4.ごはん
獣人は、何を食べて生きるのか。
答えは、それぞれの道に合わせて彼らの食は変わる、だ。
獣であるならばその獣が消化・栄養吸収できる食物に限られ、その対象は他の獣にも及ぶ。今は仲良し小良しをしている者も、いつかは知らずに食べるのかもしれない。だからこそ、獣人の多くはヒトや半獣化の道を選び、野菜を中心に食べる。
必要なタンパク質は植物性を主とするが、それでも肉を摂りたい場合は、鳥類や爬虫類、魚類や昆虫などを食べることにしている。
獣人は――哺乳類に限られるためだ。
獣の道を歩んだ者もやはり、鶏肉を好む。もし、鳥やトカゲ、魚や虫ばかり食べる肉食動物を見かけることがあれば、それは獣人かもしれない。
この学校の食堂でもやはり、ヒトに近い食事が出されていた。獣からこの集落に入った肉食動物の者たちは、やはり肉を好む。鶏肉と鶏卵はいつも奪い合い、品薄状態だ。
「りざ、何が食べたい?」
「……鶏肉が…無い…」
とーま の質問に、りざ は明らかに落ち込んだ様子を見せて呟く。彼は苦笑しつつ、食堂の献立を確認しながら一つの料理を指差した。
「お麩があるよ? この料理おいしそう」
「へぇ、豆腐とかあんのか、親父の国みてえだな」
とーま の声に重なるように じゃっく も呟く。彼は、とーま の肩口から覗き込む形で顔を出していた。その瞬間、りざ の掌――通称ネコパンチが顔面にヒットする。
「ちかいっ!」
「な、何すんだお前っ」
顔を撫でながら じゃっく が反論するが、その様な彼を無視し、りざ は とーま が勧めてくれた料理を手にとり、進んでしまう。
「なんだあの女…」と悪態を吐き、じゃっく も早々に料理を選び、彼女の後を追っていく。
自分が知らない間に、親友は随分心を許す人を見つけたのだなと、とーま は微笑みながら二人の会計を済ませた。
食堂には、カウンター席とテーブル席に混じり、数点の円卓があった。円卓は食事が置き辛いため、獣人は余り好まないらしい。空席が目立つその円卓には四つの椅子が添えられている。三人はあえてその席を選んだ。
時計回りで りざ、とーま、じゃっく の順に座ると、各々選んだ料理を確認する。
りざ が選んだ料理は、とーま が勧めた料理だが、じゃっく の選んだ料理は意外なことにサラダであった。
「じゃっく、それだけで足りるの?」
当然、会計を済ませた時に、とーま は気がついていた。もし、自分に遠慮しているのだとしたら、申し訳ないと思ったのだ。
「足りる足りる。俺、親父の影響で菜食主義なんだ」
彼が豆腐を見て、実父のことを語ったのを とーま は思い出していた。改めて、じゃっく の姿を確認する。
乱雑に切られた漆黒の髪に、同じく黒くて大きなウサギ耳。その耳には銀色の輪がピアスとして付けられていた。肌質はモンゴロイドの東洋人を思い出す。彼の細められた瞳は深紅であった。
「お父さんって…」
「親父はヒトなんだ。日本人」
やはり、と思うのと同時に とーま と りざ の表情が曇る。
獣人の集落は基本、世界の辺境の地や、田舎、ジャングルの僻地に点在しているのだ。普通の生活――しかも日本に住んでいるのであれば、この様な不便な土地には来ないだろう。
つまり、じゃっく は影響を受ける程親密だった父親と、離れて暮らしていることになる。
「…それは寂しいね」
とーま が思わず呟いたところ、プチトマトを咥えたまま、じゃっく が首を傾げた。
「え? なんでだ? 片親がヒトって理由とどう繋がるんだソレ」
基本、両親ともに獣人であった場合、家族全員が集落に移り住むことになる。これは獣の道を歩んでいた場合でも同様だ。ヒトとして生きるか、獣として生きるか、はたまた両方を交互に生きるのか、子供に選択させるためだ。
逆に片親がヒトであった場合、そのヒトは単身生活になるのが普通だ。文化が異なるし、母国で手に職を持つ者も居る。長期間、他国へ移住するならば、相手が戻ってくるのを待っていた方が、費用も負担も遥かに少ないのは明白だ。
当然、じゃっく の家族もそうだと思うに決まっている。
「貴方、父親と離れて寂しくないの?」
「え… 借家に帰れば居るしな、そこまでガキじゃねえぞさすがに」
次はニンジンスティックを器用にポリポリと食べて答える じゃっく。まさにウサギの光景であったが、とーま も りざ も驚愕余り口が開いたままになっていた。
「嘘でしょ…ヒトが めぇるかい に住んでるの?」
「めぇるかい?」
「この集落のことだよ。『らい』って呼ぶ人の方が多いけどね」
りざ の言葉に、じゃっく は眉をひそめながら呟いたところ、とーま が捕捉してくれる。確かに、集落の長からそういった説明を受けたな、と 彼は思い出した。
「やっぱ変わってるのか、ヒトが一緒に住むのって…」
「うん。生活水準は低いし、食べられるモノも限られるから」
「でも水道も電気もあるし、インターネットも繋がってるだろ? 通販も届いてるみてーだし」
「それは割りと最近の話だね。ヒト社会で偉い地位についた獣人が増えたから、ライフラインとか整備される様になったんだ。予行練習にもなるし」
「それでも、ヒト社会との完全隔離が徹底されている…ヒトと交流できないのは辛いはずよ」
腕を組ながら、うーんと じゃっく は唸る。
あのお袋にベタ惚れで、子どもたちと離れたくないと泣き叫んだ女々しい男だ。そもそも、お袋と出会ったのも、日本の秋葉原というヲタク電気の街であったと聞く。
じゃっく の父親は生粋のヲタクで、ネット交流が主流であった。大好きなアニメーションも今の時代ではインターネットで見られるし、漫画も電子書籍や通信販売で手に入れて読むことができる。電気とインターネットが繋がれば、恐らく問題ないだろう。
「あ、でも狙った『同人誌』が手に入らないのは辛い、って言ってたな」
「「Dōjinshi?」」
じゃっく の父が、ウサギの獣人である母を容易に受け入れたのも、日本のサブカルチャーに精通していたからだ。けものなフレンドとかビーストなんちゃらとか、獣の擬人化を題材にした作品も多い。国とか艦艇や刀も擬人化するくらいだ。改めて、日本ってすごい変な国だと じゃっく は思う。
「でも、親父は幸せだと思うぜ。あんなお袋のどこに惚れたのは、未だにわっかんねーけど」
腕を解きながら、じゃっく がニカッっと笑った。その様子に安堵しながら、りざ と とーま は皿の料理に手を伸ばして微笑んだ。