商業都市ヴェーレス
商業都市ヴェーレス。
プロキシマ神国の南を領土とする都市であり、交易の拠点として知られている。
東側が農業都市ヌウェレに面している他、西側の冒険都市フォドラとの領境には鉱山がある。さらには、首都が海沿いに建設されているので農産物から海産物、鉱物までありとあらゆるモノが集結する。
そのため、神国各地から訪れる人が絶えない活気にあふれた都市である。
そして、今日もまた新たな旅人がヴェーレス首都の敷地に足を踏み入れた。
「ここがヴェーレス……フォドラの街以上に活気で溢れてるわね。」
「住人の数で言えば、ヴェーレスは神国一番だからな。その分、喧嘩が絶えないけど。」
「そうなの? フォドラみたいに長閑な雰囲気を感じるけど……」
「この辺りはな。商業区画に行くと、一変するぞ?」
「ちょっと怖いわね。変な人に絡まれないと良いけど……」
「まあ、絡まれたら逃げればいいのさ。それで、最初は何処に行くんだ?」
「モチロン、領主の屋敷へ。」
「それじゃあ、北側だな。ちなみに、南の方に行くと漁港が広がってるぞ。」
エテルナが言うには、ヴェーレスの首都は汽車のターミナルを中心に街が形成されているらしい。
ターミナル周辺は列車の乗客向けの宿泊施設やお店が立ち並んでおり、その外側には商人向けの市場や工房が軒を連ねている。さらに外側に向かうと、北側は一般の居住区画に。南側は漁港とその関係者が住んでいる地域が広がっているらしい。
ちなみに、領主の屋敷は北側にあるらしい。
「エテルナはこの辺りまで来ることとかあったの?」
石材のタイルで舗装された道を歩きながらアテラスは訊いた。
「ああ。休みの日とかこの辺りまで出てきて、結構買い物とかしてた。」
「じゃあ、この辺りの美味しいモノとかも?」
「モチロン!! やることが終わったらアタシのオススメの店に連れて行ってやるよ。」
「その時はお願いするわ。」
「ああーっ!! エテルナ!!」
そんな会話を交わしながらアテラスは領主の屋敷を目指していると、大きな声が聞こえてきた。
声が聞こえてきた方に視線を移すと、アテラスよりもほんの少し背が高い少女がこちらを指さしていた。
フリルがふんだんに装飾された白と緑のゴシックドレスにヘッドドレス。
いかにも貴族の令嬢のような出で立ちは周囲の人から好奇の視線に晒されるが、当の本人はそんなことお構いなしに2人の下に駆け寄ってきた。
「久しぶりじゃない、エテルナ!! 急にフォドラの方に行くって連絡が来たからビックリしたわ!!」
「悪いな、ちょっと面倒を見ないといけない奴が現れたから、伝える時間もなかったんだ。」
「もしかして、その子?」
「その通り。コイツはアテラス。今はアタシと行動を共にしてるんだ。」
「初めまして、アテラスと申します。以後お見知りおきを。」
長いスカートの裾を少し持ち上げてお辞儀をする。
男性だった頃には無縁だったカーテシーという女性特有の挨拶だが、これが元男性と思わせないくらい違和感のない所作だった。その出来栄えはエテルナが絶句する程。
「まぁ!! これはご丁寧にありがとうございます。申し遅れました、私はクレス・パナシーアと申します。」
同じように優雅さを感じさせる所作でお辞儀を返す少女――クレス。
「クレス様はエテルナとお知り合いなのですか?」
「ええ。私、アリサ商会にお世話になっていますので、エテルナとお会いする機会がありましたの。それから、プライベートでもお付き合いさせていただいてますの。」
クレスはそこで一度言葉を区切り、眉を吊りあげて不満を込めた視線を向ける。
その矛先が向かれているのはアテラスの肩に腰掛けているエテルナだ。
「そこそこ親交があったというのに、本人から一切の音沙汰もなく。気になって領主さまに聞いてみて、ようやくフォドラの方で任務に当たっていると聞いた次第。」
「わ、悪かったって!! シンモラ様も急に言うから伝える暇がなかったんだよ!!」
「ですが、領主さま経由で伝えることもできましたよね?」
「そ、それはそうだけど……そんなことで忙しいシンモラ様の手を煩わせるのも申し訳なかったんだよ。」
「あら、領主さまはその程度のことで時間を取らされても怒らないと思いますが? エテルナならよく分かってる筈なのでは?」
「うぅ……」
次々と繰り出されるクレスの口撃にエテルナはタジタジになる。
しかし、よく見ると少女の口元はニヤニヤと笑っており、本気で言っている訳ではないことが窺える。
「という訳で、エテルナは強制連行してお説教です♪」
「ちょ、ちょっと待て!! アタシにはアテラスを領主の屋敷まで案内するという大事な仕事が……」
「それくらいなら大丈夫よ。あの屋敷が領主の屋敷でしょ?」
そう言って、アテラスが指さした先には他の建物よりも背が高い建物を指さした。
フォドラの街が碁盤の目のように街道が張り巡らされているのに対し、ヴェーレスの首都はクモの巣のように放射線状に広がっている。そのため、他の建物よりも高い建物はよく目立つ。
「ええ、その通りですわ。門番に事情を話せば、取り次いでくれると思いますわ。」
刹那、クレスは目にも止まらぬ早さでエテルナの小さい身体を鷲掴みにする。
捕まったエテルナは身体を捩って脱け出そうとするが、その前に彼女の付き人らしき男性が持ってきた鉄製の鳥かごに閉じ込めらてしまう。
「それでは、アテラス様。用事がお済になったらアリサ商会にいらしてくださいな。私の名前を出せば、通してくれる筈ですわ。」
「分かりました。それでは、用事が済み次第寄らせていただきます。」
「はい、お待ちしております。さあ、エテルナはそれまでゆっくりと話し合いましょうか♪」
「い、イヤだぁぁぁぁぁ!!」
エテルナは叫び声も空しく、クレスによってそのまま連れ去れるのだった。
「さて、ワタシも領主さまに手紙を届けないと。」
■ ■ ■ ■ ■
エテルナと別れたアテラスは無事に領主の屋敷にたどり着いた。
後はアレクシスから渡された手紙を渡すだけだったのだが、ここで問題が発生したのだった。
「えっ? シンモラ様は不在なのですか?」
「はい、シンモラ様は現在ミミルの方に出向かれています。」
門番が言うには、運の悪いことに肝心の領主、シンモラはヴェーレスを離れてしまっているらしい。
「何時ぐらいに帰ってくるか分かりますか?」
「そうですね……2週間後ぐらいには帰ってこられると思います。確か。次の予定が入ってる筈なので、その辺りには戻ってきているはずです。」
「分かりました。それでは、2週間後にもう一度訪問させていただきます。」
「よろしけば、私が代わりにお渡ししておきますが?」
「いえ、この手紙は直接渡すように言われていますので、日を改めたいと思います。」
「かしこまりました。領主さまにお伝えしておきます。」
「お願いします。それと、お聞きしたことがあるのですが……」
そう言って、アテラスはアイテムポーチからもう一通の封筒を取り出した。
フォドラの街を出る直前に鍛冶師のグリュックから受け取った師匠への紹介状と師匠が営む武具店周辺の地図とその他諸々。アテラスが聞きたかったのは、次の目的地の詳細な場所だ。
「ああ、なるほど。カリオンさんの工房か。それなら、あそこの路地を通った先にある大通り沿いにあるよ。此処からだとちょうどターミナルの方に向かえば良い。」
「分かりました!! ありがとうございます!!」
「迷ってる人の道案内も門番の仕事ですから。特に、この屋敷は目立つので道に迷った方がよく来られるんですよ。」
「そうなのですか?」
「はい。お嬢さんも見た所、ヴェーレスは初めてのようですね。他に分からないことがあれば、遠慮なく聞いてください。」
「それでは、アリサ商会の場所も教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「アリサ商会ならターミナルのすぐ近くですよ。確か、ターミナルに案内板があった筈なので、それを頼りにすると良いですよ。」
「いろいろ教えていただきありがとうございます。」
「いえいえ、道中お気を付けて。治安は良い方ですが、よからぬ事を企む輩も居ますので。」
「分かりました。それでは、失礼します。」
門番の人にお辞儀をして、アテラスはグリュックの師匠であるカリオンの工房へ向かう。
彼に教えてもらった通りの路地に入り、通り抜けて先にある大通りを今度は屋敷とは反対の方角――つまり、ターミナルの方角に向かって歩いていく。
隣の大通りは衣服や防具などの身に纏う商品をメインに販売しているお店が軒を連ねており、女性客や冒険者らしき風貌の方々が散見される。
(えっと、“カリオン工房”は……何処だろ?)
お店の看板を確認しながら大通りを歩くこと、おおよそ10分。
アテラスはようやく目的のお店――カリオン工房を発見した。窓から少し中を覗いてみると、受付らしき人物が立っているだけで他のお客は見当たらない。
「こんにちは~。」
「あっ、いらっしゃい。あんまり見ない顔だね。」
「今日この街に来ただけなので……それより、カリオンさんはいらっしゃいますか?」
「居ますよ~。武具製作の依頼ですか?」
「はい。グリュックさんの紹介で。」
そう言って、グリュックから受け取った紹介状の受付の女性に渡す。
中身を確認した彼女は「ちょっと待っててくださいね。」と一言残して、お店の奥に入って行ってしまった。そして、しばらくすると「奥まで入ってきてください~」という声が聞こえてきた。
「ほう、アンタが件の客かい?」
まるでサウナのような熱気に支配された工房に居たのは立派なヒゲを生やした男性。
身長はアテラスとそう変わらないが、オーバーオールから露出している肌は一目で分かる程鍛えられており、見事な筋肉を形成している。
「はい、グリュックさんの紹介で参りましたアテラスと申します。」
「ドワーフのカリオンだ。グリュックの奴から話は聞いてる。少し変わった代物を素材にしたいらしいな。」
「はい。これを素材にして槍を作れないかと相談した所、カリオンさんを紹介されました。」
そう言って、アテラスはアイテムポーチからさび付いた剣を取り出す。
この剣には刀身が砕けても再生する不思議な力があることを伝えると、カリオンは興味深そうに検分する。
「ふむ……ふんっ!!」
さび付いた剣に厳ついハンマーを振り下ろす。
鍛えられた剛腕から振るわれたハンマーは刀身を砕き、破片が飛び散る。
されど、飛び散った破片は吸い寄せられるように集まり、瞬く間に元の姿に戻った。
「なるほど、破壊された直前の状態に戻るタイプか。この特性を新しい武器に移したい訳だな?」
「はい。」
「良いだろう。弟子からも中々面白そうな設計図が送られてきたしな。ただ、材料は用意してくれ。」
「大丈夫です。全部揃えてあります。」
手短な台の上にストラタイト坑道近くで手に入れた素材を広げる。
【ムスペル洞穴】で手に入れたアイテムポーチの中は時間が停止するので、素材は新鮮な状態を保ったままだ。
「ほう、これならすぐにでも取り掛かれるな。これだけの量があれば素材が確実に余るが、どうする?」
「そうですね……それで防具を作ることはできますか?」
「さすがに防具を作るには素材が足りないな。追加で持ってきてくれるなら作ることは出来るが、お前さんが着ている衣服結構上等な防具だろ?」
「いえ、これは借り物なので。そろそろ自分の防具が欲しいのです。」
そう、アテラスが普段着ているゴシックドレスのような衣服は特殊な魔法が掛かった防具である。
しかし、無一文の異界人である彼女がそんな上質な防具を買い揃えることなど出来る訳が無い。今の衣服はアレクシスからのご厚意で借りているモノなので、常々そろそろ自分の防具が欲しいと彼女は思っていたのだ。
「ふむ……それ同程度、もしくはそれ以上の防具となると、Bランクぐらいのモンスターが妥当か。どんな防具になるかは持ってきた素材次第になる。」
「分かりました。ちなみに、武器の完成はどれくらいになりますか?」
「そうだな……取り合えず、1週間後にまた来てくれ。その頃にはおおよその完成目安が出来てると思うからよ。」
「分かりました。それでは、お願いします。」
「おう!! 最高の出来の武器を作ってやるから期待しておきな。」




