強敵遭遇。からの逃亡
【ムスペル洞穴】の正面に広がる池の畔で魔法の練習を積み重ねたアテラス。
やがてモンスター除けの結界が効力を失ったことで、練習を切り上げた彼女はそのままダンジョンの探索へと乗り出した。日が暮れるまでそれほど時間がある訳ではないので、階段を見つけ次第すぐに下の階層に降りていき、2人は【ムスペル洞穴】第11層へ到達した。
「ここが中層の第1層……」
「此処に来るまでに掛かった時間は?」
「まだ砂が落ち切ってないから、ギリギリ1時間掛からないぐらいじゃないかな。」
「じゃあ、探索できるのは3時間っていう所か。敵も強くなるから、気を付けろよ?」
初心者向けの第1層から第10層を上層と呼ぶのに対し、第11層以降は中層と呼ばれる。
この中層からは出現するモンスターのレベルも上がり、上層で出現したモンスターの上位種が平然と出現するようになる。
例えば、以前の探索時に遭遇したゲイルバット。
上層では“モンスターハウス”というトラップに引っかかった時ぐらいしかお目にかかることはできないが、この中層では下手をすると集団で遭遇する場合もある。
そして、こうしてのんびりと会話している間もモンスターは徘徊している。
同じ場所にとどまり続けると徘徊している敵に見つかってそのまま戦闘になってしまう。
例えば、今の2人のように……
「ギギギィ!!」
「あらら、話している間に見つかっちまったか。」
2人が遭遇したのは風の魔法を操るコウモリ型モンスター、ゲイルバット。
その魔法は堅牢な鱗に覆われているアテラスの翼すらも切り裂く威力を誇り、上層のモンスターのように易々とは倒せない相手である。
しかし、以前と違い、アテラスには魔法という新たな武器とエテルナという頼もしい仲間がいる。
「おらぁ、ロック・ブラスト!!」
エテルナがつぶてをゲイルバットに向かって飛ばす。
敵は大きな両翼を羽ばたかせて回避行動に移るが、進化したことで大きくなった身体では以前のような動きはできない。そのため、小石を全て避けることはできなかった。
「“我乞うは全てを破砕する雷の力なり スパーク・ブレス”!!」
アテラスの口蓋から放たれるのは紫電を放つ大きな球体。
それはエテルナのつぶてを掠めたゲイルバットに向かっていき、ある程度近付いた所で膨張。敵に強力な雷撃を浴びせるのだった。
「ギィィィィィィィィ!!」
「そらぁ、フレイム・シュート!!」
「“我乞うは猛き炎の力なり クリムゾン・ブレス”!!」
雷撃を浴びたことで更に動きが鈍った所で、2人の炎の魔法がさく裂する。
高熱の炎でその身を焼かれたゲイルバットは断末魔の悲鳴を上げ、そのまま消滅した。
遺されたのは上層で手に入る魔石よりも一回り程大きい魔石だけ。
「ふぅ……援護ありがとう、エテルナ。」
「気にすんな。中層にもなると普通の冒険者はパーティーを組んで探索するもんだ。」
そう言って、エテルナはアテラスの右肩に乗る。
「それより、探索を続けようぜ。あんまり時間もないんだしさ。」
「そうね。」
ゲイルバットの魔石を回収し、2人はいよいよ第11層の探索を本格的に開始した。
そして、歩きながらアテラスは先ほどの戦闘でふと気になったことを相棒に訊ねる。
「エテルナ。さっき、呪文無しで魔法を使ってなかった?」
「ああ。“無詠唱”っていう高等技術さ。呪文を口に出さず、頭の中で紡ぐことで魔法を発動させるんだ。」
「えっ? イメージをしながら?」
「そっ、呪文を頭の中で唱えつつ、魔法のイメージも構築する。2つの作業を同時にする必要があるから、高等技術に認定されてるのさ。」
「イメージで精いっぱいのワタシには到底不可能な技術ね。」
「そりゃそうさ。こちとら、何年も魔法を使ってるんだからな。おっ、宝箱だ。」
話しながら歩いていると、エテルナが目敏く宝箱を発見した。
もちろんアテラスに開けないという選択肢がある訳もなく、迷わず開封する。
木製の宝箱の中に入っていたのは藍色のウェストポーチ。
見た目は至って普通の入れ物だが、ダンジョンの中……しかも、中層で手に入るモノが普通の代物である訳がない。その証拠にフタを開けると、中には深い闇のような異空間が広がっていた。
「これ、不思議なカバンね。こんなサイズなのに手が底まで付かないわ。」
「おっ、アイテムポーチだな。生き物以外ならサイズに関わらず収納できる便利アイテムだ。」
「へぇ……じゃあ、試しに。」
アテラスはポーチを腰に装着し、背負っている槍を突っ込んでみる。
明らかに収納できないサイズなのだが、ポーチはみるみる呑み込んでいき、槍はポーチの中に消えてしまった。
「本当に入った……コレ、取り出す時はどうするの?」
「取り出したいモノをイメージしながら手を突っ込むんだ。忘れてもリストを表示できるから、気にする必要はないぞ。」
「それじゃあ、これも入れておきましょうか。」
ポーチに入れたのはゲイルバットの魔石と。
どちらも普通なら到底入るサイズではないが、魔法のカバンは容易く呑み込む。
「幸先が良いわね。こんな便利グッズが手に入るなんて。」
「ああ。だが、良い事ばかりじゃないみたいだ。」
「?」
明後日の方向を向くエテルナの視線の先を追いかけると、岩で出来た人形が立っていた。
上層で頻繁に遭遇したマッドゴーレムの上位種、ロックゴーレムだ。
身体が頑丈な岩で構成されているので普通の刃物で相手をするのはキツイ相手である。
「普通なら堅牢な鎧なんだろうけど……」
スタスタと歩きながらゴーレムに近づくアテラス。
敵を認識した岩人形はその剛腕を振り上げて、少女に振り下ろす。
しかし、その前に尾先に付属したエメラルドグリーンの刃が牙を向いた。
「ワタシの牙の前には紙切れ同然よ。」
真一文字に振りぬかれた牙はまるで溶けかけのバターを切るかのようにロックゴーレムの身体ごと核を切り裂いた。
「中層になると、モンスターの魔石も大きくなるわね。」
「強力な個体ほど魔石のサイズも大きくなるからな。ほら、探索を続けるぞ。」
「ええ。」
つい先ほど手に入れたアイテムポーチに魔石を収納し、2人は再び探索に戻るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから第12層、第13層と探索を続けたアテラスとアテラス。
2人はとうとう第14層にまで足を踏み入れた。しかし、此処に至るまでの戦いで流石の2人もヘロヘロになってしまっている。
「はぁ……はぁ……魔力もほとんどスッカラカンね。」
「こんな状態で敵に遭遇したら、間違いなく負けるな。」
竜の鱗に覆われた翼もあちこちに傷が入り、特殊な魔法が施された衣服も汚れたり、穴が開いたりしてボロボロだ。
「どうする? テレポンカードもあるし、今日は引き返すか?」
「そうね。あの宝箱の中身を回収したら、すぐに帰りましょうか。」
そう言って、アテラスは力を振り絞って視界に入った宝箱に近づいた。
そして、そのフタに手が届きそうな範囲まで足を踏み入れた瞬間、彼女は最悪の事態に遭遇することになる。
「これって……」
「転移トラップだ!! 何処かに飛ばされるぞ!!」
アテラスの足元に浮かび上がる円形の魔法陣。
クルクルと回る円陣が紫色の閃光を放つと、彼女の身体は浮遊感に包まれた。
閃光が収まり、浮遊感から解放された時には開封しようとしていた宝箱の姿はなく、だだっ広い空間が広がっている。壁や床の外観は変わっていないので、ダンジョンからはじき出された訳ではないようだ。
「エテルナ、さっきのは何?」
「転移トラップ。その名の通り、罠を踏んだ奴を何処かにテレポートさせる仕掛けだ。この様子だと、引きたくないカードを引いたみたいだな。」
「それって、どういう……」
言葉の意味を問い質そうとした刹那、誘われた広大な空間に軽快な足音が響く。
足音と共に姿を現したのは今まで相手にしてきたモンスターよりも少しだけ小柄な獣だった。
漆黒の毛皮に覆われ、4本の足で大地を踏みしめる様はクロヒョウを彷彿されるが、前脚には大きな扇状の刃が生えているのが一番の違いだ。
「旋刃獣シュナイデン・クーガ。獣型のモンスターで最上位に位置する超強いモンスターさ。」
「ちょっ!? そんなの初心者向けのダンジョンで出て良い奴じゃないでしょ!?」
「さっきの転移トラップは時折ボス部屋に飛ばされるんだ!! しかも、運が悪いことに裏ボスの部屋に飛ばされた!!」
「て、テレポンカードを……」
「来るぞ!!」
勝てないと瞬時に悟り、アイテムポーチに手を突っ込むが、その前に敵が動き出した。
身を低くして四肢に力を込めたかと思うと、扇形の刃を広げて飛び掛かってくる。
「はやっ!!」
咄嗟に左に飛び、シュナイデンクーガの初撃を避ける。
しかし、敵は地面を蹴り、間髪入れずに追撃を仕掛けてきた。
「くっ……!!」
無我夢中で槍を突き出すが、旋刃獣の刃は金属で出来た槍の穂先を真っ二つに切り裂いてしまった。
そのままアテラスの華奢な腕まで届くかと思いきや、それを妨害する者が居た。
「“我乞うは堅牢なる鋼の力なり アルケミック・チェイン”!!」
床の一部が銀色に輝く金属製の鎖へと変わり、獣の身体全体を拘束する。
「アテラス!! 今の間にテレポンカードだ!!」
「分かったわ!!」
エテルナが魔法で生み出した鎖でシュナイデンクーガの動きが封じ込められている間にアイテムポーチからテレポンカードを取り出し、転移先を宣言する。
「転移、オキ村!!」
テレポンカードは問題なく効果を発揮し、2人はボス部屋から無事に脱出するのだった。
「はぁ……とんでもない相手に出くわしたわね。」
「こういう時があるから、油断できないんだよな」
「今回ばかりは命の危険を感じたわ。エテルナが居なかったら、真っ二つにされていたわね。」
「気にするな。アタシはお前の相方なんだから、助けるのは当然さ。」
「ありがとう。それじゃあ、今日の所は引き上げましょうか。」
「おう。」
アテラスは再びエテルナを肩に乗せると、オキ村のギルド支部に向かって歩き出すのだった。




