初めてのダンジョン探索(後編)
淡い光が視界を照らす洞穴の中に笑い声が響く。
生き物の断末魔の叫びと笑い声が合わさり、不気味な映画のワンシーンのようだ。
「―――――ッ!!」
ダンジョンの中に現れた“何か”から逃げるように走るのはマッドゴーレムだ。
表情というモノがない筈なのに必死な様子がヒシヒシと伝わってくる。
「キィィィィッ!!」
また新たな犠牲が出たらしく、甲高い断末魔の叫びが響き渡る。
しかも、それほど距離は開いていないのは間違いない。
「―――――ッ!!」
マッドゴーレムは立て続けに聞こえる叫び声をBGMに足を懸命に動かす。
しかし、ゴーレム系モンスターの中では足が速いと言っても、その速度は人間の子供と大差はない。そのため、追跡者に追いつかれるのは時間の問題だった。
「逃がさないよ♪」
刹那、マッドゴーレムの身体が切り裂かれる。
両手両足を胴体から切り離され、身動きできなくなった彼はまさにまな板の上の鯉。
追跡者は動けなくなった彼を踏みつけ、槍の穂先を突きつける。
「鬼ごっこは楽しかった? それじゃあ、さようなら♪」
次の瞬間、マッドゴーレムの胴体に槍が突き立てられた。
ゴーレム系モンスター共通の弱点である核を貫かれ、彼はそのまま一生を終える。
泥で出来た身体は分解され、深い青色の石――魔石だけがその場に遺された。
「アハッ、アハハハハハッ!!!!」
追跡者は口元に三日月ような笑みを浮かべ、ダンジョン内に笑い声を響かせる。
普通ならモンスターを呼び寄せる愚行なのだが、もう狩りつくしてしまったのか、一向にモンスターが現れる気配はない。
そして、ひとしきり笑った後、獣のように瞳孔が縦に裂けたあんず色の瞳に理性が戻る。
「……あれ? ワタシ、モンスターに囲まれた筈なのに」
正気に戻った追跡者――アテラスは首を傾げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間は数刻前。彼女が【ムスペル洞穴】の第4層の探索をある程度終えた時刻まで遡る。
初めてのダンジョン探索ということで警戒していたアテラスだが、サクサク進む探索にテンションが上がってしまい、気が付けば第4層まで降りてしまっていた。
「ふぅ……買い足したバッグも魔石と戦利品でパンパンだし、一度戻った方がいいかなぁ。」
オキ村で買い足したショルダーバックは今回の探索で手に入れたモノでパンパンに膨らんでいる。
中には道中で倒したモンスターの魔石や治療用のポーションなどが入っている。
しかし、アテラスが本当に欲しい物は未だに手に入っていない。
「えっと、時間の方は……」
腰に付けた砂時計を見てみると、砂がおおよそ半分落ちた所。
すでに何度も上下をひっくり返しているので、ダンジョン探索開始から数時間は経過しているのは間違いない。
「うーん……」
一度撤収するべきか、このまま探索を続けるべきか悩むアテラス。
洞穴に入る直前に抱いていた緊張感はもう何処かに行ってしまった。
「やっぱり魔法書は欲しい。どんな魔法でも良いから、1冊は持って帰ろう。」
そう決意し、アテラスはダンジョンの探索を続けることにした。
しかし、このままでは敵に遭遇すると問答無用で戦闘に突入してしまう。
そこで彼女が取り出したのはオキ村で購入したモンスター除けのお札を身に付けて歩き出す。
(へぇ……高かっただけあって効果抜群だな。)
今まで視線が合えば問答無用で襲い掛かってきたモンスターたちが、お札を付けた途端勝手に逃げていく。200マルクと今のアテラスにとっては痛い出費だったが、効果はてき面だ。
(これだけ集まったし、お札の元値ぐらいは稼げているかな?)
そんなことを考えながら、アテラスは早足で探索を続行する。
何せ、モンスター除けのお札は一定の時間が経過すると効力を失ってしまう消費アイテムなのだ。彼女が所持しているのは一枚だけなので、今使っているお札の効果が切れてしまうと再度モンスターに襲われるようになってしまう。
だからこそ、アテラスは速足で洞穴の中を駆け、下の階層に降りる階段を探す。
そして、お札に描かれた文字が点滅し始めた所でアテラスは下へと続く階段を無事に発見することができた。
(5層の探索がある程度終わるまで持って欲しいなぁ)
そんな願望を抱きながら階段を降りていく。
そして、その先に待ち受けていたのは、アテラスがこの【ムスペル洞穴】で初めて経験する試練の間だった。
「こ、これは正直シャレにならないわよ……」
目の前に広がる光景にアテラスは引きつった表情を浮かべた。
床に埋め込まれた鉱石が発する光が照らしだすのは、無数のモンスターの大群だ。
これまで何度も目撃したコウモリ型のモンスターやマッドゴーレムと呼ばれる泥人形のモンスターがかっ歩している。今はお札のおかげで気づかれていないが、その効力が切れれば一斉に襲い掛かってくるのは間違いない。
「そ、そうよ!! こんな時のテレポンカードよ!!」
アテラスはショルダーバックを漁り、一枚のカードを取り出す。
それは【ムスペル洞穴】を探索中に発見した脱出用のアイテムである。
“テレポンカード”と呼ばれるソレは【ムスペル洞穴】のように神々が創り上げたダンジョンから自分が知る街や村に一瞬で転移することができる特殊なカード。一度入ってしまうと脱出が難しいダンジョンから一瞬で抜け出せるため、探索時の必須アイテムに指定されている。
入手難易度は低く、第1層で必ず1枚は手に入る代物だ。
「テレポ、オキ村!!」
カードに記された通りに転移先を宣言してカードを掲げる。
しかし、転移の奇跡――テレポーテーションが発動することなく、無情な時間が流れる。
「ど、どうして!? 使い方は間違っていない筈なのに……っ!?」
改めてカードを隅から隅まで確認してみると、大きな字で「スカ」と記されている。
どうやらアテラスが持っていたテレポンカードは偽物だったらしい。
「こ、これは本格的に不味いわよ。お守りの効果が切れるまでに階段を見つけないと……」
ダンジョンの特性で降りてきた階段はすでに消滅している。
このモンスタールームを切り抜けるには、下の階層へ続く階段を見つけるしかない。
アテラスは急いで第5層の探索を開始した。
急がないといけないという緊張感から不快な汗がにじみ出るが、今の彼女にそんなことを気にしている余裕など何処にもない。
(ど、何処だ!? 何処に階段があるんだ!?)
時間が経過するにつれて、焦りが増してくる。
今居る第5層はどうやら広大な一部屋で成り立っているらしく、アリの巣のようになっていたこれまでの階層とは一風変わった構造になっているようだ。しかし、単純であるが故に目印となる物がなく、アテラスは苦戦を強いられている。
「あっ、お札が……」
身に付けていたモンスター除けのお札がその効力を失い、燃えて無くなる。
これから押し寄せ来るであろう現実にアテラスの顔が青くなる。
そして、その予感はすぐに現実となった。
お札の効果が切れた途端、モンスターたちは我先に彼女へ襲い掛かる。
「やるしか、ない!!」
槍をギュッと握りしめ、臨戦態勢に移行。
威嚇する意味も込めて両翼を大きく広げて、いつでも動かせるようにする。
「「「「「オオオオオオオオッ!!!!」」」」
最初に襲ってきたのはマッドゴーレムの群れ。
地獄の底から響くようなうなり声を上げて、突撃してくる。
「はっ!!」
先頭のマッドゴーレムの核を的確に貫き、倒す。
これまでの階層で何度も戦ったので弱点である核の場所はおおよそ分かっている。
そのまま槍を真横に振るい、他の泥人形にも攻撃を仕掛ける。
「「「「「キィッ!! キィッ!!」」」」」
「もう……一度に襲い掛かってこないで!!」
槍を棒高跳びの棒のように扱い、跳躍して空中で身体を一回転。
エメラルドグリーンの刃がコウモリ型モンスターの群れに襲い掛かるが、全部仕留めることはできなかった。
「イタッ!!」
着地の瞬間を狙って、コウモリがアテラスの二の腕に噛みつく。
すぐさま手を引き離すが、その動作だけで彼女の攻勢は一気に崩れてしまった。
「「「「「キィッ!! キィッ!!」」」」」
続けざまに露出している首筋や二の腕に噛みつくモンスター。
普通のコウモリに比べて体躯が大きいので、イヌやネコに噛まれたような感覚だ。
「このっ!!」
「オオオオオオオオッ!!!!」
「がっ!!」
モンスターを引きはがすのに躍起になっている間にゴーレムの拳が突き刺さる。
自分よりも何倍も大きな体躯から放たれる拳の衝撃は半端ではなく、小柄な身体が宙に浮いた。
「この数を相手にするのは……かなり辛いわね。」
ゴーレムの拳をもろに受けたアテラスは槍を支えに立ち上がる。
そんな状態の彼女にさらなる絶望が舞い降りた。
「ちょっと……冗談でしょ?」
大群の奥から現れたのは、巨大な翼を持つ1羽のコウモリ。
その体躯は今まで相手にしてきたモンスターよりも一回り大きく、アテラスの身体よりも大きい。
巨大な翼は刺々しいフォルムになっており、血のように赤い瞳が彼女を射抜く。
討伐難度Cクラス ゲイルバット。
今までにアテラスが何度も倒したコウモリ型モンスターの進化体である。
風の魔法を使用するモンスターであり、討伐難易度はマッドゴーレムなどより2段階程高い。
「キィィィィッ!!!!」
ゲイルバッドの鳴き声が洞穴の中に反響する。
そして、巨大な翼を動かすと真空の刃がアテラスに襲い掛かる。
「不味い!!」
両翼で身体を覆い、盾を築き上げる。
しかし、ゲイルバットの魔法はその堅牢な盾に傷を入れた。
「そんな!?」
「キィィィィッ!!!!」
ゲイルバットの周囲に緑色の幾何学模様が現れ、先ほどの倍近い真空の刃が放たれる。
堅牢な竜鱗にすら切り裂く刃がアテラスに襲い掛かり、綺麗な翼が傷だらけになってしまう。
(こ、このままじゃあ…………)
絶望的な戦力差に心が挫けそうになる。
――――ナサケナイ……―――
(だ、誰だ!?)
―――ワレノチカラ、ツカイコナセテオラヌ―――
心が挫けそうになった彼女が聞いたのは、おどろおどろしい声。
見渡しても声の正体を掴むことはできない。
―――チカラヲフルエ、オモウガママニ。―――
その言葉を聞いた瞬間、アテラスの意識は深い闇に呑み込まれた。
「……くひ♪」
閉じた目を開いた時、そこにはアテラスであって彼女でない存在が居た。
あんず色の瞳は瞳孔が縦に裂け、獣を彷彿させる。
口元には三日月のような笑みを浮かべて、狂気を感じさせる。
真空の刃で傷ついた翼や噛みつかれた時に出来た傷跡は瞬く間に再生し、五体満足な状態に元通り。
「さぁ、蹂躙の始まりよ♪」
そして、この後。冒頭のような鬼ごっこが繰り広げられることになった。




