冒険のプロローグ
初めまして。この度、読み専から投稿者にクラスチェンジした蒼妃と言います。
処女作なため、お見苦しい点は多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
それでは、「迷い込んで異世界」の始まりです。
金曜日。それは多くの人々が五日間の勤労・勤勉から解放される日。
日本某所にある公立高校に通う青年――天草 照もその一人であった。
嫌いな科目の授業も終わり、束縛から解き放たれた彼はいつもの帰り道を気心の知れた友人たちと歩いていた。
「くわぁぁ~ようやく休みだ。」
「テストも終わったし、しばらくは伸び伸びできそうだな。」
照は座ったまま長時間拘束され、凝り固まった身体を伸ばして解す。
「弘司。明日、暇なら一緒にカラオケでも行こうぜ?」
「すまないな、照。ちょうどその日は妹の相手をしなくてはならない。」
「おっ、なら俺が手伝ってやるよ。1人だと大変だろ?」
「天魔、貴様は出禁だ。可愛い妹が変なことを覚えたら困る。」
「ちょっ⁉ ヒドイ言い草だな⁉」
照の隣を歩くクラスメイト――葛城 弘司と榎本 天魔が繰り広げる漫才のようなやり取りに照はクスッと頬を緩めた。
大雑把なチャラ男タイプの天魔と生真面目な委員長タイプの弘司、そしてちょうど中間の照の3人。幼稚園の頃からの付き合いになるが、何故か馬が合った彼らはこうやって同じ高校に通っている。
「仕方がない。1人で行くことにするか。」
「おいおい、そこは俺を誘う場面じゃないのか!?」
「「ダマレ、リア充。」」
「お前ら、息ピッタリだな!!」
「――というか、彼女と一緒に帰らなくていいのか?」
「照の言う通りだ。ガールフレンドは大事にしろ。
頑張ってサポートしたボクたちの意味がない。」
「親友と帰るぐらいで目くじら立てるような奴じゃねえよ。
やっぱし、気心が知れるお前らと話してる方が疲れも吹っ飛ぶしな!!」
そう言って、天魔は2人の親友と肩を組む。
2人共、満更でもないようでいつもと変わらない日常に微笑んだ。
「おーい、そこの3人組。」
元気のよい明朗快活な声が帰り道を通り抜ける。
視線を前方に向けると、セミロングの茶髪の少女がぶんぶんと手を振っていた。
「隼瀬じゃん。こんな所で何してるんだ?」
「てんまぁぁ……実のガールフレンドに向かって、そんなこと言う?」
「悪い悪い。今日はさっさと帰り支度してたから、用事でもあんのかなって。」
「まあ、用事と言えば用事かな。ちょっと照くんに用があって……」
「僕に?」
「うん。ほら、いつまでも私の後に隠れてないの!!」
「ひゃっ⁉」
天魔のガールフレンド、小泉 隼瀬の後から引っ張り出されたのは照も見覚えのある少女だった。
艶のある藤色の髪はとても長く、小柄な背丈も相まって地面に届きそう。
問題なのは前髪。切り揃えられているのだが、完全に目元を隠すように揃えられているので、今一容姿が分からない。そして、そんな特徴的な髪型の少女を照は1人しか知らなかった。
「燐さん? 用事があるのって、燐さんのことだったの?」
照の質問に恥ずかしがり屋の少女、龍神 燐はコクコクと頷いた。
一方で、照の方は少しばかり首を傾げた。
確かに龍神 燐は同じクラスに所属しているが、当の本人が引っ込み思案なので、接点などほとんどない。話してことがあるのも事務的な連絡ぐらいで、世間話をしたことなどほとんどない。
「あ、あの……これ!!」
意を決して、燐が差し出したのは美麗な絵が描かれたゲームのパッケージ。
照もプレイしたことがあるタイトルであるが、目隠れ少女がどうしてソレを差し出してくるのか意図がまったく掴めない。当の本人は差し出すだけで精いっぱいなのか、か細い声で「あの……その……」と呟くだけ。
「あ~照くん、前にゲーム貸してもらったの覚えてる?」
「覚えてるけど、それがどうしたんだ?」
「実を言うと、借りたがってたのは燐の方なんだ。でも、本人はこの通りだから、私経由で借りたって訳。お礼は直接本人に言いたいって聞かないから、連れてきたんだけど……」
「そういうことか。」
隼瀬の補足説明でようやく合点がいった照は改めて燐と向き合う。
「面白かった?」
「うん!! 部隊編成も楽しかったし、ストーリーも予想外で楽しかった!!」
ゲームの話題になった途端、先ほどまでのオドオドした様子から一変。
饒舌にプレイしたゲームの感想を語る様子は先ほどまでの恥ずかしがり屋の少女と同一人物とは思えない。
「このシリーズ、やってる人が居なかったから話ができる人が居て嬉しい!!」
「まあ、あんまり有名なゲームじゃないしな。」
「そうそう!! だか、ら……」
やがて正気に戻ったのか、燐の顔がみるみる赤くなっていく。
そして、文字にならない奇声をあげたかと思うと、元の場所――つまり、隼瀬の背後に隠れてしまう。
「あははは、流石にいきなりはハードルが高かったか。
じゃあ、要件はこれで終わり。私はこのまま燐を送ってくよ。」
「ああ。それから、燐!!」
「ひゃ、ひゃい!!」
「今度、またゲームの話しようよ。最初はSNSとかでもいいからさ。」
「っ!! うんっ!!」
隼瀬の背から顔だけ出しながら、燐はコクコクと頷いた。
「じゃあね、三人とも。神隠しに気を付けろよ!!」
そう言い残して、隼瀬と燐は3人とは別の方向に去って行った。
残った照たち3人組の間から和気あいあいとした雰囲気が消え去り、陰鬱な雰囲気が漂いだす。
そのキッカケは隼瀬が帰り際に放った「神隠しに気を付けろ」の一言。
ライトノベル、ネット小説などが市民権を得た現代において、一部の若者たちの間でちょっとした流行になっている帰り際の挨拶である。
発端は異世界召喚や異世界転生などの所謂、“異世界モノ”が一世を風靡したこと。
当然ながら神隠しなんて超常現象に遭遇する訳がないので、別れの挨拶を面白おかしく表現したモノなのだが、3人にとっては“ある出来事”を思い出させる言葉だ。
「……あれから、もう3年になるのか。」
「弘司の妹さんは相変わらずか?」
「ああ。姫ちゃんのことはまったくだ。無理に思い出させようとすると、パニックになるのも相変わらずだ。」
3人の中にあったのは、1人の少女のこと。
名前は天草 時羽。
苗字から分かるように照の実妹であり、今から3年前の3家族合同キャンプの際、行方知れずとなってしまった女の子である。大勢の警察やボランティアが捜索に加わったが、手掛かり1つ掴めずに終わってしまった。
その唯一の手掛かりを持っているのが弘司の妹である。
実は時羽と同時に、弘司の妹も行方知れずになっている。
しかし、弘司の妹は捜索が打ち切られた数か月後にひょっこりと帰ってきた。多くの人が行方不明になっていた期間のことを聞きたがったが、当の本人はまったく覚えていない。
おまけに、無理に思い出させようとするとパニックになるというお手上げ状態。
「あ~もう!! うだうだ考えるのはもう終わりだ、終わり!!」
「天魔の言う通りだ。照、これ以上考えても仕方ない。
忘れろとは言わないが、考え過ぎるのは良くない。」
「……そうだな。2人の言う通りだ。」
そこで話を打ち切り、3人は再び帰り道を歩き始める。
そして、道半ばに差し掛かった所で照は不意に用事を思い出した。
「あっ、悪い。本屋に用事があるの、すっかり忘れてた。」
「じゃあ、ここでお別れだな。」
「また、月曜日。学校で会おう。」
「ああ。」
そうして親友2人と別れ、照は目的地である本屋を目指す。
彼がいつも行く書店は通学路から少し離れた国道沿いにある。なので、人1人が通れるぐらいの幅しかない裏道を通り、国道を目指す。
「しかし、この裏道は相変わらず薄暗いな。」
両端を大きな家で挟まれている裏道は方向が悪いのもあって太陽光がいつも射し込まない。
まだ日中なので薄暗い程度で済んでいるが、日が暮れると今通っている道は暗闇に閉ざされて見えなくなってしまう。
(そう言えば、時羽の奴はオバケが出てきそうって怖がってたなぁ)
昔のことを思い起こしながら歩いていると、照の前を何かが横切った。
その正体は珍妙な生き物。
姿かたちはネコに近いが、その耳は異様に長い。尻尾はふさふさで狐のモノに近い。
そして、その額にはこの薄暗い裏道でも光り輝く赤い宝石が鎮座している。
(見たことないネコだな。そう言えば、時羽もネコが好きで……ネコ?)
照の脳裏に記憶の引き出しから引っ張り出された一幕が横切る。
それは、3年前の3家族合同キャンプにおいて、行方不明になる直前の妹の言葉。
――ねえねえ!! あっちに変なネコちゃんが居たの!!――
この言葉を残して、森の方に入って行った時羽と付いていった弘司の妹は行方知れずとなってしまった。
それを思い出した照はすぐさま猫のような生き物を追いかける。
しかし、行き止まりに引っかかった所で、対象を見失ってしまった。
「くそっ……もしかしたら、時羽のことが何か分かるかもしれなかったのに。」
周囲を見渡しても、3方向はブロック塀に囲まれ、通り道など何処にもない。
ブロック塀を登って、乗り越えていったのかもしれないが、照に確かめる術などなかった。
「はぁ……本屋行こう。」
ため息を溢し、踵を返す照。
一歩踏み出した瞬間、彼は驚くべき光景を目撃した。
足から伝わってくるのはアスファルトの感触ではなく、柔らかい土の感触。
太陽光が射し込まず、いつも薄暗い筈の裏道は青々した草が生い茂る草原へとその姿を一変させた。
「ど、どうなってるんだ!? さっきまで、裏道に居たはずなのに……」
試しに頬を思いっきり引っ張っても、その光景が変わることはない。
そして、何気なく空を見上げた照は更に驚くべき光景を目撃することになる。
「なっ!?」
照は絶句した。
ちょうど1体の巨大な生き物が悠々と空を飛んで、頭上を過ぎ去っていったからだ。
3M以上ありそうな体躯を一対の翼で浮かび上がらせて飛翔するその姿は、幻想の存在である筈のドラゴンに違いなかった。
「おいおい、マジかよ。」
この日、天草 照は異世界に迷い込んでしまったのだ