反故と真実
ウロボロスのリーダーは追い込まれた筈だった。
だが様子がおかしい。
メイリンは不気味な笑みを浮かべて言った。
「水樹弥生さんには、とても親しいボーイフレンドが居るそうですよ」
そしてヒカリを見つめてメイリンは続けた。
「ねぇ、黒瀬ヒカリさん、、、」
「いえ、相川コウ君」
ヒカリの顔が青ざめた。
そのホールでのやり取りは、VIPルームのモニターに全て映し出されていた。
それを見ていた弥生は驚愕して呆然とする。
「えっ?!」
同じくVIPルームでモニタリングしていた前原は、少し楽しそうに微笑んだ。
「おやおや」
その時、VIPルームの奥のトビラが軋む音がした。
ヒカリは鋭い視線をメイリンに向ける。
「、、、、」
メイリンは特に怯む事なく嬉しそうに、
「何故、自分の正体を知っているのか、、?」
「と言う顔ですね」
席から立ち上がるメイリン。
「大陸の大企業、、、」
「その暗部であるウロボロスを甘く見過ぎだ」
そしてヒカリの傍までくると、
「我々がその気になれば、」
「一個人の情報を洗い出す事など造作もない」
ヒカリは訝しげにメイリンを見つめる。
「何が言いたい?」
メイリンは嬉しそうに、踊るようにヒカリから離れる。
「私はあなたと取り引きをしたいだけですよ」
「ただ貴女が拒むなら、貴方の本当の姿が世間に公表されるだけです」
ヒカリの表情がだんだんと冷たくなってゆく。
それは追い詰められた恐怖ではなく、必死に怒りを抑えた事による副作用だ。
「約束を守らない上に、私を脅すつもりか?」
とぼけた様子のメイリンは饒舌に語り出す。
「脅すなんて、とんでもない!」
「あなたが私の元に来てくれるなら、」
「大好きな水樹弥生さんと、今すぐにでも添い遂げられるようにして差し上げますよ」
メイリンの顔をすれすれに何かが高速で飛来した。
それはメイリンの背後の壁にぶつかり、ホールに大きな音を響かせる。
ヒカリが傍に有った椅子を、メイリンに向けて突然投げ放ったのだ。
あまりに突然の事で固まるメイリン。
そして我に返り、もし当たっていたらと考え蒼白になる。
メイリンを怒りの形相で見つめるヒカリ。
ヒカリの怒りは頂点に達し、もはや冷静さを装うつもりも無かった。
メイリンはよたよたと後ろに力無く下がり出す。
「じ、自分の置かれている状況が分かっていないのか?!」
ヒカリは近くに有った椅子を無造作に掴む。
「屈して後悔するくらいなら、、」
そして椅子を引きずりながらメイリンに歩を進める。
「自分の意思で全て壊して後悔してやろう」
メイリンは想定外の展開に声が出なかった。
極限状態の人間が怒りを持ったとき、これ程まで恐ろしいものになるとは想像出来なかったからだ。
身の危険を感じて逃げようとした。
だがメイリンは焦って足をもつれされてしまう。
その時、ヒカリが手にした椅子が振りかぶられた。
今度は投げたのではなく、メイリンに向けて叩き付けたのだ。
足をもつれさせたメイリンは、尻餅をつくように後ろに倒れた。
そしてヒカリが叩き付けた椅子はメイリンの鼻先をかすめ、鈍い音を立てて床を強打する。
寸でのところで大怪我を免れたメイリンは安堵するが、下手をすれば死んでいたのではと思い再び顔を青くさせた。
さらにブラウスの胸元が開いて露わになっている事に気づく。
ヒカリが叩き付けた椅子が服にかすっていたのだ。
ブラウスのボタンは弾け飛び、胸元のブラジャーが丸見えになっていた。
顔を青くして呆然と座り込むメイリンをヒカリは見下ろす。
ヒカリはメイリンに違和感を感じた。
首もとから胸元にかけての傷跡が無いのだ。
訝しげに見つめるヒカリに気付いたメイリンは、慌てて胸元を両手で隠す。
そして急にメイリンは表情を変える。
不気味な笑みを浮かべたのだ。
次の瞬間、ヒカリに鈍い衝撃が走った。