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めぇるかい  作者: ふたみしへん
12/17

12.くろー

「あの野郎が… けるむ…」


「…少しは落ち着きなさい」


「いやあ、とーま は愛されてるねぇ」


 観光用の四輪駆動車(サファリカー)に乗車している りざ と じゃっく に運転手が声をかけてきた。サングラスを身に付けているため、表情が読み取り辛いが、笑顔の様だ。


「毎回、すみません。くろーさん」


 りざ が 後部座席から運転席側へ身を乗り出し謝罪する。くろー と呼ばれた運転手は「上司のお世話や運搬よりずっと楽だから大歓迎だよ」と声を上げて笑った。


 『くろー』は、獣人の集落の長 あぴす の補佐を行っている男性だ。

 コウモリの獣人で、常にヒトの姿を心がけ、少し変わった背広を身に付けている。彼の上着、シャツ共に剣ボロの長さが脇の手前まであるのだ。これは、万が一半獣になった時に、腕に皮膜が生えるため、ソレを避けるためであると説明された。

 獣人の獣は哺乳類に限られており、コウモリはその中でも唯一、飛翔できる種となっている。そのため、伝書鳩のように小さな便りならば、運搬に使われることが多い。たとえ、集落に住んでいなくても、野性のコウモリに文を括りつけられれば、その集団生活内に獣人が混じっている場合、回収して届け先に運ぶこともある。

 流石にコレは…と、近々この運搬はしないよう、通達するべきとの声もあった。


 その流れからか、ヒト化・半獣化の道へ進むコウモリの獣人は多く、率先してヒト社会の風習に倣うものも多い。くろー もその家系だ。ヒト化も背広も抵抗は無いし、車の運転だって吝かではない。


「でも、そろそろ見守る手段を変えないとだね…流石に りざ は『観光』し過ぎだから」


「は、はい…」


 縮こまりながら りざ が返答した。自覚はあるらしい。

 ここはアフリカ大陸の東南の方に位置している。

 先住民や現地のヒトはネグロイドとカポイドが多い中、コーカソイドな見た目の りざ は一際目立つ。北に住む人や欧米人が観光に来ていると主張できなくもないが、それだけ裕福な人間だと思われれば、犯罪に巻き込まれる可能性も高くなる。

 勿論、りざ を組み伏せられる一般人(ヒト)など皆無であろうが、事件を起こせば、正体および、獣人の集落を知られる危険性も上がるのだ。


「管理運営局で働く…とか、それこそ けるむくん みたいに留学や研修生として入り込むしかないけど。けるむくん が居る時だけだと、もっと怪しいか」


 提案を自身で棄却し、くろー が笑う。彼の様子に じゃっく が口を挟んだ。


「あんた、あの野郎の知り合いなのか?」


「彼のお父さんとはよく話すよ? ロッジの仕入れは、私が担当しているからね」


 横暴な じゃっく の対応に、くろー は気にする様子も無く応えるが、りざ が じゃっく の頬を無言でつねる。気持ちが良い程、頬が伸びているが、じゃっく は痛みを感じていない様であった。


「あゆふわしんひょうでふぃるのふぁ?」


「ちょっと、何言ってるのかわからないよ」


 そのまま喋り始めた じゃっく の言葉に、思わず くろー が笑い出すと、途端、大人げない自身が恥ずかしくなった りざ が手を離す。不貞腐れた様にそっぽを向くと、彼女は とーまたち の方へ視線を戻した。


「あいつは信用できるのか、つったの」


「ああ、ふふ…、そうだねぇ…獣としては信用できると思っているよ」


「なんだソレ」


「彼は、獣医師を目指していて、最終的にはこの保護区で働きたいらしい」


「げ」


 思わず じゃっく が声を上げた。ライバル()は居ない方が良いに決まっている。最終的にこの地に居座る気だというなら、『憧れている』とーま は毎日ここに来ることになってしまう。――つまり、獣の道を歩むということか。

 その考えに至った瞬間、じゃっく はとてつもない衝撃を受けた。

 もし、とーま が(ライオン)の道を歩むならば、その場に『(ウサギ)』の自身が存在できるとは思えなかったからだ。たとえ、アフリカにノウサギが生息しているとしてもだ。


「うぁああ……マジかぁ…」


 柄にもなく落ち込みはじめた じゃっく に、りざ は目もくれず、独り言のように呟き始めた。


「とーま は迷っている。だから けるむ の前では『獣』を徹底しているんだと思うわ。彼は…受け継がなくてはならないから」


「受け継ぐ?」


 彼女は独り言を貫くらしい。じゃっく の問いには答えなかった。ただし、代わりに くろー が応えてくれる。


「受け継ぐねぇ… 私も『くろー』の名を借り受けた以上、そうなるのかなぁ」


「え? どういう意味だ?」


 彼の言葉に食いついた じゃっく に、幸いにと くろー が話を進めた。


「じゃっく は、ヒト社会出身だからピンと来ないかもね。獣人は道を決めるまでの間、仮の名前で生活するんだ。獣の道を歩む者は基本、親に名前を返却する。ヒト・半獣で生きる者は、ヒトとしての名義を新規、もしくは仮名を捩って用意して貰って生きていくんだよ。私と長はその例外なんだけど」


 じゃっく は生まれた時から、Jack(ジャック)であった。日本に済んでいた時も同じだったので、ハーフとして同級生に揶揄された。何より、耳のピアスには『J』と彫られている。このピアス自体、個別認識票として無理やり母親に空けられて付けられたモノであった。仮名だったのなら、日本人らしい名前するか、認識票は付けないで欲しかったと、じゃっく は怒りがわいてくる。

 だが、今は くろー の言った『例外』への興味が勝っていた。


「例外って?」


「男女関係なく、ウシの長は歴代 あぴす と名乗り、その補佐がコウモリならば くろー と名乗ることになっているんだ。獣人たちが分かりやすいようにね。あ、勿論、ウシ、コウモリ以外になれば、名前は変わるから、それも判断材料だね」


 「へー」と思わず じゃっく は感嘆の声を上げた。ヒト社会でいうところの、○○○X世みたいなモノなのだろうと理解する。


「いやー、でも 『くろー』はないわー。今は補佐をしてるけど、誰か代わりを見つけたら、私はさっさと辞めてヒト社会に行くよ。『アルフォンス』とか『アルフレッド』って名前を貰って、『アル』って愛称で呼ばれるのが夢なんだー」


「変わった夢だな…」


 うっとりとした声で、くろー が語り、思わず じゃっく が突っ込みを入れる。名前ひとつで嬉々揚々とする姿は、奇妙ではあったが、共感できなくはない。俺は何にしよう…と考えていることからも、じゃっく はヒト社会に戻る意志があるのだと、自覚せざるを得なかった。


「私は歴代の『くろー』と比べれば、随分陽気な性格らしいからね。今までの『くろー』はクールで怖い怖い。あ、でも仕事はできるから安心してね」


 暢気の間違いじゃないかと、じゃっく は思ったが、りざ の無言の肘鉄を食らったので、言葉を飲み込む。なんだこの女、会話には入らないが、ちゃっかり聞いてんじゃねーか。


「ん? あのさ、けるむ ってヒトだよな?」


「突然何? 初めに言っていたじゃない」


 りざ の意識がこちらにあることを踏まえ、くろー の話からずっと気になっていたことを、じゃっく は言うことにしたのだ。


「親父も『けるむ』なのか? ってことは、某インディアナ教授みたいに、『ジュニア』ってこと?」


「あははは、よく知ってるね、じゃっく」


 横で首を傾げる りざ の前で、くろー が笑いながら応える。


「でも半分外れかなー。『ケルム』は姓だよ。私がお世話になってるケルムさんの名前は、レミエル・ケルム。ただ、息子さんの名前は私も知らないんだ。ケルムさん…あ、レミエルさんね。は確かに彼を『息子(ジュニア)』って呼んでるけど。周りで一緒に働いてる人たちも知らないようだから、同名なのか、敢えて伏せてるのか、大いなる謎だね」


 けるむ はアメリカに住んでいると、とーま は言っていたので、父親と同名の可能性はある。しかし、しっくりこないのは、けるむ が とーま にすら、名前を名乗っていないということだ。否、もしかしたら、他言しないよう言われているだけかも知れない。


「…気に入らねぇ」


「私たちだって同じようなモノじゃない」


 思わず悪態を吐いた じゃっく に反して、りざ が応えた言葉は、正に目から鱗であった。そう、自分たちの名前は『借りモノ』で、正体も伏せている。けるむ のことを悪く言える訳がない。同時に、だから とーま も現状に満足しているのかと思い直す。

 互いに秘密があり、それを享受するということは、信頼しあっている証だ。


「敵わねえな…」


「はじめから勝負になってないわ」


 じゃっく の嘆きに、りざ が鋭い突っ込みを返していた。



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