9.はちねんまえ
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―――八年前
「仏典等で『百獣の王』と呼ばれているが、ライオンはとても弱い生き物だ。見た目の珍しさからか各国の象徴にもなっているが、同時に狩られ、捕らえられ、絶滅した種もある。それを今になって悔やみ、動物園での飼育や保護区で監視している。父さんたちの仕事はそのライオンも含めた動物たちの保護だ」
「…知っているよ。僕はとてもすばらしい仕事だと思っている」
自身の仕事を語る父親の横で、その息子が無表情で応えた。
息子は今年、十三となる。
本来ならば母と共にアメリカに居るべき彼が、夢を見つけたい、父親の仕事を知りたいと訴え、このアフリカに来たのは二週間前だ。
そして、一週間前、彼はこの地で行方不明になった。
保護区の野生動物には当然、肉食動物も多い。
まだ子供であった彼の生存は絶望的だと思われていた。
しかし、息子は無事帰ってくる。無傷とは言えなかったが、大事になる怪我は無かった。ただし、服は血だらけで、彼の左目の瞳が赤く変色していたのには誰もが驚嘆した。
服に付いていた出血量の傷は当然見当たらず、左目の視力は落ちるどころか、上がっていたことが奇妙であった。
そして、彼の性格が一変した。
余程恐ろしい目にあったのか、死を覚悟したのか、否、一度死んで甦ったかのような達観さであった。大人になったと言うのが分かりやすいかもしれない。
その様な彼から、獣医師になり、父の仕事を手伝いたいと言われたのが、先日であった。
父は嬉しかったが、同時に、彼の将来を心配する。
『夢』ではなく、『未来』の方だ。
『夢』をみつけたいからと、この地に来た彼の、その『未来』が不明瞭なことが、こんなに怖いと感じたことは無かった。
行方不明の間に何があったのか。誰も問い質せる者は居ない。
「ケルムさん。ここから十マイル先で、複数の遺体が発見されたそうです」
息子の心配をしていた父――ケルムは、溜め息を吐いた。恐らく遺体は密猟者だろう。大型草食動物や肉食動物の返り討ちにあい、食い荒らされるのは珍しいことではなかった。犯罪者の末路としては一番悲惨かもしれない。
「分かった…当局に連絡し、私も向かおう」
ケルムが身支度を開始しようとしたところ、彼の息子が側に無言で佇んでいたため、声をかけた。
「? どうした?」
「もし、ライオンの毛皮があったら…僕に譲ってくれない?」
俯いたまま、絞り出した彼の声は重く、苦しいモノであった。そのような息子の肩に手を置き、ケルムはなるべく優しい声を出すように努める。
「密猟者たちの品のことを言っているのか? 悪いがそれは無理だな。当局に届け、適切に保管、処分されるだろう。私達が手を出せるものではない」
「治安当局が…腐敗していたら?」
「それでも、私たちは」
「駄目だ! 絶対に! 毛皮は受け継がれなくてはいけないんだ!」
突然変貌した彼に、父であるケルムは驚嘆した。興奮している息子を落ち着かせようと試みる。
「どういう意味だ? その毛皮は一体どういうモノなのだ?」
しかし、息子はケルムの手を叩くと、彼の枷から抜け出し、走りはじめた。
「どこへ行くんだ?!」
扉を開け、彼は風のように去ってしまった。あまりの速さにケルムは呆気にとられてしまい、追いかけることができない。直ぐに当局の人間が着たこともあり、彼は息子を放置して犠牲者の元へ向かった。
死因がわからない状態まで食い荒らされてしまった遺体は、恐らく三体。
息子が気にしていた、ライオンの毛皮は発見できなかった。
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※勉強不足です。勉強後、後日、加筆修正する可能性が高いです。