カイエンと黒瀬ヒカリ(1)
夜の帳が下りて一時間程たったころ、黒瀬ヒカリは不機嫌な表情でタクシーに乗っていた。
カイエンとの夜会が急遽決まったため、ヒカリは慌てて準備をして今に至ったからだ。
ヒカリは、結がコーデネートした黒いオープンバックドレスを身に纏っていた。
背中が大胆に開いたもので、ハッキリ言って前しか隠れていない。
全体的なシルエットはAラインで、膝丈未満のスカートがヒカリの美しい脚を露わにする。
靴はドレスに合わせて黒のヒールを選んだ。
そしてアクセントになる赤いポーチと、同じく赤いロングカーディガンを着ずに持ち歩く。
これはTPOを考慮して、露出の有るドレスをカバーする為だ。
ドレスを着るのを渋ったヒカリであったが、結が頑なに譲らなかった。
男とディナーと言うのだから、セクシーなドレスで相手を悩殺だ!と、息巻く結なのだからヒカリは堪ったものでは無い。
自分は見た目は完全に女でも、中身が男なのだから、、。
そんなヒカリが男性にモテたところで全く得は無く、しかも実際モテてしまうのだから問題は深刻である。
はぁ、と力無くヒカリは溜息をついて窓から外を眺める。
ここは都心部のオフィス街だ。
高層ビルが建ち並ぶその無機質な雰囲気と、帰宅中のサラリーマン達が歩む後ろ姿が妙にマッチしていて、哀愁が滲む。
皆くたびれて帰宅して行くなか、ヒカリはこれからくたびれに行くのだから溜息も出ると言うものだ。
しかも高級ホテルにある星付きレストランらしい。
肩苦しいのは嫌だなぁとヒカリは呟く。
ヒカリが半ば現実逃避してボーっとしていると、タクシーが停車して運転手が到着を告げる。
我に帰ったヒカリは、慌ててQRコード決済する為にスマホをポーチから取り出す。
そして運転手から差し出されたQRコードのプレートにスマホをかざして素早く支払いを済ませた。
「ご利用ありがとうございます」
「便利な世の中になりましたねぇ」
と、年配の男性運転手が笑顔でヒカリに話しかける。
ヒカリは当たり障りなく
「ですね」
「少し前までは現金でしたのに」
会釈してヒカリはタクシーから降りた。
コウの時よりも黒瀬ヒカリの時の方が、明らかに他人に話しかけられてしまう。
ナンパのように声をかけられる事は殆ど無い。
だが色々な場面で場を共有した場合、礼儀をわきまえた上で話しかけられる事が後を絶たない。
例えばイベントのスポンサーの偉い人とか、。
どこぞの大企業のパーティーに招待された時、やはり偉い人が、。
まぁ挙げればキリがない。
年齢もご年配の社長クラスから、ベンチャー企業の社長クラスの若手まで様々である。
中にはパトロンになるから仲良くしよう的な方もいたりして、対応が大変だ。
社交界で大企業の社長令嬢達が、こんな事を淡々とこなすかと思うと感心するばかりである。
そんな事を思いながら高級ホテルの立派な入り口をくぐるヒカリ。
エントランスは、華美過ぎず品の良い高級感で構成されており、ここを利用する人間のランクを物語っていた。
ヒカリが見渡すと、1人掛けのソファーに座るカイエンと目が合った。
そしてカイエンは笑顔で立ち上がると、小走りにヒカリの元へやって来る。
カイエンは軽くヒカリに会釈すると、
「こんばんは、黒瀬さん」
「時間ぴったりですね」
にっこり笑顔で対応するヒカリは、
「こんばんは」
「間に合うか心配でしたが、お待たせさせずに済みましたね」
それを聞いたカイエンは、片手を小さく横に振って、
「いえいえ、黒瀬さんお相手ならいくらでも待たせていただきますよ!」
キモい事言うなよ、、とヒカリは内心で呟いてしまう。
顔に出てなければいいが、、。
そしてカイエンは、ヒカリを上から下まで眺めると、
「それにしても、今夜の黒瀬さんは素晴らしく艶やかですね」
「イベントなどで見かける時も美しい出で立ちですが、」
「やはりこう言ったドレス姿もよくお似合いです」
ヒカリは呆れそうになるが、グッと堪えて笑顔で、
「ありがとうございます」
腹の中では、
『よくもまぁスラスラと言葉が出るもんだ』
と呆れを越して感心していた。
カイエンがヒカリに寄り添うよう傍に来た。
そして優しくヒカリの腰に手を回す。
空いた方の手はヒカリを導くように、柔らかく前へ差し出していた。
「さぁ参りましょうか」
腰に回されたカイエンの手が、ヒカリの露出した背中に触れて声が漏れそうになる。
本来なら男に触られたら嫌なものだが、今のは不思議と嫌な気がしなかった。
何故だろう。
自分がおかしくなってしまったのか心配になる。
でもストレスの項目が減るに越した事は無いのは確かだ。
そう己を騙しつつ、カイエンにエスコートされヒカリはエレベーターに乗り込んだ。




