只今練習中
【ムスペル洞穴】を初探索した次の日。
当初の目的であった魔法書を2冊も手に入れることができたアテラスはオキ村を出て、【ムスペル洞穴】の前に広がる池の畔に立っていた。目的はもちろん、昨日習得した魔法の練習だ。
ちなみに、エテルナも一緒である。
「これで良し、と。」
アテラスは池の周囲にモンスター除けのお守りを配置して、一種の結界を作り上げた。
これでアイテムの効果が切れるまでモンスターに襲われる心配はなくなった。
「さて……“我乞うは猛き焔の力なり”」
魔法発動のトリガーとなる呪文を口ずさむと、右手に集中させた魔力が炎に変換される。
小さな焚火サイズの炎が手のひらに生み出されるものの、それは一瞬のことで幻影のように消えてしまった。とてもうまく魔法が発動しているとは言えない。
「んん? 魔法書を使えば、習得できるって話だったのに……」
「そりゃそうだ。使い方を覚えたからっていきなり十全に効果が発揮できる訳じゃねえよ。」
「ちょっと見てろ。」と言って、エテルナは飛び上がって小さな手を掲げる。
「“我乞うは猛き焔の力なり フレイム・シュート”」
エテルナが発動させた魔法は先ほどアテラスが使ったモノとまったく一緒。
しかし、アテラスの場合と異なり、エテルナの右手には環状の魔法陣のようなモノが現れた。
さらには放たれた炎は比べ物にならないくらい熱く、まるで流星にように上空に向かって放たれる。
「これが炎属性の初級詠唱魔法、フレイム・シュートの成功パターンさ。アテラスのはイメージが上手く行ってないから、キチンと魔法が発動してないんだ。」
「イメージ?」
「そっ。呪文、魔力、イメージの3要素が揃わないと詠唱魔法は発動しない。」
それを皮切りにエテルナによる魔法講座が始まった。
アテラスが習得した魔法は“詠唱魔法”に分類されるモノで、初級炎熱系魔法に該当する。
詠唱魔法の特徴はその名の通り、発動のトリガーとなる呪文を唱えることで魔法が発動すること。
そして、術者のイメージ次第で様々な魔法に派生することができるのも強みである。
逆に、イメージによって大きく影響されるので曖昧なイメージでは先ほどのアテラスのようにキチンと魔法が発動しないという欠点も抱えている。
「――――っと、詠唱魔法についてはこんな所だな。ちなみに、イメージに関しては練習するしかないからな。」
「なるほどねぇ。」
再び右手に魔力を集束させる。
さらに目を閉じて、鮮明にイメージすることを集中する。
「“我乞うは猛き焔の力なり フレイム・シュート”!!」
エテルナが実演してみせた魔法をそのままイメージして、同じ魔法を発動する。
今度はアテラスの右手にも環状の魔法陣が現れ、ハッキリと炎の弾丸が放たれた。
しかし、彼女が放った魔法は池の中央まで飛んだ所で消えてしまう。
「上手くいかない、か……」
「こればかりは練習あるのみだな。一応、発動事態はできてるから適正はあるみたいだし。」
「えっ? 魔法って適正があるの?」
エテルナが何気なく呟いた情報は彼女にとって初耳だった。
「ああ。相性が良い属性の魔法は消費する魔力が少なくて済む。相性が悪い場合はその逆。ちなみに、こればかりは実際に魔法を使ってみないと分からない。」
「ワタシは初級の火属性は無事に使えたから、とりあえず火属性に適正はある、と?」
「そうだ。魔力の使用量を制限されてる状態で使えてるんだから、結構相性は良い属性みたいだな。」
「えっと、またワタシの知らない新情報が出てきたのだけれど……魔力の使用量に制限が掛かってるって、どういうこと?」
「ん?」
アテラスの質問に今度はエテルナの方が首を傾げた。
まるで、事前に聞かされていた情報との齟齬を見つけたような反応だ。
「アタシ、フギンから身体能力に制限が掛かってるって聞いたんだが?」
「それはワタシも知ってるわ。でも、魔力の使用量に制限なんて掛けられていない筈よ?」
「んん? 一体全体どういうこと……あっ。」
少し考え込んで、合点がいったらしい。
「そっかそっか。竜人族に関する資料がほとんど残ってないんだから、勘違いしてたのか。」
「いや、1人で納得してもらわれると困るのだけど……」
「ちゃんと説明してやるよ。」
そう言って、パタパタと半透明な翼を動かしてアテラスの前に出る。
何処から取り出したのか教鞭とモノクルにグラデュエイトキャップと呼ばれる帽子を装着し、その姿は古典的な大学教授を彷彿させる。
「竜人族っていうのは、知っての通りヒトの体にドラゴンの特徴である角や尻尾が生えた外見をしてる。それ以外にも獣人族を上回る身体能力を誇るのも特徴だな。」
「あら? 翼の有無は関係ないの?」
「そもそもドラゴンに翼を持たない種も居るからな。だから、竜人族にも翼を持たない奴は存在する。」
「へぇ~」
「話を戻すが、竜人族の特徴は強靭な身体能力、飛行能力。そして、並外れた生命力。それらは魔力を使うことで強化しているのさ。」
「使ってる覚えはないのだけれど……」
「無意識のうちに使ってるのさ。それが身体に刻み込まれたものか、本能によるモノかは分からないけどな。そして、身体能力に制限を掛けるのは魔力の使用量を制限するのと同義なのさ。」
「ああ、なるほど。」
そう言って、自分の首元に存在する大きな輪っかを撫でる。
ゲスクードの下に居た時はピッタリとフィットするサイズだったが、今の首輪は肩幅よりも少し小さいぐらいのサイズに変貌している。どうやら、奴隷であることを証明する首輪はサイズを自由自在に調節できるらしい。
「ん? エテルナ、竜人族はずっと前に姿を消した種族なのよね?」
「ああ、少なくともヒトの文献からその名称が消えるくらい前には。それがどうした?」
「それなのに、エテルナはどうして竜人族に詳しいの?」
「あ~それは……」
アテラスの質問にエテルナは困った表情を浮かべ、ポリポリと頬を掻く。
少し考え込んだ後、話しても問題ないと判断したらしく、事情を説明してくれた。
「アタシ、昔の記憶がスッパリ抜け落ちてるんだ。」
「え……?」
「覚えてるのは6年くらい前。以前のヴェーレスの領主に拾われた所からだな。だから、竜人族に関する知識はあるけど、それを何処から仕入れたのか全然分からないんだよ。」
「不安にならないの? 家族や友人も分からないのに。」
「まったく不安がない、と言えばウソになる。領主の手伝いをやってたのも妖精族の里に居辛かったのか理由だし。」
エテルナは少し悲しげな表情を浮かべた。
昔話の懐かしさを共有できず、生まれる疎外感。まったく覚えないのない人に娘扱いされる違和感。それらを向けられる環境は彼女にとっては地獄だっただろう。
「――――って、アタシの話を聞いても面白くないだろ。ほら、今度は雷属性の魔法使ってみろ。」
「え、ええ。」
エテルナに言われ、アテラスは再び右手に魔力を集める。
「“我乞うは破砕もたらす雷の力なり”」
右手に集束された魔力は青白い雷撃へと姿を変え、虚空を奔る。
しかし、放たれた電気はまるで静電気のように弱弱しく到底戦闘で使えるような威力ではない。
「雷属性も適正あり、と。手に入れた魔法書が無駄にならなくてよかったな。」
「ちなみに、適正がなかったらどうなってたの?」
「もちろん、折角手に入れた魔法書が無駄になるだけだ。」
「それはショックが大きいわね。」
「まあ、完全には無駄にならないけどな。一応、膨大な魔力さえあれば適正のない魔法も使えるし。」
そう言って、エテルナは被っていた帽子とメガネを外す。
「さて、お話はここまでだ。折角、モンスター除けの結界も構築したんだし、効果が切れるまで魔法の練習といこうぜ。」
「そうね。“我乞うは猛き焔の力なり フレイム・シュート”!!」
エテルナに言われ、魔法の練習を開始するアテラス。
気持ちを入れ替えて意気揚々と魔法を行使するも、結果は先ほどと変わらない。
一瞬、一度に使用される魔力の量が制限されているのが原因では、と考えたが、エテルナによって否定された。
それからも色々イメージを変えつつ、炎属性の初級魔法を放つが、上手くいかない。発動自体はきちんと出来ているのだが、エテルナのような魔法にならないのだ。
「う~……エテルナ、何かアドバイスを……」
「アテラスはまだ炎のイメージが漠然としているんだよ。どんな炎をイメージしながら魔法を使ってた?」
「えっと……ゆらゆら揺れる炎かな? よく絵で描かれるような感じの炎をイメージしていたわ。」
「そりゃ成功しない訳だ。炎って言っても色んな炎があるだろ? かまどの火とか暖炉の火とか。」
「実際に見たことあるモノをイメージした方が良いっていうこと?」
「そうだ。伝わってくる温度とか、どれくらい長く燃えてるとか、そういうのもイメージの中に必要なんだよ。」
(おいおい、魔法書はそこまで詳しく教えてくれなかったぞ!!)
アテラスは早くも魔法書の欠点に気が付いた。
昨日、魔法書を読んで時に刻まれたのは詠唱魔法を使うために必要な呪文と魔力制御のみ。エテルナが教えてくれた情報まで教えてくれなかった。
実を言うと、彼女が手に入れた魔法書は本物の魔法書の粗悪品だったのだ。
【ムスペル洞穴】の第5層という浅い階層で手に入れたアイテムなので、本物と比べると効力がワンランク劣ってしまっている。そのことをアテラスは知らなかった。
「じゃあ、イメージを作り直してもう一回やってみな。」
「エテルナ。イメージって、実際に見たモノじゃないとダメなの?」
「別に空想でも大丈夫だぞ。実物を見たことがあるモノの方がイメージしやすいっていうだけだ。」
それを聞いたアテラスはニヤッと笑みを浮かべた。
そして、目を閉じて頭の中で炎のイメージに集中する。
彼女がイメージするのは、巨大な体躯を誇るドラゴンが吐く炎のブレス。
鋼鉄の鎧をも溶かし、深緑の草木を一瞬で薙ぎ払う強力な炎を思い描き、それを自分の口蓋が吐き出す様子を想像する。まるで自分がドラゴンになったかのように、イメージを膨らませる。
「“我乞うは猛き焔の力なり クリムゾン・ブレス”!!」
カッを目を開いて、再度呪文を唱えた。
今度は右手でなく、口元に環状の魔法陣が現れてアテラスの顔よりも少し大きい炎の球体が形成され、放たれる。その姿はまさしくドラゴンに相応しいモノだった。
口蓋から放たれた炎球は池の中心に落ち、水を瞬時に蒸発させて湯気を発生。
さすがに池の水を全て蒸発させるレベルまで至らなかったが、突発的な濃霧が発生したように感じる量の湯気が生み出されたことを考えるとかなりの量の水が蒸発したのは間違いない。
「やっぱり、ドラゴンは口からブレスを吐かないと♪」
(コツを教えただけで此処までアッサリと成功させるなんて……バハムートの力の影響か? かの竜は強力な炎と雷の魔法を操ったって話だし)
「それじゃあ、雷の魔法も同じ要領で……」
この後、魔法が使えることに興奮したアテラスはモンスター除けの結界の効果が切れるまで池に向かって、炎と雷の魔法を撃ち続けるのだった。




