カイエンと黒瀬ヒカリ(4)
お手洗いを済ませて、ショーツを穿く。
下着まで女物なのは、結の教えだ。
緊張感がなくなると、何がきっかけでボロが出るか分からないからだ。
用を足す場合は、小であっても便座は絶対にあげない。
座ってするのだ。
黒瀬ヒカリがまさか“男”と勘繰られる事も避けなければならない。
唯一、無防備になるが一般的に緊張が解けるであろうトイレの中でさえ、緊張感を保たなければならない。
こんな状況に呆れつつも諦めているヒカリ。
これが自分の選んだ道なのだから、、、。
そして手を洗いながら思う。
半分、妹の結のせいでもあるが、、と。
それにしても無駄に広いお手洗いだ。
洗面所と化粧台が併設されていて、割と使いやすいデザインではある。
出口とは別に扉があって、開けて覗いてみるとバスルームの脱衣場に繋がっていた。
まだ足元がフラフラして頭痛も酷い。
立っているのが辛くなって半ば倒れるように、ヒカリは床に座り込んでしまう。
思ったより大きい音がした。
壁に肩をぶつけてしまったからだ。
心配したのか扉の向こうからカイエンが話しかけてきた。
「大丈夫ですか?!」
ヒカリは心配かけないように返事をする。
「だ、大丈夫です」
「すこしフラついただけで、、」
思った以上に弱々しい声に自分でも驚くヒカリ。
心配を助長してしまったらしくカイエンは慌てた声で、
「開けますよ?」
「いいですね?」
ヒカリが小さな声で「はい」と呟くと、間髪入れずに扉がひらいた。
カイエンは無駄に広い洗面所の床にしゃがみ込むヒカリを見て
「大丈夫そうには全然見えませんよ」
そしてカイエンは溜息をつきつつヒカリの傍に屈み込む。
「また失礼しますね」
そのまま有無を言わさずカイエンはヒカリを抱きあげた。
体調が悪いのもあるが、すでに諦めきったヒカリはカイエンの成すがままである。
ヒカリは率直に素直な疑問が浮かぶ。
自分は重く無いのだろうか?、と。
一応見た目はこんなだが、男であるからして軽い訳ないよなと思ったのだ。
だから無意識に口から、
「私、重くないですか?」
と呟くように言ってしまうヒカリ。
そして我に返りヒカリは、変な事を言ってしまったなと顔を見て赤くしてモジモジする。
その仕草が思いの外可愛らしくカイエンの目に映る。
カイエンは、ヒカリから目を逸らすと顔を真っ赤にした。
咳払いをしたカイエンは、
「貴方は何というか、、急にそんな可愛らしい仕草をする時がある、、」
「それも全くあざとく無いのが困った所だ」
不思議そうにカイエンを見つめるヒカリ。
カイエンは、ヒカリを運びながら照れているのか目を合わさずに、
「先程の質問ですが、」
「全然ですよ」
「逆に軽過ぎるくらいだ」
そしてカイエンはベットにヒカリを降ろすと、
「ちゃんと食べてらっしゃいますか?」
ヒカリはベットに横になると苦笑するように、
「色々夢中になると食事する事を忘れがち、、ですね」
カイエンは、横になったヒカリと向き合うようにソファーに腰をかける。
「それだけ集中力が凄いと言う事でしょうが、」
「食べないとダメですよ!」
「健康にも、それに美容にも悪いですから」
ヒカリは、なにやら怒られているような気がした。
それで少し冷静になり、本来の目的を思い出す。
「ところで、そろそろ本題に入りませんか?」
申し訳なさそうにカイエンは、
「そうでしたね、、」
「え~と、、」
「今、AOで高Lvプレイヤーのみを狙った辻斬りの情報です」
とヒカリは、イラっとしたので強い語調で言ってしまう。
カイエンは特に気にした風もなく、思い出している素振りで、
「ふむ、確かキャラ名はunknownでしたね」
「私の知る情報としては、その辻斬りと言うより、」
「不正ツール、不正改造のキャラの出所と言ったところでしょうか」
目を見張るヒカリは、
「それって殆ど核心に迫ってませんか?」
カイエンはニヤついた表情で、近くのテーブルにあった水差しとコップを手に取る。
「どうでしょうねぇ」
そしてコップに水を注ぎながら、
「上手くすれば辻斬りチーターに行き着く可能性はあるかもしれませんね」
水の入ったコップを持ってヒカリの傍までカイエンが来る。
それを優しくヒカリに差し出した。
ヒカリはベットから半身を起こすと、カイエンからそれを受け取る。
カイエンは続けて、
「悪酔いは、脱水症状の証拠です」
「水分を摂れば楽になりますよ」
コップの水を一口含み、ヒカリは口の中を少しだけ潤した。
「で、誰なんですか?」
誰とは、その不正ツールをunknownに渡した、もしくは作った張本人の事だ。
それを理解しているカイエンは、答える。
「元AOのプログラマーで、根幹のシステムデザインに携わっていた人物、、、」
「前原正美ですね」
ヒカリはその名前を脳裏で反芻するが、記憶になかった。
そんなヒカリを見てカイエンは解説するように、
「AOのサービスから半年程で、アイオーンエレクトロニクスを辞めています」
「凄腕のエンジニアでしたが、どうも会社の上層と揉めたようですね」
ヒカリは訝し気に、
「その前原氏がAOに対して含むところが有って、」
「辻斬りが使っている不正ツールや不正キャラを作ったと言う事ですか?」
とぼけた様子でカイエンは答える。
「正確な理由は分かりません」
「ですが、あれだけの不正ツールを作れるのは前原正美だけでしょうね」
ヒカリはチビチビとコップの水を飲みながら、思案する。
前原正美とやらが九分九厘出所だと決まったとしても解決には程遠い気がした。
「成程、、、今はどうしているんでしょうか?」
「前原正美は今、フリーランスだったはずです」
「噂では中国の大手ゲーム制作会社にスカウトされたとか」
「まぁ、所在も正確なところは不明ですね」
とあっさりカイエンは語る。
がっかりするヒカリ。
「前原氏からunknownに行き着くのは難しそうですね、、」
カイエンは顎に手をやって考える様に
「そうですねぇ、、、」
「そうなると直に不正を行っているプレイヤーの特定になりますが、、」
「国の許可を得ていない未登録のサーバーを経由している恐れがあるので、不可能でしょうね」
「アクセスポイントの割り出しが出来ませんから」
ヒカリは深い溜息をつく。
『私がわざわざオフ会までして、悪酔いまでさせられて、、』
『お姫様抱っこまでされて、しかも徒労って、、、、』
しょんぼりしているヒカリを見てカイエンは、提案するように語り掛ける。
「unknownのプレイヤーと前原正美、、、」
「両者は何か共通の目的の為に、共謀している可能性があります」
そしてカイエンはヒカリに微笑むと、
「何を企んでいるのか分かれば、意外と簡単にunknownを特定出来るかもしれませんよ」
「その為にもボロを出すまで待つか、、、」
「ボロを出させるか、、ですか」とヒカリは呼応する。
ヒカリの空になったコップを受け取ろうとカイエンは手を差し出すと、
「私が今話せるのはここまでですね」
「また何か分かりましたら、お知らせしますよ」
コップをカイエンに手渡し頷くヒカリ。
「分かりました」
そしてヒカリはとぼけた様子で、
「でも貸しとか思わないでくださいね!」
ヒカリは指折って数えるように、
「悪酔いさせられるわ、、」
「酔い潰れたところを部屋まで連れ込まれるわ、、」
「しかもお姫様抱っこまでされるわで、、、」
カイエンはすごく慌てた様子で、わざとらしく、
「はわわわ、、、」
その後、部屋に二人の笑い声が響くのであった。




