初めての討伐依頼(後編)
チャージボアとの初戦闘を終えたアテラスは交戦地点から動かずにオキ村からの援軍到着を待っていた。
その間に竜翼を小さくして、ベールの中に隠し、近くの切り株に腰掛けて待機。
幸いにも駆け出し冒険者に貸し出されている本があるので、時間つぶしには苦労しない。
本を読んで時間を潰していると、森の木が揺れる音が聞こえてきた。
しかも、その音はドンドン近づいてくる。思わず、傍に置いていた槍を手に取る。
新手も魔物かと思い、警戒心を強めていると、「とうっ!!」と可愛らしい掛け声が聞こえてきた。
「お待たせしました!! 出張解体屋兼運び屋姉妹こと、クレハ参上です!!」
「同じく、ハユル。ただいま到着しました!!」
くるくると華麗な宙返りを披露して、現れたのは獣人族の姉妹。
黄金色の髪に空色の瞳。頭の上には狐の耳が生え、腰にはもふもふな尻尾が生えている。顔立ちが似ていることから双子なのだろう。
「これがお姉さんが狩った獲物ですか?」
「ええ。」
「チャージボア5匹……これは解体のし甲斐がありますね~」
そう言って、クレハと名乗った短髪の少女は太もものポーチからナイフと取り出すと、すぐさまチャージボアの解体に取り掛かり始めた。
かなり慣れているらしく、突撃猪の死体は残った血を綺麗に抜かれ、皮と骨、肉と内臓にみるみる分解されていく。
「~♪ ~♪」
そして、その隣では双子の姉妹であるハユルが鼻歌交じりにナイフを振るう。
顔や手が残っていた血で汚れてしまうのもお構いなし。双子の狐耳少女は楽しそうに得物を振るい、丁寧に猪を分解していく。
「うぷっ!!」
目の前で繰り広げられるスプラッターな光景は耐性のないアテラスには辛かった。
思わず胃の方から吐き気が湧き上がってきたので、解体に熱中する2人から少し離れた茂みに入る。
吐き気を抑え込むのはそこまでが限界だった。
茂みに胃の中に入っていた物を盛大にぶちまける。息を整えている間に、先ほどの光景や肉を貫き、切り裂く感触がフラッシュバックして、再度悪心がこみ上げる。それに任せてアテラスは胃の中を空っぽにする。
「はぁ……はぁ……元一般人のワタシには、辛いですわね。」
汗を拭いながら1人呟く。
「獣相手にこの有様では……先行きが思いやられるわ。」
アテラスが不意に考えたのは、今回のような獣相手ではなく、人型の魔物やヒトと相まみえること。
駆け出しの冒険者にそんな機会はほとんどないが、上位の冒険者になると危険度の高いヒト型の魔物を相手取る可能性が出てくる。
それだけではなく、「自分の身は自分で守る」が鉄則のこの世界では、魔物以外にも山賊や殺人鬼などの無法者にも襲われることがある。その場合は自分で身を守るしか助かる術はない。
「はぁ……これじゃあ、時羽を探すなんて夢のまた夢ね。」
「ええ、その通りですね。」
突然、頭上から聞こえてきた声にアテラスは咄嗟に距離を取る。
「良い反応です。できれば、もっと早く気付くべきですが、まあ良いでしょう。」
そこに居たのは、アレクシスに仕える侍女の1人――フギンだった。
着ているのはいつもの給仕服だが、随所に金属製のパーツが追加されている。
さらに言うと、その背中に身の丈ほどの大きな盾を背負っているので、少しばかりミスマッチを感じされる。
「フギンさん? 他の場所に居たのでは……」
「ある程度狩りつくしたので、様子を見に来たのですよ。」
フギンはそう言って、樹の枝から飛び降りると軽やかに着地する。
「チャージボアは弱い部類に入るモンスターなので問題ありませんが、強いモンスターに遭遇した時、躊躇している余裕なんてありませんよ?」
「……はい。」
「2人の所に戻りましょうか。ついでに、モンスターの後処理についても教えておきましょう。」
「後処理、ですか?」
「モンスターの死体をそのまま放置しておくと、他のモンスターが寄ってくることがあるのです。まだ未解体のチャージボアが残っていますね。」
見ると、クレハとハユルの2人は合わせて4匹のチャージボアの解体を終わらせていた。
そのまま最後のチャージボアの解体に手を出そうとした時、それにフギンが待ったを掛ける。
「すみません、その1匹は指導用に置いておいてもらっても良いでしょうか?」
「あっ、大丈夫ですよ。でも、放置は絶対に止めてくださいね? 刈り取った命を粗末にすることはマナー違反ですから。」
「はい。私も元冒険者、そのことは弁えています。」
「それじゃあ、私たちは村に戻ります。ハユル、帰るよ。」
「は~い。」
解体したチャージボアの皮や肉、骨、内臓を大きい袋に詰め込んでクレハとハユルの2人は来た道を引き返していくのだった。
「さて、早速解体しましょうか♪」
「うっ……はい。」
有無を言わさない笑顔でナイフを差し出すフギン。
拒否することはできないと確信したアテラスは大人しくナイフを受け取り、フギン指導の下、チャージボアの解体に取り掛かるのだった。
余談だが、山からしばらくの間、少女の金切り声が聞こえてきたらしい。
■ ■ ■ ■
その日の夜。
オキ村では大規模な宴会が開催されることになった。
今回のチャージボア討伐依頼に参加してくれた冒険者を労わるために開催されたのだが、いつの間にか村の人も混ざっての酒盛りへと変貌してしまった。
「はむ。」
アテラスは少し離れた場所で漫画に出てくるような骨付き肉に齧り付いていた。
もっとも口のサイズが小さいので、少しずつしか食べられないのだが。
「うん、香辛料が効いて美味しい。」
彼女が食しているのはチャージボアの肉である。
通常、魔物の肉は有害なのだが、チャージボアは可食な種。養殖は不可能なので市場に出回ることが少ない貴重品だったりする。
冒険者たちの活躍によって大量に討伐されたので、一部は保存食として燻製にして出荷するそうだが、それでも大量に肉が余るのでこうやって料理として振る舞われているのだ。
「あっちは物凄く盛り上がってるわね。」
アテラスの視線の先では村の広場に焚かれた炎を取り囲んで大人たちが酒宴を開いている。
中には子供のような見た目の冒険者や村人も混じっているが、プロキシマ神国では特に未成年の飲酒を禁止するような法律はない。そもそも見た目と実年齢が一致しない者も多いため、このような光景は日常茶飯事だったりする。
「ん?」
骨付き肉を3分の1程食べ終わった所で、アテラスは宴から少し離れた場所で食事をしているフギンの存在に気付いた。
その表情は何か思い詰めているような、何か懸念事項があるような感じだ。
「フギンさん。」
「……ん? どうかしましたか?」
「いえ、何か思い詰めているような感じだったので」
「あら、表に出ていましたか。実は、少し心配――というか、気になることがありまして。」
「気になること?」
小首を傾げながら、訊ねると少し周囲を見渡してフギンは口を開いた。
どうやら村の人にはあまり聞かれたくない内容らしい。
「アテラスさんは今回のチャージボア、どれくらい討伐されたか覚えていますか?」
「確か……20匹ぐらい? 目撃された数もそれくらいだって。」
「はい。ですが、一番問題なのはチャージボアが群れを組んでいたことです。」
「群れを?」
「チャージボアは群れを形成することは基本的にありません。そう、基本的には。」
そう言って、フギンは一枚の紙をアテラスに見せた。
早速翻訳に取り掛かろうとするが、その前にフギンがそこに書かれていることを朗読する。
「チャージボアの最上位種、アポリュオン・ボアの存在が予想される。それがアレクシス様から承った伝言です。」
「アポリュオン・ボア?」
「長い時を生きたチャージボアが魔素を更に蓄え、チャージボアを従える力を得たモンスターです。かつて、現れた個体は冒険者が数十人単位で戦って勝利したそうです。」
「そんな強力なモンスターが、この近くに……」
「しかし、少々おかしい部分があります。」
フギンが言うには、アポリュオン・ボアが誕生した場合、チャージボアの群れはもっと大規模になるらしい。それこそ、群れ1つで都市1つを滅ぼすことができる程に。
秘密裏にアレクシスから指示を受けていたフギンは他の冒険者たちよりも山の奥に入ったが、アポリュオン・ボアの痕跡を見つけることはできなかったそうだ。
「……やっぱり気になります。ちょっと山に入って、調べてきます。」
「それならワタシも……」
フギンに付いていこうとするアテラスだが、フギンは首を横に振った。
「こういう調査は私の仕事です。それに、夜の山は危険なので、アテラスさんにはまだ早いです。」
そう言うと、フギンは大盾を背負うと1人山の方へと入って行った。
(遠まわしに足手纏いだから、付いてくるなって言われてる気がする。いや、実際足手纏いになる可能性が高いの間違いないけど。)
日が沈むと、夜行性の魔物が活動を始める。
夜は視界が悪い上にゴーストなどの特殊な敵が出現することが多い。
村や街には特殊な結界を張っているので侵入されることはないが、一歩外に出ると容赦なく襲い掛かってくる。
(この身体、間違いなく強い筈なのにまったく活かせてない。そもそも竜人族って何ができるんだろ? 翼はあっても飛べないし、使えてるのは尻尾だけ。)
自分の小さい手を見ながら考える。
ゲスクードによって改造された肉体にはヒトの知性と竜の力を兼ね備えている。
しかし、手に入れた竜の力を十全に活用できているとは言えず、アテラスはもどかしさを感じていた。
(竜……竜と言えば、炎のブレスとか強力な魔法を使えるイメージがあるな。後は特殊な能力を持ってたり、防具の素材になったり)
アテラスは自分が知る限りのドラゴンの特徴を頭の中で列挙していく。
(そういえば、魔法って使えたりするんだろうか? 今まで考えなかったけど。フギンさんかムニンさんに聞いてみよ。)
街に戻ってからの行動を考えながら、アテラスは猪肉にかじりつくのだった。




