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Scene1

この作品は『エブリスタ』に投稿した、『まちぶん』応募作品です。

『まちぶん』での評価に関係なく、このScene1から一時間ごとに自動投稿され本日中に完結する短編小説になっております。

よろしければお付き合いいただけると幸いです。


 注意事項

 実在の都市「那須塩原市」が舞台になっていること。

 観光地名等に関しても全て実在のものです。

 一部、ディスっていると思われる個所が見えますが、ただの個人的な感想なので悪しからずご了承ください(笑)

 三年前に亡くなった、私の最も尊敬する女性、叔母をモデルに哀悼の意味も込めて執筆しております。


 那須塩原駅西口改札を出て、駅から一歩外に出て、逸夏は目の前に広がる風景に驚いて足を止めた。

 何もない……。

 おしゃれなカフェやかわいい小物を売る雑貨屋はおろかコンビニも。

「なにこれ……」

 逸夏は混乱した。栃木県の北部は知らない人などいないほどの有名観光地のはずだ。那須塩原駅は新幹線も止まる。だからこの駅で降りることにしたというのに。

 何もない。いや、それは嘘だ。駅前にはロータリーが整備されており、今もバスやタクシーが止まっている。少し遠くにはホテルのような建物も見える。11月にしては暖かい風がさわさわと鳴って逸夏の髪を揺らしていく。爽やかな陽気だ。高原を散歩するのはちょうどいい。

 けれど逸夏が想像していたものはそういう鄙びた風景ではなく、もっと賑わいを見せる観光地だった。

 東北線から直角に西に伸びる道路は広くまっすぐ伸びており、景色は横長に広がっている。空を遮るものなどなにもない。だからこそ、見上げる必要もなく青空が目に入ってくる。

 美しい青空の下を途方に暮れながらバス停まで歩く。

 驚いたことにバスは一日に数本ほどしかないようだった。これは、乗っていくのはいいが帰ってくれなくなってしまう。

 降りる駅を間違えたかも……。

 家を出てからまだ一時間程だったが、逸夏はすでに後悔し始めていた。

 もともとはお兄ちゃんが悪いのよ。

 逸夏は心の中で兄に毒づいた。逸夏には年の離れた兄たちがいた。その一人、下の兄が自動車免許を取得したのだ。

 しばらくは家の近所で慣らしを行って、やっと最近その運転技術にも自信が出てきたらしく、どこかにでかけないかと誘ってきたのは一昨日の朝食時だった。

「まだ危ないんじゃない?」

 眉をひそめて心配そうに声を上げたのは母だ。

「大丈夫だよ。無理な運転はしないて言ってるし」

 母の反対の声など逸夏には聞こえないも同然だった。親元を離れて遊びに行けるということだけで逸夏の心はときめいた。その日から毎日ワクワクして週末を待った。

 けれど、結局兄と出かけることはできなかった。

 昨日の夜になって急に友達とでかけるからとSNSで断りの連絡がきたのだ。

 ワクワクしながら明日の準備をしていた逸夏にとっては青天の霹靂だ。驚いて、ベッドから起き上がりスマフォを睨みつけてどうしてか問いかけたが返事はなしのつぶてだった。

 マシンガンのように打ち込まれる逸夏のコメントに対して、返事は殆どなく辛うじて謝罪の言葉とご機嫌取りの返事が返ってきたのみだ。

「お土産でご機嫌取ろうなんて!」

 つい言葉が出てしまった。慌ててて周囲を見回すが、辺りには人もまばらで少女を気にしている者はいない。それでもなんだか気恥ずかしくなって逸夏は心の中で続きを呟いた。

 そんなもので誤魔化される程子供じゃないんだからねっ!

 気が付くと駅から延びる通りをまっすぐに数キロほど歩いていた。歩くのは苦ではなかった。運動神経にはあまり自信がなかったが、外を出歩くのは好きだった。だからよく学校の帰りにも遠回りして帰ることが多い。

 寄り道は禁止されているが、近所の駄菓子屋に寄ったり、友達と公園でおしゃべりしたりするし、時によっては街の中を探検して回ることもある。

 街の探検はいつでもワクワクが沢山あって、いつも通っている道を一本それただけでいつもとは全然違う雰囲気を見せてくれたりもする。

 時には子供が入ってはいけない区画に行ってしまう時もある。危ない場所もあるから後で大人に叱られたりすることもある。けれどそういう場所を確認することも大切だと思う。

 どういう風に危ないのか。なぜ入ってはいけないのか。それを知る必要もあると思うから。

 もちろん工事現場が危ないことは知っている。危険な物が沢山あったり、重機を操作することもあるからその作業範囲に行ってしまったら怪我をしてしまうかもしれない。危険な材料を使っている時もあることも大人から教えてもらった。

 ただやみくもに禁止されても納得なんてできない。それは大人だってそうだろうと思う。

 那須高原に行きたいと言い出したのは逸夏だった。どこに行きたいかと聞かれたからそう答えた。ちょうど学校で那須疎水の勉強をしたからだ。

 日光はよく知っている。東照宮があり学校の遠足でも行ったことがある。東照宮には徳川家康のお墓があることも。泣き龍、眠り猫、三猿。とてもすごい彫り物がたくさんあって、敷地も広大。しかも最近になって改修工事がなされ、色彩豊かで美しくなった。

 更に奥に行けばもいろは坂がありそこから上には中禅寺湖。湖畔には男体山が鎮座している。こちらも有名な観光名所で平日でも人が多い。

 けれど那須にはまだ行ったことがなかった。

「あ、一回だけ行ったことあるわ」

 どこかの牧場だったと思う。高速から降りて右に曲がったらすぐに牧場があった。

 なんという牧場だったかは覚えていない。ソフトクリームがとても美味しくて素敵なレストランでご飯を食べたことを覚えているだけだ。

 だからもう一度行ってみたかったのだ。あの高原地帯なら牧場も沢山ありそうだったし、馬に乗ってみたかった。兄が調べてくれた情報によるとオルゴールやテディベアの美術館などもあるらしかった。

「楽しみにしていたのに……」

 逸夏は俯いた。一人ぼっちの心細さも相まって、わずかに瞳が潤んでしまう。

 だから一人で来ようと思ったのだ。勿論、家族に話せば反対されてしまう。危ないから。なぜ危ないのか説明もなく。だから黙って来た。

 昨夜はスマフォで一生懸命調べた。まず、美術館のホームページを検索した。場所を確認しなければならないから。それから行き方。電車は乗ったことがなかった。新幹線が止まる駅が近くにあると知ったのはもう夜の10時を回ってしまっていた。

 気が付いたら朝になっていた。握りしめていたスマフォは辛うじて充電器に接続をしていたらしかった。

 慌てて着替えて電車に飛び乗って今に至る。

「お腹空いた……」

 駅を出て2キロほど程歩いただろうか。相変わらず周囲に観光地らしきものは見えない。観光地へ行きそうなバスも見当たらなかった。

 幅の広い道路は左右2車線通行だ。渋滞の気配などかけらも見られないこの道を2車線にした意味はあるのかと少女は半ば八つ当たりのように思った。歩道も広くとられていて、街路樹が等間隔に植えられている。夏の暑いときならば木陰を作ってくれそうな立派な木だ。今は風よけになってくれている。

 やっとの思いでコンビニにたどり着き少女はそこでドーナッツとオレンジジュースを買った。中にイートインスペースがあるのがありがたい。

 この場所で食べると申告しなかったなと後で気づいたが、いまさら申告する気にもなれずにぐったりと椅子に座り込む。

 コンビニ店員に注意を受けたら追加分を払えばいいと思った。軽減税率というもののしくみは、逸夏にはまだ難しかった。

 店内の温かさにほっとしてしばらくの間ぼけっとしていた。

 帰ろうかと思った。想像以上に見通しが甘かったことに気づいた。家族が姿の見えない逸夏を心配しているかもしれない。なにより心細かった。

 逸夏は紙パックのオレンジジュースにストローを刺した。

 少しすすると甘酸っぱい味が口の中に広がる。その優しい甘さにほっとして、それから想像以上にのどが渇いていたことに気づいてパックの半分ほどを一気に飲んでしまった。

 イートインコーナーには逸夏以外誰もいなかった。大人っぽく見られることの多い逸夏だが、まだ中学1年生だ。軽減税率の件を除いても、保護者がいないことを咎められるかもしれないという後ろ暗さもあり、会計カウンターからは見えない場所、つまりイートインコーナーの端っこに陣取っていた。

 そこに一人の老紳士が入って来た。購入してきた紙コップをカウンターに置いてその前に腰を掛ける。

 セルフで淹れるタイプのコーヒーだろうか。湯気の立つ紙コップからそっと中身を啜っている。

 逸夏はなんとなはしにその老紳士が気になった。理由は特になかった。というか判らないと言うほうがただしい。ただなんとなく、気になったのだ。

 白髪交じりの髪にこげ茶色のハンチング帽を被っている。首元はグレイの襟巻をしていたが、店内の今は外されていた。柔らかそうな物腰の紳士だった。

 紳士の腰かける背の高いカウンターはガラス張りになっており、外の景色が見通せる。紳士は秋色に染まる外の景色に見入っている様子だ。

 その様子を伺いながら、逸夏はなんだか淋しそうだなと思った。

 逸夏は買ったドーナツの袋を破り一口かじった。スタンダードな形のドーナツは想像以上にしつこくなく美味しい。

「美味しい……」

 美味しいものを食べれは自然と表情がほころぶ。笑顔になってドーナッツを頬張る逸夏は紳士と目が合った。

 誰もいない店内だ。小さな声でも紳士の耳に声が届いたのだろう。

 目を合わせた紳士は、逸夏の様子を見てほほ笑んだ。そして、その周囲に大人がいないことに気付いて少しだけ笑みを曇らせた。

 もの問いた気な視線をこちらへ向けてくる。けれど、紳士は逸夏に問い掛けることはなかった。

 差し出がましいと思ったのだろうか。それとも、逸夏の様子を見て何かを察したのか。

 逸夏のいで立ちは生地の厚いグレーのワンピースに茶色の秋コートと言うもので、肩からは下げたショルダーバックのみ赤色ではあったが品良くまとまっている。見ようによっては高校生に見えるかもしれない。

 よく観察すれば高校生にしては顔が幼いと思うかもしれないが普通は得てしてそこまで判らないものだ。とくに初老を迎えるくらいの人間にとってはどちらもあまり変わらない。

 家出少女よろしく大荷物を持ち歩いているわけでもない。

 不躾にならないうちに逸夏から視線を逸らし、少し冷めて飲み頃になったカップの中身を飲んだ。

 視線が逸れたことにほっとして逸夏はドーナッツを頬張った。

 暖かな光の差す室内に穏やかな沈黙が落ちた。

 紳士と少女の立てる僅かな音と空調の音以外には聞こえてこない。新たに来店する客の姿も見えない。コンビ二の店員も事務所で仕事をしているのかその気配を察することもなかった。

 紳士は既に少女に興味を失ったかのようにこちらへ視線を投げてくることはなくなっていた。最初から紳士の方に向かって腰を下ろしていた逸夏のみが時折視線を紳士へ投げるのみだ。

 紳士の表情は少し硬い。その視線は窓の外へ視線をさ迷わせている。

 探しているのだと何故か思った。

 それに気付いた時、ふわりと風が吹いた気がした。

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