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Scene7

 透明な桜の花びらはキラキラと秋の夕暮れの光を反射して朱色に染まって見えた。

 西の空が赤く染まっている。上に行くに連れてにゆっくりと藍色に変わっていくグラデーションが美しい。その全てが優しい色だと逸夏は思った。

 上空にはもう気の早い星達がいくつか光り出している。

 いつの間にか義明が逸夏の隣にまで降りてきていた。

 改めて逸夏は眼前の景色を見渡した。川幅はとても広く3メートルは裕にありそうだったが、流れている水の深さは足首ほどもないように見える。間違っても泳ぐことなどできそうもない川だった。

 小さい子供同伴のバーベキューであれば確かに最適な地形ではあるかも知れないが、泳ぎの得意な逸夏には少し物足りなく感じた。

 水の殆ど流れていない川底を歩ける地形は稀だ。足元は細かな砂利が多く歩きやすいが、水が流れていないだけの川にしては大きな岩などが全然ないと思った。

 そう言えばと、午前中には雨が降っていたことを思い出す。もしや、雨が降っていなければ水自体が流れていないのではないかと思った。

「この川はいつもこんなに水が少ないの?」

 隣に佇む大きな影に逸夏は問い掛けた。視線はまだ川底視線を向けたままだ。幻の中の川の様子がどうだっただろうと思い返していた。人物にばかり気を取られていて周囲の様子を目にする余裕がなかったと少し悔やんだ。

「そうだよ。ここは普段は水が流れていないんだこ。今日は雨が降ったから少しだけ流れているけれどね」

「えっ?」

 顔を上げて義明を見上げた逸夏は言葉を失った。夕方になってしまったからだろうか。義明の姿がまるで影の中にでもいるかのように黒ずんでいる。

 その姿は太陽の光量に呼応するかのように日が沈むにつれて色を失いつつある。

「日本でも珍しいようだね。普段は地下を流れているんだよ」

 微笑んだのだろうか。そんな姿になってまで優しい声だった。

「さあ、帰ろう。約束を果たさなければ。もう私には時間がない」

 もうすぐ人の姿を取ることもできなくなるということなのだろう。

「そんな……」

 逸夏の声は擦れていた。

「ダメよ!!このままじゃ義明おじさまが消えてしまう!!」

「……今日会ったばかりの私を気遣ってくれるのかい?」

 何故だろう。逸夏には判ってしまった。このまま消えればきっとこの人は永遠にこの地をさ迷う亡霊になってしまうと。逸夏の中に流れる不思議な血筋の力が少女に教えていた。

 老紳士の姿が刻々と色を失っていく。

 優しいだね、君は。だからこそ、ちゃんと送り届けなければ。こんなおじさんの未練に付き合わせる訳にはいかないよ。

 もう、声にもならないようだった。

 義明の姿はもう殆ど真っ黒に染まってしまい既に表情も判らない。

「ダメだってば!!」

 逸夏の瞳から涙が溢れた。

「ここで消えてしまったらもう二度とあの人に会えないのよ?!それでいいの?!!」

 触れることすら叶わなくなってしまった影を捕まえようと手を伸ばす。逸夏の手が空を切っても構わずに。

「もう一度会いたいんでしょ?このままじゃ転生も叶わない!!消えてしまうのよ?!」

 手が届かない虚しさに顔を覆い必死で逸夏が叫び声をあげる。

「そんなのだめよ!あんなにあんなに探していたのに!!」

 ……ああ。さ……こ、君にも……えない……ら消え……もかま……い。

「ダメよ!!一人淋しく消えてしまうなんて絶対ダメなんだからっ!!」

 悲痛な叫びが空間にこだまする。

 誰か!誰か!誰かっ!!助けて!!おじさまを!私に力をちょうだい!!おじさまを助けられる力を!!

 逸夏の脳裏にまたしても映像が流れ込んでくる。どこかの一室で義明と口喧嘩をする女性の映像が浮かんだ。勘気の強い自分にいら立って声を荒げる妻の顔が浮かぶ。

 体調を崩して寝込む妻の姿。あれほど旅行が好きだった妻の外出が病院と自宅の往復だけになってく。

 次第に弱って歩くこともままならなくなっていく妻の姿。それが辛くてあろうことか妻に暴言を吐いた。

 深い後悔の念を感じる。あんな言い方をしなければ……。あんなことを言いたかった訳ではないのに……。

 ああ、だからなんだ。

 この紳士が影になって消えようとしているのはそういう理由なんだ。

 後悔、しているんだ。きっと、自分はいい夫になれなかったと思っている。だから来世では会わない方がいいとそう考えているんだわ。

 こんなに、こんなに逢いたいと切望しているのに。

 義明の心が逸夏に流れ込んだことで、逸夏は義明がどれほど再会を切望しているかを知った。

 もっと素敵な男性と出会って幸せに……。せめて来世では……。

 僕は……君の所へは行かないよ。君を……






 あいしているから……

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