劣勢
「オリ、ジナル……?」
「ええ。ミュルはゲスクード様によって、生み出された竜人族。それも、貴女の細胞を使って生み出されたのです。」
「なっ!?」
ミュルグレスの口から告げられた衝撃の事実に再び言葉を失う。
「男性だった時に採取した細胞からクローン体にラスタバンを投与して生まれた竜人族。それがミュルの出自。」
「……ヒトのクローンなんて、とんでもないわね。」
「ミュルたちにとって大事なのは仲間だけ。それ以外はどうでも良いのですよ。」
そう言って、ミュルグレスは虚空に手を伸ばす。
まるでそこに目に見えない穴があるかのように小さな手は虚空に吸い込まれる。
そして、虚空から引き抜かれた手には背丈に合わない武骨な大剣が握りしめられていた。
「さて、無駄話も此処まで。お役目を果たすとしましょう。」
ミュルグレスが軽く地面を蹴ると、いつの間にか目と鼻の先に居た。
すでに片手で持った大剣は振り上げられており、振り下ろされる寸前だった。
避けられないと判断したアテラスは【竜鎧】を強めて、右腕を楯の代わりする。
「なるほど……身体強化は使えるようですね。」
「クリムゾン・ブレス!!」
口を開き、至近距離から放つのは炎属性魔法。
常人なら到底避けることができないタイミングでの攻撃だが、ミュルグレスはこれを避けて見せた。
それも、まるで瞬間移動したかのように残像を残して、魔法以外届かない距離に移動していた。
「ふっ!!」
そして。
気が付けば、ミュルグレスは目の前に居る。
今度は横薙ぎに振るわれた大剣がすぐ手前まで迫っていた。
「あぐっ!!」
【竜鎧】のおかげで肉が断たれることはなかったが、衝撃まで殺せるわけではない。
小柄な身体に似合わない膂力にアテラスの身体が浮き上がり、浮遊感に包まれる。
「“我乞うは破砕をもたらす――――」
「遅い。」
空中で1回転して態勢を整えると、その場で詠唱を口ずさむ。
しかし、呪文が唱え終わる前に肉薄したミュルグレスが振り上げた大剣が腹に叩きこまれた。
柔らかい腹部も【竜鎧】の加護のおかげで切られることはないが、透過した衝撃に胃液が逆流する。
「無駄に硬い。やっぱり、相性が悪いか……」
(これだけ一方的な状況を作り出しておいて、相性が悪いとかふざけてるのか!!)
ミュルグレスを睨みながら、アテラスは必死に思考を巡らせる。
【竜鎧】のおかげで怪我を負うことはなかったが、その恩恵が無ければ大怪我を負っていたのは間違いない。しかし、相手もアテラスの防御を突破できないのがモドカシイのかこちらの動向をうかがっている。
(速さに特化してるのは間違いない。その代わり、俺の防御を貫くだけの攻撃力はない。)
けれど。
それが分かった所で、アテラスの方が不利なのは変わらない。
何せ、彼女の防御力は【竜鎧】ありきのモノなのでその源である魔力が尽きてしまえば、ミュルグレスの大剣で容易く切り裂かれてしまう。
つまり、タイムリミットは魔力が尽きるまで。
「うん、やることは変わらない。」
「ッ!! スパーク・キャノン!!」
撃ちだされるのは雷で作り上げられた砲弾。
掠ったりするだけで強力な雷撃を浴びることになる魔法で、今回のように素早い敵を相手にするのに最適だ。しかし、ミュルグレスはそんなモノはお構いなしに突っ込んできた。
当然、普通の魔物を容易く屠る雷を浴びることになる。
しかし、彼女の身に纏う“何か”がソレを弾いてしまった。
「なっ!?」
「ふんっ!!」
(魔法すらも弾くとか、どんなバグ技だ!?)
ミュルグレスの大剣を片腕で受け止めながら、心の中で叫ぶ。
本来ならそれなりの重量がある筈なのにそれを感じさせないぐらいの速度で振るわれる剣、まるで瞬間移動しているのではないかと錯覚させる俊敏な動き。そして、魔法すら弾いてしまう不可視の謎の鎧。
それらを兼ね備える相手にアテラスは追い詰められる。
(どうする……どうすれば!!)
特別な加工が施された衣服の切れ端が鮮血の代わりに宙を舞う。
もはやアテラスは【竜鎧】に使用する魔力の調整で手一杯だった。
(と、とにかく一旦空に……!!)
翼を広げて、空へ飛び立つ。
幸か不幸か両翼を羽ばたかせたときに発生させた風圧で、土が舞い上がって目くらましになってくれた。
「一度、撤退を……」
「されない。」
「ウソでしょ!?」
彼女には撤退することすら許されなかった。
ミュルグレスはアテラスの背後に回り込んで、力一杯大剣を振り下ろした。
地面に叩き落され、落下地点にクレーターが出来上がるような威力の衝撃波がアテラスを襲い、肺の中にあった空気が強制的に吐き出された。
「う、ぐっ……」
「この程度ですか?」
そう言って、降りてきたミュルグレスはアテラスの頭を踏んづける。
年相応の童顔には心底落胆したような表情を張り付けて、侮蔑の視線を向ける。
「何時まで手を抜いているつもりです。“竜ノ心臓”も起動させずに。」
「ドラゴニア……カルディオン?」
「何を惚けているのですか? 貴女も知っているでしょ? 竜と竜人族が持つ固有魔法を使うための中枢があることぐらい。」
(そんなこと、あの本には書いて居なかったぞ……!!)
ゲスクードの屋敷から見つかった竜人族に関する研究レポート。
そこから得られたのは強力な身体強化の魔法こと、【竜鎧】の存在と姿を消した竜人族が今何処に生息しているかの考察が記されているぐらい。
ミュルグレスの口から出た【竜ノ心臓】のことなど記されていなかった。
「?? まさか、本当に知らないのですか?」
ミュルグレスの質問に小さく頷く。
その返答に彼女はさらに落胆の感情を強めた。
「はぁ……【竜ノ心臓】のことも知らないのに、此処まで苦労するとは。私もまだまだ未熟ですね。」
(これだけの実力で未熟とか、それなら俺はどうなるんだよ……!!)
「さっさと貴女を片付けて、ティアマト様の手伝いに行くことにします。」
「っ!!」
何気なくミュルグレスが呟いた一言にアテラスが反応する。
(ティアマトがこの近くに居る……この近くに!!)
「っ!?」
急に全身を巡る魔力が活性化したことに驚いたミュルグレスは初めて怖気づいた。
「ワタシには……彼女に確かめないといけないことがあるの。だから、貴女に負けてられないの!!」
「ふん!! 強がった所で、【竜ノ心臓】を使えない貴女では私には勝てない!!」
(ああ、その通りなのが悔しいなぁ。でも、真相を確かめるチャンスを逃す訳にはいかない!!)
「逆巻けよ、烈風!! 我に仇なす者を風の檻へ封じ込めよ!!」
上空から聞こえてきた鈴を転がしたような声。
刹那、ミュルグレスの周囲に竜巻が発生し、彼女を風の檻に閉じ込めてしまった。
「これは……」
「おーい、アテラス!!」「大丈夫か、嬢ちゃん!?」
「エテルナ!? それに、カリオンさんとクリスタさんも!!」
空から舞い降りたのはエテルナとグリフォンに跨ったカリオンにクリスタの計3人。
「街の方は大丈夫なの?」
「いや、正直に言うとかなり危険だ。もう街への襲撃は始まってるから迎えに来たんだが……」
エテルナは魔法で作り上げた風の檻を見る。
「アイツは何者だ? 竜人族に見えたけど……」
「ゲスクードが生み出した竜人族……要するに、ワタシの同類よ。」
「ハァッ!? おいおい、そんな技術が実現してるなら3国のパワーバランスが崩壊するぞ!!」
「でも、事実よ。そして、ワタシの何倍も強いわ。あの檻も何時食い破られるか……」
竜巻によって作られた風の檻はそう簡単に脱け出すことはできない。
しかし、相手は強大な力を持つ竜人族。こうやって、檻の中で大人しくしているのも何かの策略ではないのかと疑わせる。
「竜人族……古き時代に姿を消したと言われていたが、まさか魔国の奴、ソイツを人為的に生み出すことに成功していたのか。それに嬢ちゃんも……」
「ええ。隠していてごめんなさい。市民権を持たない竜人族なんて、恰好の的だから隠していたの。」
「まあ、当然の判断だな。――――っと、嬢ちゃんに渡すモノがあったんだ。」
そう言って、カリオンはグリフォンの鞍に付けていた細長いモノを投げ渡した。
黒い布を取り払ってみると、その下から現れたのは禍々しい黒の槍だった。
普通の槍ではなく、幅の広い刃が取り付けられていることで斬撃にも対応できるように調整された槍――所謂、パルチザンと呼ばれる槍。刃の部分と中心にはめ込まれた宝玉のみが赤黒く輝いているため、禍々しさを引き立たせている。
「銘は“アスカロン”。離れても所有者が命じれば手元に現れ、壊れれば元の状態へと再生する摩訶不思議な槍に仕上がっているぞ。」
「ありがとうございます!!」
「……俺としてはあんまり使わない方が良いと思う。作った本人が言うのも何だが、その槍は恐らく魔槍に該当する代物だ。どんな反動があるか……」
(確かに、魔槍に相応しい見た目だよな。でも、使わない訳にいかない)
槍を持った瞬間に感じたのは、力が沸きあがってくるような感覚。
アスカロンという名前を与えられた槍の中に宿る“何か”とアテラスの中にある“何か”が互いに共鳴している。そんな現象を引き起こす武器を使わない訳にはいかない。
(あとは、俺の方も竜ノ心臓が使えれば……)
―――ならば、使えばいいではないか。―――
(それができないから、苦労しているんだよ。――――ん?)
「エテルナ、さっき何か言った?」
「何も言ってないぞ。そっちの鍛冶師師弟じゃないのか?」
しかし、カリオンとクリスタも首を横に振った。
(気のせい……? でも、さっきハッキリと聞こえたような気が……)
―――気のせいではないぞ。妾の力を受け継ぐ者よ―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気が付くと、アテラスは何もない真っ暗な空間に1人佇んでいた。
エテルナの姿もなく、カリオンとクリスタの姿もない。青々した雑草が茂っていた草原もなく、ただただ真っ黒な空間がどこまでも広がっている。
「何だ、コレ……これもミュルグレスの仕業なのか? ―――――えっ?」
自分の口から出て声に違和感を覚え、体を触ってみる。
何も無い真っ黒な空間に突然放り出されたせいで気づかなかったが、視線が高くなり、声も随分と低くなっていた。子供特有のぷにぷにした肉体もソコソコ鍛えられた肉体へと変貌している。
そう、かつての天草 照のように…………。
「これ、元の姿に戻ってる? それに、首輪もない。」
「当然じゃろ。この世界はお主の精神世界。つまり、此処は自身の姿はお主の思いのままになるのじゃ。」
ポチャン、ポチャンと真っ黒な空間に響き渡るのは水が落ちるような音。
それはドンドン照の方へと近づいていき、声の主がその姿を彼の前に見せた。
夜の闇を彷彿とさせる艶のある黒髪に黄土色の瞳。
その瞳孔は獣のように縦に裂けており、程よい大きさに成長している母性の象徴は暗い青色の和服に包まれている。そして、その腰の辺りから生えているのは竜人族の象徴である翼と尻尾だった。
「貴女は一体…………」
「初めましてじゃのう、異界からの迷い人――天草 照よ。
妾の名はバハムート。かつて、“深淵の暴竜”と呼ばれた暴れ者よ。」
そう言って、妖艶な女性――バハムートは不敵な笑みを浮かべるのだった。




