アリサ商会にて
カリオン工房への発注を終えたアテラス。
予定していた用事を終わらせた彼女はターミナルへ戻ってきた。
次の目的地はヴェーレスの首都の象徴とも言える蒸気機関車のターミナル近くに店を構えているというアリサ商会だ。
「えっと、何処かに案内看板が置いてあるって話だったけど……」
キョロキョロと見渡しながらターミナルの中を散策する。
この中にアリサ商会への案内看板が設置されているらしいのだが、何処にも見当たらない。
(う~ん……何処かで見逃したか? 一旦戻るべきか、それとも端の方まで行ってみるべきか……)
アテラスが居るのはターミナルの真ん中辺り。
ちょうど蒸気機関車のホームへと繋がっている辺りで、ホームでは2台のSLが出発準備を行っている。
次の便は荷物のみの運搬なのか機関車と繋がれているのは貨物列車のみ。絶賛荷物が積み込まれている最中なのだが、その中の1人がアテラスに気づくや否や走ってきた。
「アテラス様でお間違いないでしょうか?」
「え、えっと……そうですけど、どちら様で?」
「申し遅れました。私はアリサ商会の従業員です。クレス代表からアテラス様をお連れするように言われています。」
「代表……?」
「おや、ご存じないですか? クレス・バナシーア様はアリサ商会の現代表を務められています。見掛けは非常に幼い少女なので、誤解される方も多いんですよ。」
「そうだったのですか? 商会でお世話になっているとしか聞いていなかったので……」
「ああ、いつものことなので気にしないでください。クレス様はいたずら好きなので、初対面の人には大抵名前しか名乗らないのですよ。」
(あれ? でも、あの子普通の人間に見えたけど……)
アテラスは大通りで会ったクレスの容姿を思い出す。
髪の隙間から見えた耳はヒト族と同じ耳。角や尻尾などの身体的特徴も見当たらなかった。
この世界には多種多様な種族が住んでいるが、竜人族のような長命種にはヒト族とは異なる身体的特徴が大なり小なり存在している。しかし、彼女にはそのようなモノは見当たらなかった。
(俺みたいに種族を隠してるのか? でも、わざわざ種族を隠す意味なんて……)
「アテラス様。申し訳ありませんが、此処で少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい。構いませんが、何かあったのですか?」
「ええ。お恥ずかしいことに荷物を積み込んでいる最中に担当者が怪我をしてしまい、私が援助に入っているんです。」
「そういうことなら、ワタシがお手伝いします。」
「いえいえ!! お客であるアテラス様に手伝わせる訳にはいきません。それに、かなり重たい荷物も多いのでお気持ちだけ頂いておきます。」
「早く終わった方が商会に着くにも早くなるでしょ? それに、こう見えてワタシは力持ちなんですよ?」
「それはそうですが……」
アテラスの申し出を有難いと思っているが、彼のプライドが快諾することを拒否する。
少しばかり悩みに悩んだ結果、彼女の申し出を受け入れることにした。
「これを運べばいいですか?」
「はい。」
案内された先には大きな樽や木箱がいくつも置かれていた。
箱の重量もさることながら中身もぎっしり詰まっているらしく、押すことすら難しい。
「運ぶモノを持ってきます。」
「あっ、大丈夫ですよ。これくらいなら運べます。」
そう言って、アテラスは全身に魔力を巡らせて【竜鎧】を起動。
身体能力は何倍にも強化して、重い木箱を持ち上げると周囲で作業に専念していた職員の視線が一斉に集まった。10代前半ぐらいにしか見えない少女が大人数人掛で持ち上げる荷物を軽々と持ち上げる光景は誰の目から見ても異常に映る。
「これ、何処に運べばいいですか?」
「あ、はい。付いてきてください」
「分かりました。」
こうして、機関車のホームで大人たちに紛れ込んだ少女が如何にも重そうな荷物を運ぶ違和感満載の光景がしばらく繰り広げられることになるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いや~、本当に助かりました。お陰様で予定よりも早く終わりましたよ。」
「お役に立てて何よりです。」
身体能力強化による怪力を発揮したアテラスの活躍で荷物の搬入作業は予定よりも早く終わった。
何せ、本来なら大人数人で持ち上げるような荷物をたった1人で運べるのだから、当然の帰結だ。
そして、2人は今アリサ商会に向かっていた。
「それにしても、驚きました。蛇人族は人族とそう変わらない身体能力だと聞いていたのですが、噂に聞く鬼族も顔負けの怪力ですね。」
「ワタシは身体能力強化の魔法が得意なんです。他の蛇人族も同じような怪力を発揮できる訳ではありません。」
「なるほど……しかし、あれだけの怪力を発揮したのなら、さぞ魔力を消耗したのでは?」
「ええ。結構使ってしまいましたが、今日は魔物狩りに出かける予定もないので。」
「おや、もしかしてアテラス様は冒険者でいらっしゃいますか?」
「はい。もっとも、まだ駆け出しの冒険者ですが。」
「ほう。では、此処へは武具を求めて?」
男性の質問にアテラスは頷く。
冒険者が商業都市ヴェーレスを訪れる理由の多くが上質な武具を手に入れるためだ。
フォドラの方にも腕の良い鍛冶師は居るが、この街に住む鍛冶師はそれ以上の腕前のモノが多い。その上、ヴェーレス領内で採れる素材が武具に向いているのも理由である。
「それなら、街の北にある“プルゼンの森”がオススメです。あの森に住む“クリスタスキュラ”というモンスターの素材は防具の素材として優秀ですよ。」
「クリスタスキュラ? 聞いたことがないモンスターですね。」
「ヴェーレス領内のみの固有種ですからね。フォドラで目撃された例はありません。」
(なるほど、通りでこの手引書に載ってない訳だ。)
「ですが、クリスタスキュラは討伐難度B+のモンスター。挑む時はくれぐれも注意してください。」
「分かりました。貴重な情報、感謝いたします。」
「いえいえ。手伝ってもらったお礼と思ってもらえれば。他にも、色々な情報がありますが、着いてしまいましたね。」
2人が他愛のない会話を交わしている間に、目的地の真ん前にたどり着いていた。
しかし、目の前に聳え立つ建物の外観にアテラスは頭を抱えた。
何せ、アリサ商会の本店は平屋建てのお屋敷。
しかも、青々とした生垣に囲われた木造建築――つまり、古風な和式のお屋敷だったのだ。
これで他の家屋が同じような木造建築なら然程違和感はないのだが、日本屋敷なのはアリサ商会本店だけ。周辺に建つのはレンガ造りなので非常にミスマッチだ。
(看板の文字も日本語だし、此処だけまるで別世界だな。)
「さぁ、クレス様の下までご案内します。あっ、靴は脱いでくださいね」
「分かりました。」
男性に言われるがままに靴を脱ぎ、その後ろ姿を追い掛ける。
屋敷の中も外観に合わせた建築様式になっており、歴史の教科書で出てくる平安貴族の邸宅だ。
(中に入ると、まったく違和感を感じないな。周りの生垣で隣の建物とかは隠されてるし)
「クレス様、アテラス様をお連れしました。」
「ああ、ご苦労。入ってきてくれ。」
「さぁ、アテラス様。どうぞ中へ。」
「ありがとうございます。」
案内してくれた男性にお礼を言い、クレスの私室に足を踏み入れる。
中には水玉模様の着物に身を包んだクレスとエテルナが居たのだが、相棒の姿が随分と変わり果てていた。
「エテルナ、その服どうしたの?」
「クレスの奴に無理やり着せられたんだよ。」
「非常に有意義な時間でしたわ♪」
普段の彼女は地味な恰好を好み、オシャレには無頓着。
初めて会った時に来ていた天女を彷彿される衣装も自分で用意した訳ではなく。シンモラが用意した物を無理やり着せられていたらしい。
そんな彼女が現在身に纏うのは、西欧人形が着ているようなフリルをふんだんにあしらった豪奢なドレス。その姿は小さな背丈も相まって大人しくしていれば、人形にしか見えない。
「エテルナはもう少し着飾っていいと思うのです。」
「アタシは目立たない恰好の方が好きなんだよ。着飾るのは嫌いなんだ。」
「はぁ……せっかくの容姿が勿体ないですわ。まあ、そのことは置いておきましょうか。」
そこで話題を切り替え、クレスは改めてアテラスと向き合う。
「では、改めまして。此処、アリサ商会の代表を務めておりますクレスと言います。以後お見知りおきを。」
「こちらこそ、改めてよろしくお願いします。早速ですが、クレス様お聞きしたいことがあります。」
「この商会の名前でしょう? よく聞かれるんですよ。」
そう言って、クレスは朗らかにほほ笑んだ。
「今から3年前のことです。ヴェーレスの領主の下に異界人の少女が保護されました。」
彼女は当時のことを懐かしむように穏やかな口調で語りだす。
「その子はこの世界にはない技術をもたらしてくださいました。そのおかげで小さかったこの商会はヴェーレス有数の大規模商会に成長することができた。」
「それでは、商会の名前は……」
「その少女の名前からいただきました。あの子、アリサ・カツラギの名前から。」
「っ!?」
クレスの口から出た名前にアテラスの予想は確信へと変わった。
「クレス様!! その女の子と一緒に天草……トキハ・アマクサという女の子は居ませんでしたか!?」
鬼気迫る表情の浮かべながら投げかけられた質問に今度はクレスの方が驚いた。
「どうして貴女がその名前を?」
「トキハ・アマクサはワタシの妹です。今は訳あってアテラスと名乗っていますが、本当の名前はテル・アマクサと言います。」
「まあっ!! これは何たる偶然でしょう!!」
「クレス、知ってるのか?」
「ええ、アリサが言っていました。アリサとトキハは一緒にこの世界に迷い込んだのですが……」
そこまで言って、クレスは表情を曇らせた。
「彼女たちは奴隷商人に捕まりました。アリサは博識さに目を付けた商人が商会に売りつけようとした所を領主に救助されましたが、トキハの行方は……」
「そうですか……いえ、妹がこの世界に居ることが分かっただけ大きな収穫です。」
「私の方でも情報を集めてみますわ。」
「はい、お願いします。」
そこで話が終わるかと思いきや、“ある事”を思い出したエテルナが口を挟んだ。
「そういえば、アレクシスが先代の領主と一緒にティアマトと闘ったって聞いたけど、その戦闘ってアリサって子を見送った時か?」
「ええ。」
「ティアマト?」
聞きなれない名前に小首を傾げるアテラス。
「グロアス魔国の幹部の1人で、“征服姫”っていう異名で呼ばれている奴さ。何でも、魔物を操る能力を持っているらしい。」
「仲間思いな反面、敵に対しては冷酷無慈悲。歯向かった者は容赦なく魔物の餌にすると言われています。」
「そして、ヴェーレスの先代領主の命を奪った張本人だ。」
「ちょうどアリサが向こうの世界に帰る直前だったそうです。」
そう言って、クレスは亜理紗が元の世界に戻る前後の動向を知る限り教えてくれた。
元の世界と繋がるゲートが発見されたことを当初の亜理紗はとても喜んだ。
しかし、半年も過ごしている間にこの世界に愛着が湧いてしまい、帰るかどうか最後の最後まで迷っていた。最終的には帰還を決心し、ヴェーレスの先代領主とアレクシスに同伴されてゲートの前にたどり着くが、そこへティアマトが襲来。
激しい猛攻に晒されながらも何とか亜理紗を逃がすことに成功するが、ヴェーレスの先代領主は命を落としてしまう。
それがティアマト襲撃事件の顛末らしい。
(じゃあ、亜理紗がこの世界のことを話さないのはティアマトに襲撃から? いや、でもあの怯えようは……)
「そういえば、アレクシス様から奇妙な話を聞いたわ。」
「奇妙な話?」
「ええ。何故かティアマトは執拗にアリサを狙っていた、と。それも、まるで心の底からあの子を憎んでいるような感じだったとおっしゃっていました。」
「何だよ、それ。本当に奇妙な話だな。」
(ティアマトと亜理紗が顔見知りで、尚且つ殺したい程憎んでいる……)
エテルナとクレスは奇妙だと思いつつも、それ以上追究しようとしなかった。
しかし、アテラスは彼女からもたらされた情報によって、点と点が線で繋がりそうだった。
(顔見知り……そして、殺したい程の憎悪を抱く。もしかして!!)
彼女の頭脳がティアマトの正体に1つの予想を導き出した。
矛盾も見受けられず、今すぐにでも目の前の2人に話したくなるような推理だが、それはできなかった。
何故なら、アテラスにとっては絶対に違って欲しい予想だったからだ。




