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めぇるかい  作者: ふたみしへん
16/17

16.きれい


 フェンスの中から りざ に声をかけられ、とーま は近くに寄ってきた。彼女が口許で片手を立て、顔を近づけてくる。(内緒話かな?)と思い、とーま は耳を りざ の顔にそっと近づけた。彼女の声は思っていたよりは大きな声であった。


「この建物の北側、一部の窓を内側から塞いで死角をつくったから、その場所に移動して。移動したら、ヒト化してフェンスを飛び越えて中へ。できるわね?」


 とーま は目を見開き、慌てて首を振る。できないのではなく、してはいけないのだと、示していた。


「けるむ が貴方の言葉を聞きたいそうよ。不安だって」


 『不安』の意味は告げず、ただし強調して りざ は言う。とーま は未だ迷っているようだったが、大きく頷くと、北側へと回り込むため、走っていった。



 回り込んだ とーま が建物を確認する。北側にあった大きな窓が、大きな家具で内側から塞がれており、中の様子を伺うことができなくなっていた。

 家具は、ヒトの大人三名程で動かせるかも怪しい質量だと思われるが、恐らく じゃっく と りざ(獣人) が動かしたのだろう理解する。

 とーま は辺りを見回すと、一呼吸吐き、そして大地に肉体()を返還した。直後、姿がヒトに変化し、獣の毛皮だけがその身に残る。

 とーま はその毛皮を落とさないように掴むと、肩に斜め掛けをした。この掛け方で前方と後方は隠すことができるが、直ぐにずり落ちてきてしまう。腰を縛る紐があればな、と嘆きつつ、とーま は毛皮を支えたまま、高さ十フィートはあるフェンスを飛び越えた。


 着地とほぼ同時に、ヒトに声をかけられたので、慌てて とーま は建物を背に――フェンスの方へ向き直してしゃがみこむ。

 勿論、声の主は分かっていた。


「とーま」


 けるむ である。

 言葉が聞きたいとは聞いていたが、まさかヒトの姿で直接会うことになるとは思ってもいなかった。とーま は動揺と羞恥で、顔を真っ赤にしながら震えていた。

 とーま の様子に けるむ は戸惑いと共に諦めの気持ちが湧いてくる。あの日から八年間、この関係を壊したくなくて、平穏を望んでいたのだ。

 平穏とは――停止のことだ。

 発展もしないし、変化も進化もない。

 とーま が幸せなら、このままでも良いならばと、遠慮していたのは自分だったのだ。

 不安であるのは自分だけなのだ。

 それを、思い知るのが恐いため、訴えられなかった。


 この八年という期間。


「とーま…、僕はあの日からずっと、君とまた会話がしたいと思ってきた。あの日の僕を君は恐れていて…僕は無責任にも、あんたいへるま へ君を預けた。僕を恨んでいるのは当然だ。『使命』を全うするために…獣の道を歩む決意があるというなら、それでも…最期でも良い。ヒトの姿で声を聞かせて欲しいんだ」


 けるむ の捨身の言葉に、とーま は心底驚き、慌てて立ち上がって振り替える。声を上げていた。


「オレが、けるむ を怖がったり、恨んだりするわけないじゃないか! けるむ は恩人だし、優しいし、誰よりも大好きだよ!」


 日が傾き、建物の影は伸びていたが、フェンス近くに立つ とーま には届いていない。

 日光は、とーま の姿を良く映し、その裸体を照らしていた。肩から掛けるライオンの毛皮は、一際黄金色に輝き、彼の父親が護っているのだと認識する。


 そうだ。

 八年前、出会った時も、けるむ は同じことを思ったのだ。


「綺麗だ」


 呟いていた自身に驚き、けるむ はばつが悪そうな顔をして、口を手で塞いだ。彼の必死の答えに関係の無い発言であったと、自覚せざるを得ない。

 しかし、けるむ の発言は、とーま には届いていないようであった。首を傾げ、不安そうに けるむ を見つめ、返答を待っている。


「…では、なぜ獣の姿のみで…」


「そ、それは…」


 けるむ の答えに、とーま は我に返ったのか、慌ててその身を隠した。距離と毛皮で、けるむ は本当に彼を視覚で捉えることができなくなる。その状態でしばらく時が経つと、とーま が威を決したように声を上げた。


「けるむ の国の言葉を完璧に覚えてから、ヒトの姿で会うって願掛けして…覚えた頃には、『ヒト社会では、ヒトは服を身に付けるモノだ』って習って…。オレ、服は支給された施設の制服しか持ってないんだ! も、もちろん、集落で服は売ってるよ? でもどれが良いのか、正しいのか、けるむ に会っても平気なのか分からなくて…そんなこんなしてたら、次は声が…変わっちゃって。けるむ の声はこんなに綺麗で優しい低音なのに、オレの声音は中途半端で……その、だから、色々恥ずかしくって! まさか けるむ が不安に思ってたなんて! 全然気がつかないなんて! ごめんなさい!!」


 謝罪の言葉で締め括られ、けるむ は驚嘆のあまり制止してしまう。

 自分が思い悩んでいたことが、全くの検討違いであったからだ。

 当然、焦りも怒りも苛立ちもそこには存在し得ない。だが、とーま の想いは真剣だと、けるむ は感じた気がした(ヽヽヽヽ)。やはり、言葉は、少なくとも自分に必要であったと、彼は思う。

 さて、この場合の返答は、どうするべきなのだろうか。


「君の声は、綺麗だと僕は思う」


「そそそそんなことないよっ」


「…とーま、自分の声は自分で聞くのと、他人が聞くのとでは大分異なって聞こえるんだ。君の声は問題ない」


「…そ、そうなの?」


「ああ。自信をもって良い。僕が保証する」


 説得しているように見えるやり取りだが、けるむ は至って本心を告げている。先に じゃっく達と、会話のことで話をしていたからか、すんなりと けるむ は口にできていた。とーま も徐々に顔を上げ、立ち上がろうか悩んでいる様子だ。


「それと服の件だが、僕が君の服を見繕って贈っても良いだろうか」


「え…良いの?」


 思わぬ提案に、とーま は瞳を輝かせる。けるむ が選んだ服ならば、間違いないはずだからだ。これで とーま が気にしていた『声』と『服』の問題は解決することになる。


「とーま…時々でも良い。また、ヒトの姿で会ってもらえるか?」


 そう願い出た けるむ の表情が、随分幼く見える。久しくこのような顔を、とーま は見ていなかった。八年前のあの日、彼は とーま よりも高く、遠い所に行ったと思っていたが、それは欺瞞であった様だ。


「うん。オレもずっと けるむ と、この姿でお話したかった。だから嬉しい。…あ、最後に…もう一つ。オレの喋り方、変じゃない?」


「全く支障無い。僕も気づかなくてすまなかった。ありがとう、とーま。僕の我儘に付き合ってくれて」


 けるむ の感謝の言葉に、とーま は目を見開く。


 なぜ、確りと けるむ の国の言葉を覚えたかったのか――その目的を思い出したからだ。


 八年間前のあの日、とーま は言わなくてはいけなかったのだ。けるむ が『不安』を感じる原因であったのだから。

 ヒトの姿で、言語で、言うべき言葉があった。

 己の愚かさに、彼は涙を流していた。


「! とーま!? どうしたんだ」


 とーま の様子に けるむ は慌て、思わず歩み寄る。一瞬、とーま が距離を置き、逃げてしまうのでは無いかと不安になるが、それは杞憂であった。

 とーま は立ち上がると、けるむ に駆け寄り、その体に抱きつく。そして、濡れた瞳のまま、最高の笑顔で 彼の顔を見上げて言った。


「けるむ、オレを助けてくれて、護ってくれて……ありがとう。ありがとうっ」


 その言葉に けるむ は安堵の笑みを向けると、とーま を抱き締め返し、その頭を撫でる。



***



「かんっぜんに…敵に塩おくった……」


「塩?」


 窓を塞いでいる家具――食器棚にもたれながら、じゃっく が嘆くように呟き、その横で りざ が首を傾げた。

 彼らは室内で待機していたが、並外れた聴力を持っているため、けるむ と とーま の会話は筒抜けである。じゃっく に至っては、とーま の可愛い主張と、見えた裸体に狼狽えていたが、心境は複雑だ。

 もう、あいつらカップルのソレじゃん。


「でも認識を改めないと…てっきり、とーま は受け継ぐことに悩んでいると、私も思っていたから…」


「その『受け継ぐ』って何なんだよ」


 少なくとも りざ が覚えてこい、と渡した項目には無かったと じゃっく は認識している。


「…昔話の きまいら は最期にどうなったと思う?」


「んだよ突然」


 質問を質問で返されて、じゃっく は不満な顔をするが、彼女の問いに素直に答えた。悩む必要はない。


「…死んだだろ。生命の終着点だ」


 実にあっさりとした答えに、りざ は苦笑すると「ええ」と応えて続けた。


「でも、きまいら は 成し遂げなくてはならない『使命』があったの。きまいら の命の期限ではソレが叶わないことも知っていた。だから、次世代に託すしか無かった…」


「まさか」


 ここまで示唆されれば、じゃっく でなくともさすがに気がつく。


「きまいら が撰んだ最期の姿は『ライオン(ネメア)』。子を持たなかった彼は、毛皮が無いと変化できないライオンの獣人に『使命』を伝え、その身を捧げた」


「勝手じゃねえか」


 悪態をついた じゃっく に、「そうね…」と彼女は同意した。


「でも、その『使命』と『毛皮』を受け継いだ獣人たちは、誰一人放棄しなかった。だから『とーま』が存在るの」


 しかし、締められた言葉は重く、じゃっく にのし掛かる。あんなに可愛い生き物に出会えた奇跡は、長い軌跡の賜物なのか、と。


「じゃっく、『めぇるかい』ってどういう意味か、疑問に思っていたわよね」


「あ、ああ」


 獣人の集落を呼ぶ複数ある名称の一つ『めぇるかい』。別称の『あんたいへるま』は『アンチ ヘルメス』の意味であり、『ヘルメス』とは『あるじ』のことである…と、途切れた会話で けるむ が説明していた。

 今になってなぜその話題を振り返すのかと、訝しげな表情の じゃっく に、りざ は更に笑いながら答える。


「私も『かい』は分からないのだけど…。『めぇる』は『きまいら』の名前よ。ネコの獣人も『使命』の大雑把な内容は語り継いできたから……失念しないように『めぇるかい』と集落を呼ぶの」


 どこか遠くを見るような目で彼女は言った。

 その表情から『使命』の内容の深刻さを察し、逆にそれ以上のことを、じゃっく は尋ねられなかった。


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