新たなる目的地
【ストラタイト坑道】にてブレード・コマンダーと討伐した7日後。
アテラスは再びフォドラの街に戻ってきた。
1週間前、元気よく街を出て行った彼女はすっかりヘトヘト状態。
傷などは見当たらないが、身に着けた衣服はあちこちに穴が開き、埃や泥水ですっかり汚れてしまっている。唯一無事なのは街の外ではアイテムポーチに収納されていた白いベールだけだ。
「はぁ……ようやく帰って来れたわ。」
「自業自得だろ。まったく……結構大変な依頼を受注上限まで受けやがって。」
「ストラタイト坑道に近いから、ちょうど良いと思ったのよ……」
アテラスがこの街に帰ってくるまで7日も掛かった理由。
それはブレード・コマンダーの討伐以外にも受注していた依頼が多すぎたからだ。
さらには【ストラタイト坑道】の近辺で達成できる依頼ばかりだったのだが、希少性の高い植物が依頼の対象だったり、戦闘を避けるタイプのモンスターが討伐の対象だったり。とにかく、手間のかかる依頼が多かったのだ。
「久しぶりにふかふかのベッドで寝たいわ。」
「同感だな。モンスターを気にしないで休めるのは本当にありがたい。」
「それから温かいお風呂にも入りたいわ。もう、冷たい水風呂に入るのは勘弁したい。」
「ああ、それもあるな。アタシは魔法で綺麗にできるけど、やっぱり風呂には入りたい。」
「エテルナのその魔法、本当にズルい。」
「こちとら生まれてから魔法に触れてきたんだ。その分、覚えてる魔法のレパートリーも豊富なのさ。」
そんな他愛もない話をしながらフォドラの街中を歩き、足を止めたのはギルド本部。
七日ぶりに扉を潜りぬけると、彼女たちと同じ冒険者たちが真昼間から酒盛りをしたり、パーティーで作戦会議を開いていたり、各人が思い思いの時間を過ごしている。
そして、此処の受付嬢を務めるムニンが彼女たちの来訪に気づいたらしく、手招きしていた。
「こんにちは。」
「いらっしゃ~い。アテラスちゃんにエテルナちゃん、何かご無沙汰だね~」
「ご無沙汰だな、ムニン。」
「今日はどうしたの~? やっぱり、前受けた依頼、達成できなかった~?」
「いえ、依頼は全て達成しました。」
そう言うと、ムニンは時間が止まったように固まった。
「えっと……本当に?」
「ああ、ホントだぞ。ほら、その証拠を見せてやれ。」
アテラスはアイテムポーチの中から採取依頼があった鉱石や植物、討伐依頼があったモンスターの身体の一部を取り出し、カウンターの上に並べていく。
ムニンは依頼書の控えと照らし合わせて、きちんと依頼の達成条件を満たしているか確認していく。もちろん、帰ってくる直前に確認は清ましてあるので依頼は無事に達成。
「わぁお。本当に全部達成してるよ。結構難易度が高い依頼もあっただろうに。
「おかげで7日も掛かってしまいましたわ。」
「むしろ、たった2人でこの依頼を全部達成できる方がスゴイよ~。それにしても、坑道までどう行ったの~?」
「えっ!? え~と……と、途中で行商人に拾ってもらいました!!」
「あ~、確かにヴェーレスに近いから、行商人も結構うろうろしてるね~」
(空を飛んでいきました、なんて正直に言えないからな。)
「それじゃあ、報酬金を渡すよ~。ヨイショっと。」
ムニンがカウンターの上に置いたのは絹製の巾着袋2つ。
どちらの袋にも硬貨がぎっしりと詰まっており、かなりの金額が入っていることが分かる。
しかし、依頼を受けた筈の本人は貰える金額にたいそう驚いていた。
「えっ? こんなに貰っていいんですか!?」
「そこそこ難易度の高い依頼ばかりだったからね~。それに、達成も早かったから追加ボーナスが発生してるし~」
「追加ボーナス?」
「早期に達成して欲しい依頼がある時は報酬金を上乗せしてるのさ~。ちゃんと期日に間に合ってるから、多めに報酬がもらえてるんだよ~」
(なるほど、特別手当みたいなモノか。報酬金は意識してなかったからなぁ)
「そうそう。アテラスちゃん、ギルドカード出してもらっていいかな~」
「? どうぞ。」
ムニンはギルドカードを受け取ると、「ありがと~」と言って何やらカウンター下で作業を始める。
5分も掛からないうちに作業は終わったらしく、ギルドカードが返却された。
「ギルドランクがワンランク上がったよ~」
「……随分と唐突ですね。試験とかないんですか?」
「FランクからEランクに上がる時はないんだよ~。EランクからDランクに上がる時は必要だけどね~」
ムニンが言うには、最低ランクのFからギルドランクを上げるには規定回数の依頼を達成するだけで良いらしい。受注した依頼の難易度、パーティーの人数によって回数は上下するそうで、アテラスの場合は今回の依頼がFランク冒険者が受領できる依頼の中でも高難度寄りだったため、ランクアップに繋がったそうだ。
「ちなみに、次のランクに上がる条件とは?」
「同じだよ~。違うのはランクアップ時に昇格試験があるぐらい~。内容はその時々だから対策しようとしても無駄だよ~」
(まあ、上がったばかりだし、しばらくは無理だろ。今は武器を作ってもらわないと)
アテラスはそこで話を切り上げて、ギルド本部を後にした。
次に向かう先には鍛冶師グリュックが居る武具店だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「まさか、こんなに早く材料を揃えてくるなんてな。」
場所は変わって、鍛冶師グリュックの工房。
材料は揃ったので新しい槍を作ってもらおうとやってきたのだが、問題が発生した。
アテラスが予定よりも早く材料を集めたので、グリュックの手が空いていなかったのだ。
「作ってやりたいのは山々なんだが、こっちも立て込んでてな。すまん!!」
「仕方ありませんよ。こればかりは時の運ですから。」
「なるべく早く終わらせるから、もうしばらくは我慢してくれ。」
「構いませんよ。ところで、新しい武器の素材にコレは使えますか?」
そう言って、アテラスからアイテムポーチから“ある物”を取り出した。
野菜やお肉も切れなさそうなくらいまでさび付いてしまった古びた剣、ブレード・コマンダーから手に入れた戦利品だ。
「随分古そうな剣だけど、何かあるのか?」
「この剣、ブレード・コマンダーが持っていたのですが、刀身を砕いても元に戻るんです。」
「なるほど……その特性を引き継ぐことが出来れば心強いな。」
「(そんなゲームみたいな事できるのか?)出来ますか?」
「いや、そういう技術はあるが、俺には無理だな。」
彼が言うには、古い武具が持っている特性を新しい武具に継承させることは技術として確立している。しかし、それは熟練の鍛治師にしかできない技法であり、グリュックはその術をまだ習得していないらしい。
「だから、この剣を活かしたいなら俺の師匠を頼ったら良い。」
「グリュックさんのお師匠様、ですの?」
「ああ。商業都市ヴェーレスで腕を振るう鍛治師で、その界隈では知らぬ者は居ないと言われる一流の鍛治師さ。」
「ヴェーレス……少々遠いですわね。」
「そうでもないさ。クレセントレイクから直通便が出てるから、ざっと半日ぐらいで到着する筈だ。」
そう言って、グリュックは作業机の上に地図を広げる。
クレセントレイクはフォドラの街から南東の方角に広がる三日月型の湖である。また、【ルサルカ湖底迷宮】と呼ばれるダンジョンが存在することでも知られている。
この湖の畔からフォドラの東に広がる商業都市ヴェーレス首都に向かう直行便が出ているらしい。
「どうする? お師匠様の所に行くなら、紹介状を書くけど」
「それでは、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「おう!! 明日には用意しておくから、また店に寄ってくれ。」
「お願いします。それでは、また明日寄らせていただきますわ。」
「ああ。」
そして、工房を出てお店を出ると、なんとクレープが宙に浮いていた。
通行人も思わず凝視してしまうような驚くべき光景だが、そのカラクリを知っているアテラスはまったく動じずに仕立て人に声を掛けた。
「エテルナ、帰るよ。」
「むぐむぐ……もう話は終わったのか?」
アテラスが声を掛けると、犯人のエテルナがクレープの後ろから顔を出した。
そう、宙に浮くクレープの正体は体躯の小さい彼女が宙に浮いた状態でクレープを抱えていただけなのだ。
「ええ。ヴェーレスの方に行くことになったけど、ちょっと問題が……」
「ん?」
「ほら、ワタシはアレクシスさんの奴隷だからフォドラの領外に出るには主であるアレクシスさんの同行が必要なのよ。」
市民権をまだ獲得しておらず、領主の奴隷であるアテラスはフォドラ領外に出ることが出来ない。
但し、主であるアレクシスが同行する場合は領外に出ることができるような制度になっている。
そんな状況であることを説明すると、エテルナは「何言ってるんだ、コイツ」とでも言いたいような表情を浮かべた。
「アタシが居れば、フォドラの領外に出られるだろ。」
「何言ってるのよ。エテルナは相棒ではあるけど、主従関係じゃないでしょ?」
「……あれ? もしかしてアタシ説明してなかったか?」
「何を?」
「コレコレ。」
そう言って、エテルナはミニチュアサイズの羊皮紙を取り出した。
まるでドールハウスの小道具のような紙を手に持つと、それはみるみる大きくなって普通のA4サイズの羊皮紙に変化する。そして、そこにはこの世界の文字で文章が綴られていた。
「えっと……“主アレクシスの名の下に、エテルナを代理奴隷主に任ずる”?」
「そっ。この前、アレクシスと話した時にお願いされてな。忙しいアイツよりもアタシが主になっている方が自由に領外に出やすいだろってことで、アタシが代理の主に任命されてるんだ。」
「そんな話、初耳なんだけど。」
「ありゃ、やっぱり忘れてたか。すまんすまん。」
「はぁ~」
アテラスは懸念が1つ解消されたので安心したが、エテルナのひょうきんな態度にため息を溢した。




