変わり果てた身体
(んっ……僕は、どうなったんだ?)
奈落の底に沈んでいた照の意識がゆっくりと浮上していく。
脳が活動を再開し、肉体と感覚器官がリンクして周囲の情報が伝わってくる。
(この感触、少なくとも地下室ではなさそう。それに、手足も自由に動かせる)
身体全体から伝わってくるのは冷たい石の感触ではなく、羽毛のような柔らかな感触。手足も自由に動かせることができるらしく、少なくとも先ほどと同じように冷たい台の上に拘束されているということはなさそうだ。
「ん……また知らない天井――――んん?」
目を開くと、石造りの天井ではなく、鮮やかなチェック柄の天井が出迎えた。
しかし、それ以上に可愛らしい声が自分の口から出たことに驚愕した。
「あー、アアー。」
「そんなまさか」と思いながら、発声練習を行っても喉を振動させて発せられる声は小学生ぐらいの少女の声。とても男性のモノとは思えない。
しかし、更に驚くべき事象が彼を待っていた。
「な、何だこれ……」
ベッドの真ん前には大きな鏡が置いてあり、本来なら寝台に座る照の姿が映し出せる筈なのだが、ソレが映し出したのはまったく別の人物であった。
雪のように白い肌は儚さを感じさせ、藤色の長髪を映えさせる。
手足は華奢で、正確な背丈は分からないが、おそらく小学校中学年ぐらいだろう。
そして、まるで精巧に作られた人形のような容姿よりも目を惹きつけるのが一対の大きな翼と細長い尻尾だ。
「……」
無言で手足を動かしてみると、鏡の中の人物も同じ動作を行う。
頬を抓ってみると、同じように頬を抓り、同時に痛みを感じる。
「……」
今度は恐る恐る右手を股座の方へ。
一糸纏わぬ姿なので、当然下着も身に付けていない。そして、意識を失う前には確かに存在していた筈の相棒の感触もなかった。
「……どうして、性別が変わってるんだよぉぉぉ!!!」
照の絶叫が部屋の中に木霊した。
「ようやく目を覚ましたのか。」
「っ!! お前は!!」
ずっと部屋に居たであろうゲスクードの存在に気付いた照は敵対心を露にする。
一方、敵視されている本人はそんなことを意に介さず読んでいた本を閉じると、照に告げた。
「“ここに座れ”。」
「何を言って……なっ!?」
ゲスクードに命令された瞬間、照の身体は勝手に動き出し、指示された場所に座る。
「お前……一体何をしやがった!?」
「ふむ、その姿にその口調は相応しくないな。“男口調を禁じ、女らしい口調を強制する”」
「ワタシの質問に答えて!! ……えっ?」
「奴隷契約の方はそのまま成立しているようだな。」
「奴隷、契約……?」
「異界人には馴染みがないだろうが、この世界では奴隷など当たり前の存在だ。お前の首にもその証があるだろう?」
ゲスクードにそう言われて、首に手を当ててみると、そこに確かに冷たい金属製の首輪が嵌っていた。指が入らないくらい密着しており、外すことは不可能みたいだ。
「その首輪がある限り、お前は儂の命令に逆らうことはできない。
たとえ意志が強かろうと肉体は命令を優先して動いてしまうからな。」
「いつの間に、そんな契約を交わしていたの……」
「お前は薬でグッスリ眠っている間にちょちょいと、な。」
(こいつ……とことん外道だな。)
怒りに燃える照を尻目に優雅に紅茶を飲むゲスクード。
今すぐ掴みかかりたい所だが、首輪の効果なのか座った状態から動くことができない。
やがて、紅茶を飲み終えたゲスクードが照の背後に回り、その背にある一対の翼に触る。
「うひゃあっ!!」
突然伝わってきた未知の感覚に照は悲鳴をあげる。
「ほう、やはり感覚があるのか。儂の研究は完全に成功したという訳だな!!」
「研究……ワタシの体の変化と関係があるの?」
「ああ、大いにあるとも!!」
ゲスクードはハイテンションで自分の研究について語りだした。
この世界にはかつて“竜人族”という種族が存在していた。
人とドラゴン双方の特徴を持つ彼らは高い身体能力と膨大な魔力を兼ね備える上、個々に固有能力を持つ強力な種族であり、彼らを巡って争いが起こることもあった。
しかし、それを嫌悪した竜人族は一切の痕跡も残さずに世界から姿を消してしまい、残ったのはモンスターとしてのドラゴンだけ。
ある時、ゲスクードはドラゴンに魅了され、その力を自分のモノにしたいと思った。
研究に研究を重ね、ヒトにドラゴンの力を付与することで疑似的な竜人族を作る薬を作成することができた。その薬こそ、照に投与された薬の正体であるという。
「クククッ、これで基礎はできた。後はこれを応用すれば、人為的にヒトと異種族に変える薬ができるぞ……!!」
(コイツ……権利とか利益にまったく興味がない。典型的なマッドサイエンティストか。)
「さて、儂はまた次の薬を作らなければならないのでな。この部屋は好きに使うと良い。」
それだけ言い残して、ゲスクードは部屋を出て行ってしまった。
彼が部屋を出て行くのと同時に首輪による金縛りも解除され、ようやく自由に手足が動くようになる。
自由に動き回れるようになった照は真っ先に窓に手を掛けた。
特に変な仕掛けは施されていない至って普通の窓から脱出しようとするが、取っ手に手を掛けた瞬間、手から力が抜けてしまう。
「流石に対策されてるよね……」
取っ手から手を放せば、元通り。
奴隷の証である首輪の効果であるのは明白だ。
「この調子だと、扉の方もアウトでしょうね。抜け目のない……」
為す術がないことにため息を溢しながら、照は改めて鏡と向き合う。
完全に少女へと変貌した肉体にかつての照の面影はまったくない。
おまけに、堅牢な鱗に表面が覆われたコウモリのような翼と細長い尻尾が生えたその姿を見るだけで、残酷な現実を突きつけられる。
「ハハハ……こんな体にされたら、もう帰れないよ」
照の脳裏を横切るのは、親友たちとのありふれた、されど幸福な日常。
もうその日常に戻れないという現実に思わず、照の目から涙が零れ落ちる。
そして、照は部屋の片隅で感情の整理ができるまですすり泣くのだった。
■ ■ ■ ■
照が現実に絶望し、涙を流している頃。
侯爵家の当主ゲスクードは屋敷内の研究室で調合を行っていた。
作成しているのは当然、照に投与した薬品の改良版である。
「ふむ……何時までも名前が無いのは不便だな。“ラスタバン”とでも名付けるか。」
「旦那様、あの被検体はどうするのですか?」
部屋の隅で控える侍従が自身の主に問う。
「今しばらくは丁重に扱え。このホムンクルスが完成し、ラスタバンに適応すれば用済みだ。」
「かしこまりました。他のメイドたちとの接触は避けた方が?」
「ああ、その辺りは貴様に任せる。くれぐれも外部には漏れないようにな。」
「承知しております。」
侍従は主に一礼して、薄暗い研究室から立ち去る。
それと入れ替わるように一匹のネコが侵入したかと思いきや、我が物顔でゲスクードが向き合う机の上に座り込んだ。
「そちらは順調そうだね、ゲスクード。」
黒いネコの口から紡がれたのは流ちょうなヒトの言葉。
しかし、ゲスクードは特に驚くこともなく、ネコの首元を撫でる。
「君からコンタクトを取ってくるとは珍しい。何かあったのかい?」
「特に何も。強いて言えば、聖国の拠点を一個潰したくらいかな?」
「ほう!! 流石は“征服姫”の異名を持つだけのことはある。」
「私はそれだけしかできないからな。」
「何を言っている。君の魔素を操る力が無ければ、ラスタバンも完成しなかった。君の謙虚な姿勢は好ましいが、あまり自分を卑下するのは良くないぞ?」
ゲスクードはネコを通して話している存在に対し、少し説教をする。
口で勝てないことが分かっているのか、それとも彼の言っていることが正論であるためか分からないが、“向こう側”の者は大人しく聞いているだけだった。
「そ、それよりも!! 計画の方は順調?」
「順調だ。あのお方に相応しい肉体も遠からず出来上がる。」
「そう……やっぱり、一番の問題は魂の方か。」
「そのようだな。彼女の報告は儂の方も伝え聞いておる。儂の方も終わり次第、手助けに入るとしよう。」
「任せる。ゲスクードに色々押し付けて悪いね。」
「これぐらい構わん。我々は同じ目的のために協力し合う同志なのだからな。
しかし、儂の方でも少し困ったことがあった。」
「どうしたの? 領主さまに目を付けられた?」
「それも問題ではあるが、それ以上に……金がない!!」
「……はい?」
ネコは素っ頓狂な声をあげた。
「ここに来るまでに多くの奴隷を使い潰したせいで、流石に財産が底をついてしまったのだ。“征服姫”よ、何とかならないか?」
「そうは言われてもねぇ……」
ネコはゲスクードの期待の眼差しを受けながら考え込むようにしばし黙り込む。
そして、何か思いついたのか「あっ」という声を漏らした。
「ちょうど私が懇意にしている奴隷商人が神国の方に行くんだ。その伝手を利用して竜人族の子をオークションに掛ければいいじゃないかな?」
「なるほど!! 裏オークションという訳か!!」
「こっちから伝えておくよ。多分、2週間後ぐらいにはフォドラに着くと思うよ。」
「うむ。それでは、儂はその2週間で調べられることは調べておくとしよう。」
「頼んだよ。それじゃあ、今度は直接会って話せるといいね。」
「うむ。」
「「すべては我らが仕えるべき主、魔神様復活のために。」」
冒険都市フォドラの裏側でひっそりと、されど着実に悪巧みは進行する。