22 その異世界、脅威ですか
何とかフィッターを倒し、ヴィクターとの1対1に持ち込めた。
見ていた方からは分からないだろうが、結構ギリギリの綱渡りだった。
そもそも異世界のレベル制度は、『ぶっ壊れ』だ。
レベルさえ上げれば、昨日までできなかったことが、簡単にできるようになる。
昨日まで勝てなかった魔物に、今日は簡単に勝てるようになる。
そんな世界だ。
当然、『簡単』に強くなるには、強くなるための練習をするよりも、レベルを上げた方が効率がいい。
魔物は、手でも足でも一振りするだけで、直径50センチメートルくらいの木はボッキリ折れる。
元の世界じゃ、象の体当たりと一緒だ。
この世界は、魔物だけじゃなく、人間も規格外だ。
元の世界じゃ、100メートルを走って10秒切るのに、素質を持ったアスリートが人生を賭けても、切れるか切れないか分からない。
異世界じゃレベルさえ上げれば誰でも、100メートル10秒切りが可能だ。
それどころか、魔物を素手や簡素な武器で屠ることができる。
つまり、攻撃的な象を素手で倒せるほど、異世界のレベルやスキルはぶっ壊れているのだ。
その中でも、上位に属する『聖騎士』とかいうジョブは、戦うためにある職業だ。
更に言えば、勇者という奴は、元の世界で言えば、10秒を切れる素質を持ったアスリートだ。
俺もその一人ではあるが、異世界に来て日が浅い。
レベル上げはまだまだ足りない。
聖騎士は、戦闘能力だけ見れば、勇者に劣るものでもない。
そんな規格外を相手に、『不殺』を前提に戦え、ということ自体が無理ゲーだ。
本来であれば、俺のスキルを全開、更には『正々堂々』を廃止して、やっと安全に戦うことができるのだ。
はっきり言えば、俺の持っている鋼糸術・操糸術をフルに使って罠を仕掛けて、首が飛んでも構わない、というルールでしか安全に戦えないのだ。
さっきのガントレットを見ろ。
右を一発食らえば、骨折する前に骨まで炭化する。
左を一発食らえば、凍傷する前に氷になる。
元の世界の拳銃よりも厄介だ。
しかも装備している奴は、レベルやらスキルやらで、やたらとスピードが速いし、パワーもある。
しかし、レベル制度だけが強くなる道ではない。
努力したり、考えたりすることも強くなる道に変わりはない。
この異世界は、レベル制度が『ぶっ壊れ』なだけに、武芸が進歩していない。
レベル制度のためだけではない。
戦争があるため、武芸とは、戦争で戦ったり、生き残ったりするためのものであり、それ以外はストリートファイトの延長でしかない。
元の世界のように、対人戦のみで、且つ技術の向上を目指す程、格闘技が成熟していない。
異世界の格闘技は、素質のみで行われているのだ。
大木をパワーで折ることはできても、効率良く折る術は知らない。
効率良く折りたければ、レベルを上げればいい。
レベルを上げれば素早くなるのだから、回避技術を上げる必要が薄い。
拳一つ当てれば戦闘不能にできるのだから、投げ技が発達する訳がない。
倒れた敵には蹴りを放てば戦闘不能にできるのだから、寝技という概念ができる訳がない。
俺は最初から格闘技術を持っているからこそ、高位ジョブ高レベルの者と戦えるだけで、そうでなければ当然に無理。
相手も本格的な格闘技を見たことがないため、高度な技でも簡単に決まる。
そんなことを言っても、力は技術に負けるが、技術もパワーに負ける。
その力と技術のせめぎ合いをフィッターとしていたのだ。
結構冷や冷やしながらフィッターの攻撃を躱し、チクチクチクチクと鎧の上から発勁を叩きこんで体力を削り、最後に関節を極めながら投げたのだが、流石に体術8は伊達ではなかった。
フィッターは関節を折られる前に、関節を折られないように自ら飛んでいたのだ。
しかも、空中で体を捻って、投げまで防ごうとしていたのだ。
そのため、技の速度を早めた上、頭から叩き落すようにしたのだった。
ジャンプした挙動を感じたときは、嘘だろ、と瞬間思ってしまった。
パンチを繰り出した直後に、どこの瞬発力をもって、ジャンプしたのだろうか。
膝?足首?
つまり、初見の技ですら、レベルやスキルの前では防御される直前だったのだ。
そんな化け物相手によく戦っていると自分に感心する。
流石にそこまで化け物だとは思っていなかった。
ちょっと聖騎士を舐めていたかも知れない。
今までも本気だったが、これからはもっと本気で戦わなければならない。
マイハを守るためにも。




