女神との初邂逅
アテラスが意識を取り戻したのは、最後のマッドゴーレムを倒した後。
あれだけ大量に居たモンスターの大群は見る影もなく、上位種のゲイルバットすら姿を消していた。
遺されていたのは大量の魔石とドロップアイテム、そして元々設置されていた宝箱のみ。
「これ……ワタシがやったの?」
両手はモンスターの返り血で汚れ、槍の穂先からも同様の液体が滴っている。
状況から判断すれば、この第5層のモンスターを片っ端から打倒したのはアテラス本人で間違いない。
しかし、彼女にはそんな記憶が欠片もない。
「確か、追い詰められた時、変な声が聞こえて……」
アテラスが覚えているのは追い詰められた時に謎の声を聞いたこと。
まるでテレパシーのように頭の中に直接語りかけるような声を聞いた後、彼女の記憶はパッタリと途絶えてしまっている。
「あの声の主は誰だったのでしょう……」
――――暴竜バハムートですよ。――――
アテラスの独り言に透明感のある声が応えた。
その刹那、ほんのり明るい部屋を眩い閃光が埋め尽くし、視界が白く染まる。
「まさか、このような事態になるとは……私の不手際ですね。」
視界が元に戻ると、【ムスペル洞穴】第5層に見慣れない人物が立っていた。
亜麻色の長い髪はキラキラと光る粒子を帯びており、紅蓮のような赤い瞳には憂いの色が浮かんでいる。
程よく引き締まった美しい肉体は少し露出の多い深紅のドレスに包まれ、その後ろ腰には頑丈な鎖によって雁字搦めになった大剣が鎮座している。
「初めまして、バハムートの力を継ぐもの。私はシンモラと申します。」
「あっ、どうも。」
ドレスの裾を少し摘み、お辞儀をする女性に反射的にお辞儀を返すアテラス。
「えっと……シンモラって、ワタシの記憶が正しければ女神様の名前だったと思うのですが」
「ええ、その通り。私は調和の女神シンモラ。このダンジョンを設計した張本人でもあるわ。本来なら、こうやってダンジョンに現れることはないのだけれど……」
「もしかしなくても、ワタシが原因でしょうか?」
アテラスの質問にシンモラは頷いた。
「アレクシスからの報告で貴女のことは知っていました。人為的に生み出された竜人族、それもかつて暴竜と呼ばれたドラゴンの力を宿す存在。」
「暴竜……?」
「……少し昔話をしましょうか。でも、その前に。」
そう言って、シンモラはパチンと指を弾く。
すると、何もなかったダンジョンに真っ白なテーブルとイスが現れる。おまけに、テーブルの上には2人分の紅茶が用意されている。
「さ、座って。」
「し、失礼します。」
シンモラに促され、アテラスも席に着く。
席に着くなり紅茶を口に運ぶシンモラだが、一口飲んだ瞬間顔を顰めた。
「やはり、ズルをして作った紅茶は美味しくないわね。」
「ワタシは美味しいと思いますが……」
「こんなのを美味しいと感じちゃダメよ!! 今度、ヴェーレスにいらっしゃい!!
本当の紅茶というモノをご馳走してあげるから!!」
「あ、ありがとうございます……それよりも、暴竜の話を聞かせてもらえませんか?」
「ああ、そうだったわね。暴竜というのは神国ができる以前、この地を支配していたドラゴンのことよ。」
プロキシマ神国ができるのは北側を支配する2国が台頭してきた頃。
魔神信仰を掲げるグロアス魔国と人族至上主義を掲げるアルフェッカ聖国の台頭によって、行き場を失った種族たちが自分たちの国を作ろうと立ち上がったのが始まりだった。
しかし、後に神国の領土となる地域には魔国も聖国も手に負えない存在が居た。
その存在こそ、《深淵の暴竜》バハムート。
高密度の魔素溜まりから生まれるドラゴンが長い年月を掛けて成長し、強大な力と知性を持った最強の魔物であった。幸いにも自分の縄張りから出ようとはしないので、2国は手を出さないようにしていた。
シンモラの呼びかけで集まった数柱の神が協力して討伐することに成功し、現プロキシマ神国の領土を確保することができた。実際に戦ったシンモラ曰く、生真面目で小細工などを嫌う気高い性格だったらしい。
「恐らくですが、貴女に投与されたのはバハムートの遺骸から作られた薬でしょう。」
「そんなドラゴンの力がワタシに……」
「まあ、全然使いこなせていない以上、宝の持ち腐れね。」
「うぅ……」
「それに、暴竜の本能に意識が食いつぶされる可能性もある。恐らく、人為的に暴竜の力を埋め込まれた影響でしょうね。」
「何とかならないのでしょうか……?」
「そうねぇ……」
あごに手を当てて少し考え込むシンモラ。
「あっ、そうだわ。あの子が居るじゃない。」
「あの子?」
「ええ。エテルナ、ちょっといらっしゃいな」
「はいよ。お呼びですかい、シンモラ様。」
新しく現れたのは雪のように白いショートヘアの小人。
アテラスの顔よりもほんの少し大きいぐらいの背丈しかなく、背中からは楕円形の羽が3対6枚生えている。身に纏う衣装は羽衣がふんだんにあしらわれ、物語に出てくる天女を彷彿とさせる。
「エテルナ、貴女の力なら彼女の暴走も沈静化できるよね?」
「できないことはないですけど、完全に鎮めれるかは分かりませんよ?」
「それでも構わないわ。エテルナ、貴女は彼女に付いていきなさい。これは女神命令よ。」
「いや、アタシは全然構わないですけど……仕事、大丈夫なんですか? 女神の仕事に加えて、領主の仕事と新しい領主の選定。最近、まともに休めてないでしょ?」
「……何とかするわ。」
「はぁ……妖精の森から数人派遣するように頼んでおくよ。」
「ごめんなさい。はぁ、領主が決まれば、一気に仕事が減って楽になるのに……」
シンモラはため息を溢した。
「シンモラ様は領主の仕事も担当しているのですか?」
「ええ、ヴェーレスの領主代理をしているわ。今から3年前にとある女の子を守って前任が亡くなってしまったの。それから探し続けているんだけど、中々良い人が見つからなくてね。」
「だからって、働き過ぎなんだよ。領主の仕事とかは他の奴に任せても大丈夫なモノもあるんだから、ちょっとは周りに仕事振ることもしろ。」
「だって、自分でしないと気になっちゃうから……」
1人……いや、1柱で3人分の仕事をこなそうとするシンモラにエテルナはため息を溢した。
女神と言っても人と同じように心があり、疲労も感じる。それでも、普通の人なら倒れるような状況に置かれても肉体的には健全な状態が保たれるのが逆に仇となっている。
(帰ったらアレクシスさんに相談してみるか。国で信奉されてる女神がこんな状態なら無下にはしないだろうし。)
「はぁ……まあ、これからよろしくな。アタシはエテルナって言うんだ。」
「えっと、本当に良いのかしら?」
「アタシが付いていった方が女神様の懸念材料も1つ減るから良いんだよ。下手に暴走されたらもっと仕事が増えることになるからな。」
「本当にごめんなさい……」
アテラスは申し訳なさで胸が張り裂けそうな気持ちだった。
「気にすんな、アンタも被害者みたいなもんだろ。それより、もう帰るか? それとも、まだ潜るか?」
「今日の所は帰るわ。魔導書は手に入らなかったけど……」
「あら、魔導書が目的だったの? それなら、はいどうぞ。」
シンモラが白い円卓の上を撫でると、赤い本と黄色の本が一冊ずつ現れる。
おまけに、その脇には本物かどうかは定かでないが、テレポンカードが置かれている。
「おいおい、女神がそんなことして良いのか?」
「大丈夫よ。だってこれは、アテラスちゃんが倒した敵からのドロップ品とか元々第5層の宝箱に入っているモノだから。私は引き寄せただけよ。」
「本当かよ……」
「さて、私も仕事があるから戻るわね。エテルナ、任せたわよ?」
「はいよ。アンタもあんまり無理するなよ。」
「分かってるわよ。」
そう言って、シンモラは【ムスペル洞穴】から姿を消した。
同時に、白いテーブルやイスも存在してなかったかのように跡形もなく消えてしまった。
遺されたのはシンモラが引き寄せたという魔導書などのアイテムだけ。
「何か……女神なのに凄い親しみやすい感じだったわね」
「あの女神様は人に混じって生活してるからな。他の神様だとあんな風に接してくれることなんて絶対ないぜ。」
「やっぱりそうなのね。」
「それよりも、帰るなら早く帰ろうぜ? アタシも故郷に手紙を出さないといけないし。」
「そうね。それじゃあ、転移 オキ村!!」
2冊の魔導書を抱え、テレポンカードを掲げて転移先を告げる。
今度のテレポンカードはその効果を遺憾なく発揮し、アテラスとエテルナをダンジョン【ムスペル洞穴】からオキ村へ誘うのだった。




