迫りくる災厄
商売を生業とする都市国家ヴェーレスの北側。
領土の境になっている山の麓には立ち入る者がほとんど居ない森が広がっている。
植物が鬱蒼と茂っているものの、きちんと太陽光が差し込んでので不気味な雰囲気など一切感じさせない。
されど、ヒトの手が入っていない場所は魔物にとって住みやすい環境。
この森も例に漏れず、魔物の巣窟になっているため、立ち入る者はほとんど居ない。
そんな場所の入り口に彼女――アテラスは立っていた。
「此処が“プルゼンの森”かぁ。」
「植物系の魔物よりも昆虫系の魔物が多い森。もちろん、火属性の魔法は厳禁だからな?」
「分かってるわ。でも、コレで樹を切り倒すのは勘弁してもらえる?」
そう言って、アテラスは尾てい骨の辺りから生える竜尾を揺らす。
その先端にあるエメラルドグリーンの剣は太い樹でもバッサリ斬り落とせる程の切れ味を持つ。
森の中で振り回せば彼女の周囲の木々が切り倒されるのは目に見えている。
「ある程度は構わないけど、できるだけ控えてくれると助かる。」
「善処するよ。」
そんな軽口を叩いて、アテラスは森の中へと立ち入る。
聞こえてくるのは植物の葉っぱが擦れてくる音と森の上空を飛ぶ鳥の鳴き声。
しかし、微かにだが虫の羽音が奥の方から聞こえてくる。
「しかし、何でモンスターの討伐に来たんだ?」
「ん?」
「だってよ、もうわざわざ自分から危険なことする必要はないだろ? 妹の情報とかもクレスに任せておけば良いんだし。」
「ええ、エテルナの言う通り。でも、何となく一筋縄ではいかない気がするのよ。」
「何を根拠に……」
「う~ん……直感、かな。」
そう言って、はっきりとした理由を言わないアテラス。
(俺の予想が正しいかどうかはティアマトっていう人に直接聞くしかないな。)
昨日、クレスから親友の妹――葛城 亜理紗のことを聞いたアテラスはある予測を立てた。
証拠も一切ない彼女が元の世界に帰る直前の状況からの推測に過ぎないが、その推測が高確率で当たっているとアテラスは考えていた。本人としては外れていて欲しい推測だが……。
「ん……?」
不意に足を止めて、アイテムポーチから投げナイフを取り出す。
ヴェーレスの市場で購入した何の変哲も刃物のグリップを軽く握りしめ、進行方向を睨みつける。
さっきから微かに聞こえていた虫の羽音が確かに近づいて来ていた。
「はっ!!」
敵の姿を視認した瞬間、ナイフを投擲。
銀色に煌めく刃物は紫色の火花を飛び散らせながら相手に突き刺さり、内側から強力な電気を浴びせる。
「ハンター・ビーだな。強力な毒を持ってるから、毒針は武器に使われるぞ。」
「残念。依頼の討伐対象じゃないのね」
人形サイズの蜂に突き刺さったナイフを抜き取り、そのまま解体に取り掛かる。
特に武器に使われることもあるという毒針の周りは丁寧に切り取っていき、毒袋に繋がったままアイテムポーチへ収納。解体に掛かった時間は10分にも満たない。
「解体も随分と手馴れてきたな。」
「エテルナの指導が上手かったからよ。自分で解体してから持ち込むと、手数料が掛からなくて済むから有難いわ。」
「逆に技量によっては手取りが少なくなることもあるから、一長一短だけどな。まあ、アテラスの技量なら特に問題ないか。」
「複雑な構造のモンスターは除くけどね。―――っと、団体客のお出ましか。」
森の奥の方から先ほど倒したハンター・ビーが大量に出てきた。
元々、ハンター・ビーというモンスターは群れを組んで敵を倒す習性をもつ。
そして、斥候の役割を負ったソイツを倒してしまうと完全に敵とみなされ、群れ全体で襲い掛かってくるのだ。
「“我乞うは破砕もたらす雷の力なり スパーク・ファング”!!」
詠唱を口ずさみつつ、右腕を斜めに振る。
すると、5条の雷撃が刃となってハンター・ビーの群れに向かっていく。
徒党を組んだ蜂の大群は雷撃に当たってしまった個体から脱落していき、アテラスの下にたどり着くことができたのは少数だった。
「スパーク・ブレス!!」
残ったハンター・ビーに向かって放たれるのはアテラスの口蓋より放たれるブレス。
本来は火の魔法で放たれることが多いブレスだが、こうして雷の魔法で放つこともできる。
「ほい、これで片付いた。」
「……アテラスさ、もう武器なんて使わずに戦った方が手っ取り早いんじゃないか?」
「どうしたのよ、急に。」
「いや、大抵のモンスターは魔法で対処できるし、仮に魔法が効かない相手でも【竜鎧】を使った身体能力で対処できるだろ?」
「ええ。」
「わざわざ武器で戦う必要ってあるか?」
「……」
エテルナの質問に何も言い返せず、沈黙が2人の間を支配する。
「いや、でも、持っていれば何かの役に立つかもしれませんし!!」
「アタシには役に立つ日が永久に来るように思えないんだが?」
「あうぅぅ……」
アテラスが持つ攻撃手段は【竜鎧】による拳の打撃に始まり、尻尾の剣による斬撃、炎と雷の魔法による遠距離攻撃の3種類。そして、今作成してもらっている武器は槍なので、正直な所、槍を振るわなくても尻尾を振るえば同じようなことができるのだ。
(まあ、尻尾は取り回しが難しいから、メインを槍にして緊急時に尻尾を振るうって使い分ければ槍を持つ意味もあるのか。本人が気づいてるかは別問題だが)
(言えない……何となく槍とか武器を持ってる方がカッコイイから、武器が欲しかったなんて!!)
「依頼しちゃったもんは仕方ないし、今は切り替えろ。」
「そ、そうね。先を進みましょう。」
原型が残ったハンター・ビーのみを解体し、2人は森の奥へと歩みを進めるのだった。
しかし、この2人はまったく気づかなかった。
彼女たちの様子を観察する存在に……
アテラスとエテルナを観察する者は2人から見て東の方角に居た。
普通の人なら豆粒ぐらいにしか見えない距離なのに、彼女は2人の姿がはっきり見えているかのように視線を追い掛けている。
「……」
「ミュルグレス、何か見つけたの?」
「はい、ティアマト様。この森の奥へ進むオリジナルを発見しました。」
「あら、こんな場所で出くわすなんてとんでもない偶然ね。」
アテラスたちが居るのは完全に予想外だったらしく、フードを被った少女――ティアマト・へヴグラスは少しばかり頭を悩ませた。
彼女たちは今現在、ゲスクードのお願いを遂行するために秘密裏にヴェーレス領内に侵入していた。
すでに目標は達成しており、後はグロアス魔国へ帰還するだけなのだが、とある事情で此処に留まっていた。
「ヴェーレスを守護する女神シンモラが居ない今、神国に痛手を与えるチャンスと思ったのだけど……」
「いかがいたしますか? 当初の目的は達成しているので、このまま帰還しても何も問題ないと思いますが。」
「そうね……」
ティアマトは顎に手を当てて、思考を巡らせる。
彼女たちはプロキシマ神国に潜入している最中に、商業都市ヴェーレスの領主代理である女神シンモラが不在であることを知った。そのどさくさに紛れて神国に痛手を負わせることを企んだのだ。
しかし、そのための戦力を整えている途中でミュルグレスがアテラスとエテルナを見つけてしまい、現在に至る。
「このままだと、それほど大きな痛手は与えられない。かと言って、せっかくのチャンスを見逃すって言うのも勿体ないわね。」
「ですが、オリジナルが居るとあまり大きな痛手を与えることは難しいと判断します。」
「そうなのよね。十分な戦力を整えようにも、その間にシンモラが戻ってくるかもしれないし……」
悪戯に戦力を消耗させるのは彼女によって望ましいことではない。
しかし、この折角の好機を絶対に逃したくないという思いもある。
そんな2つの思いに挟み込まれている間に副官の姿が目に入った。
アテラスとそう変わらない身長に目深く被ったフードのせいで口元ぐらいしか見えないが、その小さい身体に見合わない実力を備えていることはティアマトがよく知っている。
「ミュルグレス。貴女、戦闘訓練は受けているわよね?」
「肯定です。」
「そう……それなら、行けそうね。
ミュルグレス。早速だけれど、訓練の成果と小さい身体に宿した大きな力、見せてもらうわ。」
「それがティアマト様の命令とあれば。」
「良い子ね。」
そう言って、ティアマトはミュルグレスと名付けられた少女の頭を撫でる。
優しく撫でる手つきが心地よいのか、彼女も子猫のように瞳を細めた。
「ミョルグレス、7日後に行動を起こすわ。」
「かしこまりました。他の幹部に知らせておきますか?」
「そうね。一応、手紙を出しておいて。多分、私たちで行動することになると思うけど。」
「承知いたしました。」
【ブルゼンの森】の一角で、静かにヴェーレスに襲い掛かる災厄がうごめく。
だが、そのことに気づく者は誰も居らず、平和な日常を謳歌している。
そして、7日後。
この平和な光景は一変することになるのだった……
本当はこのままグダグダと日常生活を続けるつもりだったのですが、あまりにも筆が進まなかったので急遽予定を変更してイベント前倒し。




