啖呵と失意
寝起きで頭がボーっとしていたので、ヒカリと弥生は仲良く二人でシャワーを浴びる事にした。
スッキリしてバスルームから脱衣所へ。
そしてお互いに体をバスタオルで拭きあいっこする。
ヒカリは恥ずかしくてまだ慣れない。
弥生の方は多分恥ずかしい筈だが、嬉しさと楽しさが勝っているようで平気そうだ。
相変わらずヒカリに女物の着替えと下着を用意する弥生。
もう慣れた、、と言うか諦めた。
今回も黒のワンピースだが、前回とはデザインが随分違った。
ノースリーブの膝丈で、とてもシンプルでくつろぎやすい物だ。
弥生は下着姿に白のロングTシャツ。
相変わらず脚を露出して何だか扇情的だ、。
そして結がヒカリに世話するように、弥生も色々お風呂上がりの手入れをしてくれた。
ふと気になったので弥生に訊いてみる。
「妹の結もなんだけど、、」
「私の世話ばかり焼いてくるのよね、、、」
「手入れとか、服とか」
弥生は楽しそうにヒカリの髪の毛をドライヤーで乾かしながら言った。
「あ〜、それ分かる!」
「ヒカリさん見てたら色々してあげたり、着飾ってあげたりしたくなるのよね」
不思議そうにヒカリは鏡ごしに弥生を見る。
「え? そうなの?」
「そんなに私、、頼りない?」
「自分の事くらい一人で出来るよ」
苦笑する弥生は、ドライヤーの電源を切るとブラシを手に取った。
「そうじゃなくて、、」
「何て言うかな、、う〜ん、、あっ、、そう、、」
何か思いついたように一言。
「超高級な着せ替え人形みたいな?」
怪訝そうに呟くヒカリ。
「何で疑問文?」
ヒカリの銀に近い白い髪に、弥生はブラシを通す。
「まぁ良いじゃない!」
「私がしたいから、してるだけなんだし」
少し小悪魔的な笑みを弥生は浮かべた。
「それに、、」
「この世と思えない美と言うか」
「儚げで壊れそうで、、守ってあげたいって気持ちと、、」
「そんなヒカリさんをメチャメチャにしたい衝動に駆られちゃうの!」
弥生の意外な言葉にビックリするヒカリ。
そして少し落ち込むようにヒカリは俯いた。
「私って他人からそんな風に見えてるのか、、」
弥生は励ますようにヒカリの頬にキスをする。
「大丈夫だよ〜」
「そんな風に感じて見てるのは、本当に身近な人だけだと思う」
ヒカリは弥生にリビングまで手を引かれる。
ソファーに座らされると、弥生に化粧水やボディークリームやら塗られた。
よもや私を触りたいだけなんでは?、と思うほど身体を入念に手入れされる。
「年頃の男子が年頃の女子にこんなに触られるなんて、、」
「恥ずかしいよぅ」
と顔を赤くして訴えるヒカリ。
にひひ、弥生は笑う。
「大事なヒカリさんを預かっておりますからね」
「日頃のケアを怠ったら結ちゃんに怒られちゃうし!」
「よろしくと頼まれてますから!」
と弥生はドヤ顔をする。
結と弥生が結託していた事に愕然とする。
まぁ、大好きな人に世話されるのは嬉しいのだけど。
ヒカリはこの状況が満更でもない事に気付き苦笑する。
この後、脇腹の湿布を貼り変えてもらい二人で仲良く料理をして食事をした。
多分今までで一番楽しい食事だった。
今日の事は一生忘れないだろう。
弥生と仲良くなり、恋人同士となり、ハプニングや事件があって、今に至る今日を。
そして決心する。
決着を着けなければならない相手がいる。
明日は直接会って引導を渡してやると。
翌日の日曜日、ヒカリはアイオーンエレクトロニクス本社ビルの前に来ていた。
ヒカリの今日の出で立ちは、ヒョウ柄のキャミソール、黒のショートパンツに目の細かい網タイツ。
そしてパンク風の黒いパーカーとパンク風厚底ブーツだ。
いつものヒカリに比べると随分攻撃的な格好になる。
何故こうなったかと言うと、理由はこうだ。
朝早くに結が弥生の自宅を訪ねてきた。
タクシーを使ってヒカリの服を大量に持ち込んでだ。
色々と弥生と結が連絡を取り合っていたらしく、差し当たって必要な物はヒカリの服となったらしい。
同棲させる気満々だし、、弥生も同棲する気満々である、。
しかもコウとしての服は学校の制服と男物の僅かな下着だけ。
そうして今日出掛ける理由を結に話すと、こんな攻撃的な格好になった訳だ。
アイオーンエレクトロニクスのビルに入り受付カウンターにヒカリは向かう。
事前にアポを取っていた事と馴染みの顔もあり、直ぐに目的の相手とは会えた。
ビルの最上階にある展望スペースにヒカリは案内される。
ここは自社ビルでパーティーやイベントをする場合に使用される大きなフロアーだ。
そして目的の人物、"水春"こと水樹千春が巨大なはめ殺し窓から眼下を見下ろしていた。
水春はヒカリに気付き、笑顔を向けた。
「やぁ、おはよう」
「何だね用というのは?」
ヒカリは悠然と広いフロアーを水春に向かって歩む。
いつもと違う出で立ちで、表情も鋭い。
そんなヒカリの様子を見て取った水春は感心するように、
「今日はいつもと随分違う雰囲気だね」
「似合っているし、美しいよ、、君は」
「本当に、、」
水春まで5m程の距離でヒカリは足を止めた。
「単刀直入に言いますね」
「弥生さんは、もうあなたに任せられない」
「私が面倒を見ます」
水春は少し驚いた様子だった。
どんな事にも動じない人だと思っていたが、それ程ヒカリの言葉は意外だったのだろう。
自嘲するように笑むと水春は静かに話し出した。
「そうか、、、」
「それは、親代わりと言う意味かい?」
「それとも、、好き同士、、パートナーとしてかね?」
まるで射貫くように鋭い視線でヒカリは水春を見やる。
「好きに解釈してもらって結構ですよ」
「話はそれだけです、、」
疲れたように水春は溜息をつくと窓の方へ向いた。
「黒瀬さん、、」
「君は私が最も信用する人間の一人だ」
「君になら安心して任せられるよ」
そして再び感心する様に呟きだす。
「ふむ、、そうか、、、」
「黒瀬さんと娘がか、、、」
「そうか、、、」
ヒカリは水春から踵を返す。
「私はあなたの事を信用してませんけどね、、」
「それでは失礼します」
「黒瀬さん」
引き留めるような水春の声がした。
ヒカリは振り返らず歩みだけを止める。
「最近、本社の近くにマンションを借りてね」
「これから増々忙しくなるからね、そうしたんだよ」
淡々と語る水春の声。
ヒカリの拳が怒りで握りしめられた。
更に淡々と抑揚無く続ける水春。
「もう自宅には戻らないと思う」
「娘の弥生と好きに使ってくれて構わんよ」
「私はあなたを尊敬しています」
「一社会人として、、」
ヒカリは震えるような声で呟いた。
そして怒りが爆発したかのように、黒瀬ヒカリらしくなく大声で言い放つ。
「でも、あなたは一人の父親として破綻している!」
「最低な父親だ、、、」
ヒカリは辛くて仕方なかった。
愛する弥生の父親がこんな人間で、。
弥生が哀れで仕方なかった。
だから一切振り返らずに足早にヒカリはフロアーを後にした。
自分以外、誰もいない広大なフロアーで水春は窓の外を眺める。
それはまるで全てを手に入れて、全ての民を失った一国の主のようで、寂しげであった。