新天地に向かって
翌日。
フォドラの街に正午の金が鳴り響く少し前にアテラスは飛び立った。
白い雲の真上を飛び、目指す先は商業都市ヴェーレスへの直行便が出ている場所――クレセントレイク。
地上を馬車で行けば2時間程掛かる道のりも空を飛べば半分ぐらいの時間で到着することができる。
「そろそろかな?」
風を切る翼の力を弱め、その場に滞空。
雲の切れ目から眼下の大地を見下ろせば、三日月型の水溜まりのように見える湖。
商業都市ヴェーレスへ向かう直行便の出発点となっているクレセントレイクだ。
「エテルナ、降りるよ。」
「あいよ。」
エテルナが指を鳴らすと、アテラスは翼を大きく広げてゆっくりと高度を下げていく。
降りてくる姿は地上に居る人から丸見えだが、エテルナが姿を見えなくする魔法を編み出したため、以前ほど人目を気にする必要はなくなった。
もっとも、それほど効果時間が長い訳ではないが。
「よっ、と。我求める神秘は、戒めの力なり。」
地面に足が着くと同時に【収縮の円環】で翼を小さくして、すぐさまアイテムポーチから取り出したベールを被る。もはや慣れた手付きだ。
「空から見ると小さいけど、間近で見ると広い湖ね。そして、あれがルーフ村ね。」
アテラスの目の前に広がるのは向こう岸が見えない程の湖面。
その東側の畔には街よりも小さいが、中世ヨーロッパを彷彿させる建物が立ち並んでいるのが遠目でもよく分かる。そして、何より目を引くのは他の建物よりも一回り大きな時計台だ。
ルーフ村のシンボルでもある時計台こそが商業都市ヴェーレスへ向かう直行便の出発地点になっているらしい。
「……ゆっくりしてると、時間が来てしまうわね。行きましょうか。」
「ああ。」
ベールの中に翼がしっかり隠れているのを確認してから歩き出す。
近づいていくにつれてルーフ村の全容がよりハッキリとしてきた。
オキ村の方は田舎の集落のような雰囲気だったが、こちらの村は地面も舗装されており、こじんまりとした都会のような雰囲気になっている。
「この村、城壁が無いのね。」
「ルーフ村は四方に配置された要石を使った結界でモンスターから守っているのさ。だから、街みたいに城壁も要らないし、誰でも村に入れるようになってるんだ。」
「へぇ、村によってかなり防衛の仕方が違うのね。それに、馬車も。」
こうして他愛のない会話をしている間にも、アテラスの横を馬車が通り過ぎていく。
正確な数は数えていないが、村の領域内に入ってからこの短時間に2桁に届きそうなくらいには遭遇している。
「この村はヴェーレス経由で入ってきた物資をフォドラ全体に輸送する要所だからな。それに、今日はヴェーレスから商品が入ってくる日だから特にだな。」
「……ん? 村の敷地に入ってから、結構な数の馬車にすれ違ったけど、それ全部が?」
「多分な。それがどうかしたのか?」
「今日1日で入ってきた荷物って随分と多いのね。どれだけ大きな馬車を使ってるのよ。」
「ん? 何言ってるんだ? ヴェーレスとフォドラを行き来するのは馬車じゃないぞ?」
「えっ? この世界の交通って馬車じゃないの?」
「まあ、馬車が多いのは確かだけど、この村に来る便は馬車じゃないぞ。ほら、ちょうど出発準備に取り掛かってる。」
そう言って、エテルナは村の中央に建つ時計台の麓を指さす。
そして、アテラスはそこに広がっていた光景に心底驚き、瞠目した。
馬車よりも大きな黒い鉄の塊は横に細長く、内側から白い煙が噴き出している。
その後ろには木製の車が全部で7つも繋がっており、その内の3台には人が次々と乗り込んでおり、残りの4台は荷物専用のようだ。その証拠に、大勢の人が運び込まれた商品を下ろしたり、逆に商品を積み込んでいる人も居る。
馬車とはまったく違う乗り物を現地の人たちは見慣れているのか、当たり前のようにソレが出発の時間を待ちかねていることを受け入れている。
「うそ、でしょ……?」
アテラスはその乗り物の名前を知っている。
彼女の故郷となる世界において物流の要であったが、時代の流れにつれてその姿消した存在。
火の力で水を沸かし、発生する蒸気を動力の源として動く人類の知恵が生み出した産物。
その名も”蒸気機関車”。
時代を跳躍した産物が確かに彼女の目の前に存在していた。
(ちょっ、ちょっと待て!! この世界の文明レベルって中世ヨーロッパぐらいだよな!? 蒸気機関車が登場するのって数百年後だろ!!)
補足しておくと、中世ヨーロッパは14世紀、15世紀頃を示す。
それに対して、蒸気機関車の登場は1800年代になるので百年単位の空白が存在するのだ。
しかも、アテラスの前にある機関車は初期のモデルではなく、月日を得て洗練されていったモデル――元の世界で誰もが思い浮かべるフォルムの機関車。もはやオーパーツの領域に片足を突っ込んでいる。
「スゴイだろ? これが最新鋭の乗り物、デゴイチ号さ!! 数年前にある少女がもたらした情報を元にヴェーレスとミミルが作り上げたんだ。」
「え、ええ……驚いたわ。まさか、こんな乗り物があるなんて思わなかったから」
「まあ、走ってるのは少ないけどな。全部で5台くらい。」
「エテルナ、このデゴイチってどういう経緯で生み出されたの?」
「詳しくはアタシも知らないんだ。ただ、アリサっていう異界人の力を借りたって聞いてるぞ?」
(アリサ……単なる偶然、とは思えないな。異界人であり、同名の名前なんて)
アテラスが脳裏に描いたのは1人の少女の姿。
名前は葛城 亜理紗。
親友である葛城 弘司の妹であり、3年前に今のアテラスのようにこちらの世界に迷い込んだ、謂わば先輩である。迷い込んだ半年後に無事に帰還したが、この世界でのことを一切話そうとしない。
そして、アテラスの妹である天草 時羽の消息を知っていそうな唯一の存在でもある。
「まあ、詳しいことはヴェーレスにあるアリサ商会に聞けば良いさ。」
「……そうね。ヴェーレスでやるべきことは1つ増えたわ。」
「おっと、出発する前に食べ物買い込んでこようかな。此処にしか無いモノもあるからな♪」
エテルナはアテラスの下を離れると、ふよふよと飛んで出店の方に行ってしまった。
時計台がヴェーレスに向かう汽車の出発点になっていることもあって、時計台の州周辺には汽車の利用者をターゲットにした出店が色々立ち並んでいる。ちょっとした観光地のようだ。
「それじゃあ、ワタシはチケットの方を確保しておきましょうか。さて、発券所は……」
周囲をキョロキョロと見渡すと、駅のすぐ近く築かれた行列が目に入った。
看板には「チケット購買所」と大きな字で書かれており、これもまた他の場所でそうそう見ることが出来ない光景だ。
(これも亜理紗ちゃんがもたらした知識なのかな。あの子、時羽と違って博識だったからな)
記憶の中に眠る親友の妹のプロフィールを思い返す。
アテラスの妹――時羽は勉強よりも外で身体を動かす方が好きな性格だったが、親友の妹――亜理紗はその真逆。身体を動かすよりも部屋に引きこもって知識を蓄えることを好む性格だった。
その知識の広さは学歴のある大人にも負けないくらいで、学校では“インデックス”なんてあだ名が付けられる程だったらしい。
(とにかく、商会の人に話を聞いてからだな。単に名前が同じという可能性も捨てきれないし。)
これ以上考え込むの止めて、アテラスもチケットを手に入れるため、行列に並ぶのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ルーフ村発の蒸気機関車――デゴイチ号は定刻通り出発し、馬車とは比べ物にならない速度でフォドラからヴェーレスに向かって疾走していた。すでに出発から1時間程度経っており、機関車はすでにヴェーレスの領内に入っていた。それでも、機関車はスピードを緩めることなく、レールの上を走り続ける。
「領内に入ってからも結構走るのね。」
「ヴェーレスの首都は領の端っこにあるからな。あと1時間ぐらいは掛かるんじゃないか?」
「そう……それなら到着まで少し眠ることにするわ。」
「ああ、着いたら起こしてやるよ。」
「ええ。それと、荷物の守もお願い。特にポーチは、ね。」
「はいはい、分かってるよ。」
そう言いながら、エテルナはルーフ村で購入した棒状のシュークリームに齧り付く。
「それにしても、アレクシスも太っ腹だな。手紙の配達する代わりに汽車の代金を払ってくれるなんて。」
「本当に助かったわ。結構、高額だったから懐が痛まずに済んでよかった。」
アレクシスから依頼されたのは、ヴェーレスの領主代行を務めているシンモラへの手紙の配達。
報酬金の代わりにこの汽車に乗車賃を肩代わりしてくれている。かなり重要な手紙なのだが、懐刀であるフギンは別の場所に手紙を持って行っているため、アテラスに白羽の矢が立ったらしい。
ちなみに、汽車のチケット代は往復でアテラスの所持金半分が吹っ飛んでいく程だった。
彼女の場合、アレクシスの屋敷の一室を借りていたり、衣服も借り物。そのため、賃貸料や修理費で何かと出費が多く、所持金が少ない。結果、汽車の往復チケットの代金が所持金の半分に匹敵するような事態になっている。
閑話休題
「じゃあ、少しだけお休みなさい。」
そう言って、アテラスは柔らかい客席に身体を預けて静かに眠りについた。
(商業都市ヴェーレス、一体どんな所なんだろうか。楽しみだな♪)
その胸の内に新しい土地での旅へのワクワクを抱きながら……。




