初めてのダンジョン探索(前編)
木造の寝室に入り込む日光が起床を催促する。
布団の中に潜り込んでいる彼女も流石に眩しいのか、もぞもぞと体を動かしながら顔を出す。
まだ眠たいのか、目は半開きで意識もあまりはっきりしていない様子だ。
「うぅん……もう朝か。」
ネコのように目を擦りながら布団から出てくるアテラス。
すぐさま翼を小さくして、角と翼を隠すためのベールを被る。
もはや習慣となってしまった作業を終えた所で、ようやく周囲の状況を確認する。
「ああ、そうだった。長期依頼だからオキ村に泊まったんだったわ。」
睡眠で凝り固まってしまった身体を解すように動かしながら、昨日のことを思い出す。
20頭というチャージボアを討伐したものの、発生原因が分かっていないので今日からは数日掛けて山の中を調査することになっている。
「あれ? フギンさんが居ない……。」
部屋にはベッドが2つあり、もう1つはフギンが使っていた筈なのだが、彼女の姿はない。
侍従としての性なのか使用したベッドはまるでホテルのベッドのように綺麗に整えられている。
「むぅ、魔法を習得する方法を聞きたかったのに……」
「呼びましたか?」
「うひゃあっ!!」
突然聞こえてきたフギンの声にアテラスは思わず飛び上がる。
しかし、周囲を見渡してもフギンの姿はなく、窓枠に1羽の鳥が止まっているだけ。
「あ、あれ? フギンさんの声が聞こえたと思ったのに……」
「何を言っているのですか? 目の前に居るではないですか。」
「……え?」
アテラスの目の前に居るのは窓枠に掴まっている鳥だけ。
フギンは確かに鳥型魔族と人間の間に生まれた鳥人族であるが、本物の鳥ではない。
故に、アテラスは状況をうまく呑み込めずパニックに陥る。
「落ち着いてください。この鳥は私の僕です。今は私の意識を一時的に移して、話しているのです。」
「えっと…………つまり、フギンさん本人は別の場所に居て、この鳥を通信機の代わりにしているということ?」
「その通りです。」
「フギンさん、そんなこともできるのね。」
「色々出来ないと冒険者は成り立ちませんので。それで、私に何か用事があったのではないですか?」
「ああ、そうです!! フギンさん、どうすれば魔法が使えるようになりますか!?」
「魔法ですか……多いのは誰かに教えを請うことですね。しかし、アテラスさんの場合はもう1つの方法の方が良いかもしれませんね。」
「もう1つの方法?」
「ダンジョン内で手に入る魔法書を使うことです。」
「ダンジョンのことは知っていますね?」というフギンの質問にアテラスは頷く。
世界各地に存在する謎の迷宮こと、ダンジョン。
神々が力を託すための試練として創造した迷宮には、人智では再現できないようなアイテムが手に入ることがある。そのため、一攫千金を夢見る多くの冒険者たちがダンジョンに潜る。
フギンが言う“魔法書”とはダンジョンで手に入るメジャーなアイテムであり、一度読めばあっという間に魔法を習得することができる本である。その代わり、魔物との戦闘を避けることは難しいのでそれなりの実力が必要になる。
「魔法書はダンジョンの浅い階層でも手に入るアイテムです。アテラスさんでも手に入れることは十分可能です。」
「ダンジョンって入場制限とかないんですか?」
「それはダンジョンに依ります。そうですね……オキ村の近くにある“ムスペル洞穴”は制限もありませんし、今から行ってみてはどうですか?」
「えっ? でも、ワタシも依頼に参加している以上、調査の方にも参加するべきでは……」
「調査の方は人手が足りています。それに、この世界のことに疎い貴女は調査には向かないので。」
「うっ……」
フギンに戦力外通告されてしまったが、何も言い返せないアテラス。
「そろそろ休憩も終わりですね。“ムスペル洞穴”の場所はオキ村の人が知っていると思います。」
「それでは失礼します。」と言い残して、フギンの意識を宿した僕は大空へと羽ばたいていく。
「はぁ……何も言い返せないのが悔しいわね。」
鳥がフギンの下へ帰っていくのを見送ったアテラスは朝食を食べるために一階へ下りる。
彼女が宿泊している建物は1階が食堂兼ギルド支部となっているので、多くの人が集まっている一階は朝早くから喧騒に包まれていた。
(結構混んでるな。冒険者以外も利用しているのか)
食堂は如何にも冒険者らしい風貌の者も居れば、農夫らしき人も混じり、混雑している。
尻尾を他の人に当てないように注意しながらアテラスは空いていたカウンター席に腰掛ける。
「いらっしゃいませ!! こちら、本日の朝食メニューになっています!!」
「あら、貴女は昨日の……ハユル、だったかしら?」
「あっ、はい!! これでお会いするのは2度目ですね。普段はこうやって食堂で働いているんですよ。」
「そうだったのね。じゃあ、昨日の仕事は臨時だったの?」
「いえ、解体のお仕事が本業でギルドのお手伝いが副業なんです。」
「なるほどねぇ。」
ハユルから渡された朝食メニューを眺めながら、話に花を咲かせるアテラス。
「ご注文はお決まりですか?」
「そうね。昨日の夜、がっつりお肉を食べたから、野菜中心の朝食が良いわね。」
「それでしたら、この“野菜尽くしの朝食セット”がオススメですよ。」
「じゃあ、それを。」
「はいは~い。クレア、野菜朝食1人前お願い~」
ハユルが大声でオーダーを伝えると、料理スタッフの1人が親指を立ててサムズアップ。
どうやら彼女の姉妹は厨房の方で働いているらしい。
「それでは、少々お待ちください。」
「あっ、ちょっと待って。オキ村近くにある“ムスペル洞穴”って知ってる?」
「知ってますよ。この村の南門から出た先にある沼の傍にありますよ。」
そう言いながら、食堂の壁に飾られているオキ村の周辺地図を指さす。
村の中を通る川の水が注ぎこむ沼がオキ村の南側にあり、件のダンジョンはその近くにあるらしい。
ハユルが言うにはそう時間が掛からない距離にあるそうだ。
「この村って農業も盛んですけど、“ムスペル洞穴”に挑む冒険者の休憩地としても栄えてるんですよ。」
「確かにこうやって見ると、冒険者らしき人が多いわね。」
「はい!! 生憎、入ったことがないので何もアドバイスはできませんが」
「いいえ、場所が分からなかったから困ってたの。ありがとう。」
「いえいえ。それじゃあ、仕事に戻りますね~」
そう言って、ハユルは接客に戻って行った。
料理を待っている間にアテラスは【駆け出し冒険者の手引書(アテラス命名)】を広げ、【ムスペル洞穴】のことが載っているページを開く。
(えっと……“地下に潜っていくタイプのダンジョンで、ゴーレム系やコウモリ系のモンスターが多い。特に下層になるつれて、物理的攻撃が通りにくい敵が多くなるので注意が必要”か。)
おまけに、ワンポイントアドバイスに“下層に挑むなら魔法が使えるようにしておきましょう!!”という文章がデカデカと書かれている。一方、上層の方は魔法が使えなくても何となるらしい。
(取り合えずは最上層を探索しつつ、魔法書を探す方針で行くか。運良く簡単に見つかれば良いけど……)
そう願いながら、アテラスは料理が運ばれてくるまでの間、読書で時間を潰すのだった。
■ ■ ■ ■ ■
朝食を食べ終えた後、アテラスの姿は村の外にあった。
彼女の目の前に聳え立つのは断崖絶壁の麓――沼の傍にポッカリ空いた大穴。
頑丈な鉄製の門によって閉ざされているので、中の様子を窺い知ることはできない。
「此処が“ムスペル洞穴”……」
ゴクリと思わず息を呑む。
ゲームでは意気揚々と乗り込んでいたが、それが現実世界となると話は変わる。
仮想世界のように俯瞰的に見ることができない現実世界で頼りになるのは己の直感と五感のみ。
その事実だけで二の足を踏ませるには十分だった。
「はぁー、ふぅー……よしっ!!」
大きく深呼吸して、覚悟を決めると門に冒険者カードを掲げる。
それに反応した鉄のゲートは音と立ててアテラスを迎え入れる。
「へぇ……意外と中は明るいのね。」
門が空いたことでダンジョンの中を窺い知ることができた。
洞穴の中は壁に発行する鉱石が埋まっているのか、淡く照らされている。そのおかげで、先を見通すことができる。
「あとはこれをひっくり返して、と。」
アテラスが取り出したのは透明のケースに入った砂時計。
オキ村の露店で購入したモノで、ダンジョンの中で過ごした時間を知るために必要不可欠なものである。
中の砂が落ちだしたのと確認して、アテラスはダンジョンに一歩踏み入れた。
「しばらくは一本道みたいね。」
槍を携えたまま、一本道を駆ける。
それほど長くない真っすぐな道を抜けると、広い空間に出た。
部屋のようになっているその場所からは左右に道が繋がっており、ダンジョンらしくなってきた。
「右か左か……でも、その前に!!」
槍を構え、前方に目を向ける。
「「キィー!! キィー!!」」
「コウモリ型のモンスター……手引書に書いてあった通りね。」
襲い掛かってきたのはコウモリ型のモンスター2匹。
アテラスの知るコウモリよりも大きく、鋭い牙を剥きだしにして襲い掛かってきた。
「ふっ!!」
近づいてくるタイミングに合わせて、槍を穿つ。
しかし、当たる寸前で敵が動いたせいで翼を掠めるだけに終わる。
「ちっ!!」
すぐさま槍を引き戻そうとするが、その前にモンスターの牙が迫る。
尻尾で迎撃する時間も、回避する時間もない。故に、彼女が採った行動は―――
「「キィッ!?」」
「硬いでしょ? そんな牙を通すほど、ワタシの翼は柔くないわ!!」
閉じた翼のカーテンを開き、その反動でモンスターを吹き飛ばす。
その間に槍を引き戻し、地面を蹴る。
「せいや!!」
モンスターに向かって飛び上がると同時に身体を捻り、槍の穂で敵を切り裂く。
そのまま壁を足場にして、跳躍。もう1匹のモンスターに槍を突き立てた。
「討伐、完了。」
絶命したモンスターは黒い粒子となって消滅し、蒼い綺麗な石だけが遺される。
「村の人の言う通りね。ダンジョンのモンスターは命を落とすと、石を遺して消滅する。」
それこそがダンジョンと外の世界の大きな違い。
どのようなカラクリなのか一切分かっていないが、ダンジョンの中でモンスターの死体は分解される。遺されるのは蒼い石のみ。運が良ければ、石とアイテムを遺すことがあるらしい。
「さて、次の相手は貴方かしら?」
石を拾い終えると、左側の通路に新たなモンスターが立ちふさがった。
コウモリ型モンスターよりも大きな体躯は土で作り上げられ、ヒトと同じように四肢を持つ。
土人形――マッドゴーレムと呼ばれるモンスターがアテラスの行方を塞いだ。
「ワタシは何処まで行けるのかな!!」
そう呟き、アテラスはマッドゴーレムに戦いを挑むのだった。




