ヴェーレス防衛線(中編)
アテラスが介入する少し前。
アポリュオン・ボアが襲い掛かってきている方角ではエテルナが陣頭指揮を執って、何とか防壁の崩壊を防いでいた。
「くそっ!! こんなのが相手だなんて聞いてねえぞ!!」
アポリュオン・ボアの襲撃を受ける防衛地点に響き渡るエテルナの声。
何度もその巨体が防壁にぶつかるが、魔法使いたちが今まさに全身全霊で強化魔法を施している上に妖精が衝突の寸前に風の魔法で衝撃を弱めてくれているおかげで突破には至らない。
そして、中々突破できないことにイライラが積もっているらしく、敵の突進頻度が増えている。
(ヤバいな……アタシの魔力もあんまり残ってないぞ)
アポリュオン・ボアを睨みながらエテルナは冷や汗を流す。
防壁にその巨体がぶつかる寸前に風魔法を行使し、衝撃を和らげていた。
しかし、かなり強力な魔法を使うことになるため、エテルナの魔力は底を尽きそうな状態だった。
「カリオン!! 回復ポーションは!?」
「悪い!! 下の連中に渡した奴で最後だ!!」
カリオンはクリスタの操るグリフォンに乗り、ボウガンで攻撃を続けているが、大した効果はない。
そもそも彼が使っているのは何の変哲もない単なるボウガン。
普通のチャージボアなら効果はあるだろうが、如何せん敵は小さな山に匹敵する大きさ。そんな敵が相手ではボウガンなど焼け石に水だ。ボウガンの巨大バージョンとも言える巨大弩なら効果が見込めるが、そんなことは敵もよく分かっている。
「巨大弩の修理はできないのかぁ!?」
「無理だ!! 大きな岩に潰されて、使い物にならねえ!! 今、シンモラ様に早文を出したらしいから、それまで持ちこたえるしかない!!」
「この敵を相手に、そんな長時間持たねえよ!!」
そう言いながらエテルナは再び風魔法を使って、突進の威力を弱める。
そして、とうとう飛翔に使える魔力も惜しくなったエテルナは城壁の上に座り込む。
此処でしばらく大人しくしていれば魔力も少しばかり回復できるが、消費する量に追いつくわけがない。
「はぁっ、はぁっ……アテラスの奴、無事だろうな。アイツが居れば、多少は希望が見えるんだが……」
「敵に竜人族の応援が来ていないのは、嬢ちゃんが食い止めているおかげだと信じたいがな。」
「カリオン……そっちももう限界か?」
「いや、俺はまだまだ大丈夫だが……コイツがな。」
そう言って、カリオンはさっきまで縦横無尽に空を飛び回ってくれたグリフォンを撫でる。
カリオン、クリスタの2人を乗せての長時間飛行はさすがにキツかったらしく、荒い呼吸を繰り返している。この調子では戦闘に復帰するのはしばらく掛かりそうだ。
下手に近づいてしまうと山のような巨体に踏み潰されてしまうため、遠距離からの攻撃で対処してきたが、貴重な戦力であるカリオン・クリスタペアが脱落。これでアポリュオン・ボアに攻撃できる者は居ない。
「魔法で強化した防壁でどれだけ耐えきれる――――ん?」
圧倒的な劣勢に追い込まれている状況でアポリュオン・ボアが採った行動にエテルナは首を傾げる。
なんと敵は身体を反転させて、防壁から離れていったのだ。
「この状況で撤退……?」
「防壁を破るのを諦めたのか?」
「それはないでしょ。圧倒的に劣勢なのはこっちなのに……」
「アポリュオン・ボアはそれなりに高い知能を持ってるって伝承があるからな。もしかしたら、とんでもないことを企んでる可能性も……」
そう呟いて、アポリュオン・ボアの挙動を見つめるエテルナ。
すると、後退して防壁からそれなりに離れた所で敵の大将は踵を返した。
巨体を支えるために肥大化した四肢に力を籠めると、そこから棘のようなモノが突き出して地面に突き刺さる。
「攻撃、か?」
「地面に身体を固定しているようにみえるが……一体何をしようっていうんだ?」
「何か……嫌な予感がする。」
刹那、クリスタの予感が正しいことがすぐに証明された。
まるで地面にアンカーを打ち込んだように身体を固定したアポリュオン・ボア。その頭部からいくつも生える突起を商業都市ヴェーレスの方に向けると、その全てが一斉に放たれる。
「「「なっ!?」」」
放たれた突起は弧を描いて街に飛んでくる。
地球で言えば、迫撃砲のような攻撃。しかし、その1つ1つサイズが何倍も大きい。
恐らく本物のように着弾と同時に爆発することはないだろうが、大きさが大きさだけに尋常でない被害が出るのは間違いない。
「“我乞う力は万物全てを通らぬ暴風の城砦。我が意に従う疾風は千変万化。今、最上の守護を此処に”!!」
エテルナは珍しく、きちんと詠唱を唱えて魔法を発動させた。
アテラスが見たことも聞いたことも長い詠唱文から放たれるのは、使い手が少ない魔法。
魔法書を読むだけで習得できる上級魔法と異なり、己の修練の果てにしか扱うことがない魔法使いの極致の一端こそ、今まさに彼女が使おうとしている魔法――“極の魔法”である。
「“風女神ノ暴風”!!」
本来は無色透明な筈の風が肉眼で視認できる程に集束する。
可視化できる程の烈風はエテルナの意志に従って、商業都市ヴェーレスを守護する結界となる。
その直後、アポリュオン・ボアが放った棘が結界に突き刺さる。
しかし、エテルナが張った風の守護はその全てを見事に弾き飛ばして、ヴェーレスの街を守り通してみせた。
「おおっ!! あの攻撃を全部弾き飛ばしたのか!!」
「これが魔法の到達点と言われる“極の魔法”……初めて見た。」
滅多に見ることがない“極の魔法”にカリオンとクリスタは息を呑んだ。
防壁の強化に勤しんでいた魔法使いも初めて見る魔法の極致に拍手喝采。
しかしながら、その代償は小さくなかった。
「がはっ!!」
「お、おい!! 大丈夫なのか、嬢ちゃん!?」
風の結界が消え失せると同時にエテルナは血を吐き出した。
おまけに目元や鼻、耳から真っ赤な血が噴き出して、防壁を赤く染め上げる。
突然の異変に慌てるカリオン。一方、クリスタは少し魔法に関する知識があるらしく、彼女の症状の原因に心当たりがあった。
「貴女、まさか生命力を対価に!?」
「はぁっ、はぁっ……お察しの通りさ。初めてやってみたけど、思ったよりキツイなぁ」
エテルナは咳き込みながら、無理をして笑みを浮かべた。
「当たり前でしょ!! 生命力を削るのは寿命を削るのと同等。いくら長命種でも寿命を削る行為は大きな負担よ!!」
「だけど……ケホッ、こうでもしないと危なかったからな。」
「確かにそうかもしれないけど……」
「クリスタ!! お前はそのちびっ子を乗せて、一旦避難しろ!! 敵はまだ諦めてない!!」
ジッ、とカリオンが見つめる先には大きな足音を立てて近づいてくる巨体。
一斉に撃ちだした筈の棘はいつの間にか新しいモノが生えそろっており、エテルナが何とか凌いだ攻撃をもう一度放てるような状態だ。しかし、すぐに放つ気配はなく、恐怖を煽るようにわざと大きな足音を立てて近づてくる。
「あの野郎、今度は一体何をするつもりだ?」
敵の動向を観察していると、アポリュオン・ボアはある程度近付いた所で足を止める。
そして、少し巨体を屈めて何度も地面を蹴る。まさに、今から突進しますと言っているような仕草だ。
「おいおい……今突進されたら、強化された防壁でも持たないぞ!!」
カリオンの叫びを無視して、アポリュオン・ボアは助走をつけて一直線に突っ込んでくる。
強化された防壁でも防ぎきれないと判断した彼は壁下の魔法使いたちに撤退を命じる。
だが、安全な場所に逃げるまでの時間は足りない。
「くそっ!!」
カリオンは何発も矢を放つが、硬い甲殻に弾かれるので焼け石に水。
それでも、撤退する時間を少しでも稼げれば、と淡い期待を抱いて射続ける。
しかし、そんな努力は決して実らず、敵は速度を緩めることなく向かってくる。
(ここまでか……!!)
カリオンが諦めたその時、バサッと翼が風を切る音が聞こえた。
刹那、彼の真横を一陣の風が通りすぎて、それはわき目も振らずに大猪へと向かう。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
気合いの入った掛け声と同時に放たれた拳が巨体を地面に叩きつける。
この一撃で、初めてアポリュオン・ボアは土を舐めることになった。
突然の事態に唖然とするカリオン。
その目の前に一対の竜翼を携えし幼き少女が降り立った。
「遅くなってしまったわね。」
「……ああ!! どんだけ待ち望んだと思ってやがる!!」
カリオンは絶望の中に突如として舞い降りた希望に歓喜した。
「じゃあ、遅れてしまった分はしっかり取り戻させてもらうわ。」
そう言って、アテラスは魔槍アスカロンを構えた。
ちょっとこの先の展開に行き詰まりを感じているので、もしかしたらヒッソリと修正するかも。




