな屋敷全体を切り盛りしている訳ではない。

裏庭に集結した5名のメイドはクレスの身の回りのお世話をする侍女たちである。実を言うと、彼女の護衛も兼ねているのだが、守るべき本人が強すぎるので不審人物が主に近づかないようにするのが主目的となっている。


屋敷でお世話になっている以上、整列する5人がどういう立場の人間がアテラスは知っている。

それを姉であるクレスが呼び出した段階でイヤな予感がヒシヒシと感じられる。事実、5人の内、数名の鼻息が荒い。


「アテラスの身支度をお願いしますわ。時間に間に合えば、何をしてもいいわ。」


「「「「「かしこまりました」」」」」


主からのオーダーを受託したメイドたちの眼がキランと光る。

その瞳は獲物を目の前にした肉食獣のようで……アテラスは自分の予感が正しいことを悟った。

すぐさま両翼を広げて空へと逃げようとするが、その前に彼女の足に鎖が巻き付いた。


その鎖の先はメイド隊の1人が握っており、アテラスの逃亡を防止している。


「も、モージさん……」


追い詰められたアテラスは老執事――モージに助けを求めるが、彼は首を左右に振るだけだった。


「モージ、こちらも準備しますわよ。」


「かしこまりました。」


メイドたちによって連行されるアテラスを放置して、モージとクレスも準備に入るのだった。





◆    ◆    ◆    ◆    ◆




その日の夜。

アテラスは領主の屋敷に設けられたテラスから夜空を見上げていた。

屋敷の中では貴族やアリサ商会の関係者がお酒片手に談笑している。


「はぁ……」


疲れ切った様子でため息を溢すアテラス。

大層お疲れらしく、テラスの欄干に体重を預けてぐて~としている様子は到底お嬢様には見えない。

彼女の教育係に見つかれば烈火の如く叱られるだろうが、此度の会合には付いてきていないのは確認済みだ。


「やはり此処に居たか。」


「お疲れの様子ですね。まあ、無理もありませんか。」


「アレクシス様にシンモラ様‥……お久しぶりですわ。」


すっかりだらけ切っているアテラスに声を掛けたのは2人の領主。

シンモラとは件のティアマト襲撃事件の事後処理で会っているが、アレクシスとこうやって会うのはかなり久しぶりだったりする。


「君の活躍ぶりはフォドラまで届いているよ。まあ、クレスの妹になるのは予想外だが」


「本当ですよ。急いで戻ってみれば、クレスからいきなり“この子、妹にしたから”なんて言われた時は頭がおかしくなったのかと思いました。」


「シンモラ様、流石にひどくないですか?」


「あら、エテルナ。お久しぶり。」


「おう、久しぶりだな。」


シンモラの肩には黒いドレスに身を包んだエテルナが腰掛けていた。


エテルナは事後処理は大変そうなシンモラを手伝うために一時的にアテラスの下を離れている。

シンモラがヴェーレスに戻ってきた直後に別れているので、かれこれ1か月半ぶりの再会になる。

会おうと思えば会えたのだが、ヴェーレスの街の復興が落ち着いた頃にはアテラスの令嬢教育が本格化したため、会う機会が中々なかったのだ。


「しかし……本当に別人みたいだな。」


アテラスの姿を上から下までじっくりと観察したエテルナはそんな感想を述べた。


今の彼女は藤色の髪を後頭部でお団子のように1つ纏めて、白と赤のドレスに身を包んでいる。

化粧に関して薄っすらとしている程度だが、元々の容姿が優れているため、すっぴんでも他の貴族令嬢に劣らない。かつて首に存在していた奴隷の首輪も消滅し、その所作や口調も矯正されているので今のアテラスは完璧な貴族令嬢だ。


かつての彼女を知っている3人が別人のように感じるのも無理からぬ話だ。


「さっき貴族連中に絡まれていた時の所作とか口調も完璧だったし、元が男だなんて信じられねえよ。」


「見てたのね……見ていたのなら、助けてくれてもよかったのでは?」


「悪い悪い。こっちも貴族の対応で忙しくてな。」


ちなみに、アテラスはついさっきまで貴族や商人に囲まれていた。

商品は竜人族の鱗などの素材を分けてもらう算段をつけるために、貴族たちは万が一の防衛力や家名の箔付けのために。さまざまな思惑が取り巻く環境で迂闊な発言を溢さないように細心の注意を払っていたのだ。


こうやって、テラスでだらしのない姿を見せて居られるのはクレスが引き付けてくれているからだ。

彼女がクレスの妹であることは知れ渡っているため、外堀から埋めていこうと考えている連中が居るのだろう。


「今は下手に貴族共の反感を買う訳にもいかないから、あんまり機嫌を損ねるようなことはできないんだ。」


「?? どういうことかしら? 権力的には領主であるお二方の方が上なのでは?」


「ああ、そうなんだが……」


そう言って、エテルナはキョロキョロを周囲を見渡して誰も居ないことを確認する。

屋敷の中で談笑している人々はアテラスたちがテラスに出ていることにすら気付いていない。

3人は互いに目配せすると、テラス全体に結界を張り巡らせた。


「よし、これで大丈夫だろう。」


「?? どうしたのですか?」


「ちょっとこれから他に聞かれては不味い話をするからね。そして、君にも大きく関係がある話だ。」


「確認なのだけれど、貴女が出会った竜人族の女の子……ミュルグレスは人工的に生み出されたって言っていたのよね?」


「ええ、間違いありません。」


シンモラからの質問にアテラスは胸を張って答える。

ミュルグレスは彼女に向かって確かに「同類」と言っていた。

それが意味するのは自身と同じようにゲスクードの手によって人為的に竜人族へと仕立て上げられた存在であること。その事にアレクシスとシンモラの2人は大きな危機感を抱いていた。


「私やアレクシスが懸念しているのは、かの魔国で竜人族の兵団が生み出されていること。」


「そして、時間が経てば経つ程に兵の数は多くなり、やがては手が付けられなくなる。」


「今は魔国もこっちに表立って手を出して来ていないが、聖国を滅ぼした後、その矛先をこっちに向けてくる可能性も十分にある。」


シンモラ、アレクシス、エテルナが順に話す。

彼らの言葉を聞いて、目の前の3人が何をしようとしているのかある程度察した。


「魔国のへの潜入、もしくは奇襲かしら?」


「正解だ。聖国とは絶対に協力関係を組みない以上、私たちで対処するしかない。」


「そして、そのために必要な資金を提供してもらうために貴族のご機嫌を損ねる訳にはいかないのよ。」


そう言って、シンモラはため息を溢した。

さすがの女神も貴族のご機嫌伺いに疲労が溜まっているのだろう。


「まあ、今は作戦を煮詰めている最中だ。それに、他の領主の承認を得る必要もある。」


「クレスにはもう話してあるけど、貴女にも参加してもらうことになるわ。」


「自慢ではありませんが、ワタシに戦いの助言など不可能ですわ。」


「ええ。だから、貴女の役目は別よ。でも、とてもとても重要な役目。」


「君には他の領主を説得する手助けをしてもらいたい。」


アレクシスは隠すことなく、この場で重要な話を切り出した理由を語った。

突然「竜人族の兵団が作られている可能性があるから魔国の潜入する」と馬鹿正直に言っても、他の領主が納得する訳が無い。


だからこそ、実際にミュルグレスと戦闘したアテラスの存在が必要不可欠なのだとアレクシスは語った。


「日程が決まり次第、また連絡する。しばらくは他の街へ行くのは控えて欲しい。」


「領主様のご命令とあれば。」


そう言って、アテラスドレスの裾を少し持ち上げて深々と頭を下げる。



この時、彼女は知らなかった。



このことが後々、とんでもない再会をもたらすことを……。

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