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めぇるかい  作者: ふたみしへん
17/17

17.おこる

 

 各々、独自で集落に戻ったため、可愛い憤怒を見せる とーま を見たのは、翌日の朝であった。

 とーま は残り二日、休学することになっていたが、件の二人を捕らえるためにも、施設の前で待ち構えていたのだ。服は身に付けず、毛皮を纏っていることからもその想像は間違いない。

 短期間で三度目のあられもない彼の姿。慣れ始めている自分に、じゃっく は密かに驚嘆していた。


「もう! オレ、とっても驚いたんだからね!」


 とーま の開口一番が朝の挨拶では無かったからこそ、可愛いとはいえ、彼が本当に怒っていることがよく分かる。じゃっく はたじろぎ、りざ は視線を合わせなかった。

 これは一度話を逸らそうと、じゃっく は頭を掻きながら、とーま の元へと歩んだ。


「おはよ、とーま」


「えっ… あ、うん、おはよう」


 挨拶した途端、刺が抜けた様な表情に変わった とーま に、じゃっく は微笑み(ニヤケ)かけたが、相手に見えない自分の肉を摘まむ痛みでそれを堪える。彼をこれ以上、怒らせるわけにはいかないためだ。


「今日は、けるむ の所に行かなくて良いのか?」


 思えば、昨日も とーま は昼過ぎに向かっていた。もしかしたら、午前中は会わないことにしているのかもしれない。無意味な質問だったかと、じゃっく が考えたところ、とーま は「うん」と答えながら、説明までしてくれた。


「けるむ は午前中、近隣村の家畜の診察をしたりしてるからね。監視員の人たちと保護区を見回ることもあるし。オレは夕火の刻の少し前に行くことが多いかな」


「結構、多忙なんだなアイツ」


 だがそのおかげで、じゃっくたちも講義後だったというのに、とーま に追い付けたという事実がある。


 獣人の集落に隣接している某国は、世界的にも大規模な保護区を持つことで有名であり、その地域に生息する野生動物は政府の所有物だ。そのため、その国籍の獣医師しか野生動物に触れることはできない。

 けるむ が居る保護区は、その国のものではないが、恐らく似た状況なのだろう。彼は外国(アメリカ)人だからだ。


「って、ち・が・う!」


 区切られた音節に合わせ、とーま が両腕を上げ下げしながら訴えた。可愛い。


「オレ、怒ってるんだよっ?」


「わかってるわかってる。ごめんな、心配だったんだよ」


 素直に謝罪し、更にその理由が自分の不甲斐なさ故であると思った とーま は、即座に顔を曇らせ、小さくなる。


「オレってそんなに危なっかしい? 頼りない?」


 (マウントとられてたしな…)とは思っても、じゃっく は口にはしなかった。とーま が心配なのは事実であったが、真実を告げて彼が傷つくのは見たくない。

 彼は『弱い』わけではなく、『優し(あま)い』のだ。とーま への返答はソレに付随するものが正しいが、じゃっく は言葉が思い付かなかった。よって、またも話題を反らすしかない。


「――もうひとつ、俺も知りたかったんだよ、獣の世界を。ヒト社会に居た時は、動物園とサファリパークしか行ったこと無かったし」


 しかも、日本(ヽヽ)だ。先進国のひとつとされているが、日本は土地も無く、野生(ヽヽ)動物に興味が無いため、お金をかけない人々が管理することが殆どだ。実に杜撰で頼りない施設なのは火を見るよりも明らかである。行政に至っては、次年度の予算を得るため、今年度の予算を使いきる名目で、箱だけ作って後は放置。酷い話だ。


「動物園と…サファリパーク…」


 じゃっく の言葉に とーま が小さく呟いた。そして、「そう…」と続けて彼を見る。


「どうだった?」


「いやあ、獣の道を歩む自信が無くなったわ」


 率直な感想で、本心でもあった。ばつが悪そうな顔をした じゃっく に、とーま は完全に毒気を失ったのだろう。苦笑している。可愛い。


「…オレのお父さんもね、元々はヒト社会出身だったらしいよ?」


 だが、彼の発言は思ってもいないモノであった。


「だから、歩みたいと思えば、大丈夫じゃないかな。勿論、嫌なら別だけど」


 獣の道が嫌かと聞かれると、じゃっく には答えが分からない。ただ、とーま が歩むつもりなら、側に居たいと言う気持ちが強いのは嘘ではなかった。

 そう、じゃっく は『自分』の道を決めかねている。


「…りざ もそうだったの?」


 じゃっく が沈黙するのと同時に、とーま は りざ に問いかけていた。話の矛先が、突然自身に向いたことで、彼女は動揺しつつも今度は確りと見据えている。


「私は、けるむ を信用していなかっただけ。…でも、話してみて害意はないと、今は判断しているわ。彼も言っていたけど『会話』自体は大切なことなのね」


 りざ の言葉に、じゃっく は大いに同意した。彼と話したことは有意義であったのだ。ただし、りざ と違い じゃっく は、まだ彼を『害意あり』と見なしている。


「…けるむ が居る時期は、毎回 りざ が『観光』に来ていたから、ずっと けるむ、気になってたんだって。オレは初めて知ったけど… それは無くなりそう?」


 しかし、続けられた とーま の言葉は実に衝撃的であった。思わず りざ は赤面し、じゃっく は吹き出す。とーま にばれていなかったのは意外であったが、けるむ にばれていたのは更に意外であったのだろう。道理で、彼は自然と りざ に声をかけたわけだ。相手も見ず知らずの他人とは思っていなかったらしい。


「けるむ、『みんなにからわれていたから、原因が分かって良かった』って言ってたけど」


「か、からかわれていたってどういう意味?」


 とーま の言葉に、思わず りざ は問いかけていた。確かに『揶揄していた人物』と『理由』は、じゃっく ですらも気になる事案に相違ない。


「『恋人』とか『想われている』とか『ストーカー』とか…監視員の人たちに…」


「シメル…」


 彼女の低い声が響いた。怒っていた筈の とーま よりも恐い。しかし、彼らが抱いた誤解は当然の結果だと じゃっく は思った。

 過酷な環境で仕事をしている監視員。

 時折、独学のために外国から来る けるむ。

 その男が居る時にだけ、『観光』に来る美少女。

 いくら、男が多い環境でも浮世話に花が咲かないわけがないだろう。

 中には『自分が目当てか?』『横から攫うか』と考える輩も居そうであるし 、逆に本気で『実は犯罪者(ストーカー)で、けるむ の身が危ないのではないか』と彼の身を案じる人が出ても仕方ない。しかも彼の父親が現場に居るのだ。


「…りざ お前、とーま のこととかは建前で、本気で けるむ が好きってことは?」


「有るわけ無いでしょう」


 思わず確認をとった じゃっく の発言を、りざ は一蹴する。本当に気分が悪いのだろう、今に嘔吐するのではないか、と思えるほど歪な顔であった。


「オレも『ソレは無いと思うよ』って、けるむ には言ったんだけど…だって、りざ は じ」


「ソレも無いからっ!!」


 同じく とーま の発言も一蹴すると、りざ は顔を更に真っ赤にしながら、今度こそそっぽを向いてしまう。じゃっく と とーま は互いに首を傾げ、その様子に二人共笑ってしまった。しかし、次には とーま が締まった顔に戻り、そして二人に向き直って言う。


「…保護区に来てくれるのはとても嬉しい。でも、この間みたいな行動は野生動物の前では勿論、監視員さんの前では絶対にしないでね。オレの所為だったのなら尚更…何かあった時、オレが一番恐いから」


 その想いが余りにも正しく、重く、真剣だったため、じゃっく は勿論、りざ も初めて謝罪の言葉を口にした。表情や態度からも本当に反省しているのが分かる。


「ごめんなさい…」


「ううん、オレも偉そうなこと言ってごめんね。元はと言えばオレがいけないんだし」


 苦笑する とーま を見て、更に じゃっく と りざ は頭を深々と下げた。



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