終幕と団円(1)
メイリンが不気味な笑みをヒカリに向けた。
次の瞬間、ヒカリの身体に鈍い衝撃が走った。
殴られたと、ヒカリは瞬時に判断すると、直ぐに左脇腹から激痛が全身に駆け巡る。
背後に視線を向けると、メイリンの部下であろう黒服が警棒でヒカリの脇腹を殴りつけていた。
余りの激痛にヒカリはタタラを踏み倒れそうになる。
咄嗟に近くにあったパソコン筐体に手を掛けて身体を支えた。
肋骨にひびが入ったか、下手をすれば骨折したかもしれない。
メイリンが胸元を抑えて立ち上がる。
「取り押さえろ」
「だが顔と手は絶対に傷を付けるな!」
苦痛に顔を歪めて辛うじて立っているヒカリに、黒服2人が迫る。
ヒカリは動かない。
いや動けなかった。
脇腹に走る激痛もさる事ながら、既に気力と体力に限界が来ていたのだ。
あっさりと黒服2人に両肩と両腕を掴まれ、ヒカリは捕らわれてしまった。
メイリンは嬉しそうにヒカリを見る。
「おや? もう抵抗しないんですか?」
屈強な男2人に自由を奪われたヒカリにメイリンは近づくと、
「初めから素直に大人しくしていれば、痛い目を見る事も無かったでしょうに」
そして邪悪な笑みをメイリンはヒカリに向けた。
「もうあなたは私のモノです」
「諦めなさい」
刹那、ヒカリの身体がほんの少しだけ沈んだように見えた。
突然、ヒカリを捕らえていた黒服2人が体勢を崩してよろめく。
そのまま不恰好に尻餅を床につく黒服2人は、何が起こったのか分からず呆然とした。
傍にいたメイリンも驚いて声すら出ず固まる。
ヒカリはこの機を逃さなかった。
残った気力を振り絞りメイリンに迫る。
素早く鋭いヒカリの右手がメイリンの首に伸びた。
呆然と固まっていたメイリンは、簡単にヒカリによって喉元を掴まれ、小さな悲鳴が漏れた。
怒りと極限状態にあるヒカリの表情が、この世の物とは思えない美しさと恐ろしさを放ちメイリンの心に刻む。
メイリンは助けてと叫ぶが声にならない。
もうダメだとメイリンが諦めた時、誰かが叫んだ。
「両者そこまでだ!」
ヒカリがギロリと声のした方向へ視線を向けた。
そこにはVIPルームから出て階段を降りるカイエンの姿があった。
しかもそのカイエンの背後には無事な弥生の姿も見て取れた。
メイリンはヒカリに喉元を掴まれたまま苦しそうに小さく呟く。
「お、お姉様、、、」
ヒカリは驚いた様子でカイエンと弥生を交互に見た。
「カイエンさん、、それに水樹さん、、、」
カイエンは階段を降り切ると、
「ヤン会長と水春氏の間で話が着いた」
「今回の当事者は、今後お互いに手出し無用となったよ」
そしてヒカリとメイリンの傍まで来るカイエン。
「と言う事で、その手を離してやってくれないか?」
ヒカリの手がゆっくりとメイリンの喉元から離れた。
ホッとした様子で喉元をさするメイリン。
ヒカリは少し俯くと疲れた様子で深い溜息をついた。
次の瞬間、ヒカリは立ちくらみを起こした様にその場に崩れかけた。
慌てて駆け寄り抱き止めるカイエン。
弥生もヒカリに駆け寄る。
「ヒカリさん!」
カイエンは心配そうにヒカリに声をかけた。
「黒瀬さん、、大丈夫ですか?」
ヒカリは眉間に片手を当てて辛そうに目を細める。
「はい、、、」
ヒカリを近くに有った椅子に座らせ、カイエンは険しい表情で呟く。
『無理もないか、、』
そして椅子に座って疲れた様子のヒカリを見つめる。
『敵陣に一人で乗り込んで、決して負けられない戦いに挑んだのだから』
『そのプレッシャーは計り知れなかっただろう』
カイエンは苦笑するように少しだけ微笑んだ。
『でも貴女はやり遂げた』
『それは仲間の助けも有っただろうが、、』
『それをも含めて、それは貴女の培った力だ』
カイエンは自嘲する。
そのヒカリの培った力に自分も含まれている事に気付いたからだった。