21 その応援、間に合いますか
フィッターの攻撃が当たらない。
しかし、フィッターは躱されても躱されてもダーリに突っ込んではガントレットを振るう。
フィッターの体術8と身体強化5、そして聖騎士レベル42は伊達ではない。
観客がやっと目で追えるくらいの速さで突撃し、更に早い拳を放つ。
左のガントレットで軽くジャブを出しながら、右のガントレットでストレート。
時折左のガントレットからは氷、右のガントレットからは炎が上がる。
その全てをダーリは、なんとかギリギリで躱すとともに、鎧の上から効かない攻撃を叩きつけていく。
同じような光景が何度も繰り返され、時間だけが過ぎてゆく。
フィッターは愚直なまでに突っ込んでは躱されているが、それでもまだスピードに衰えはない。
しかし時間の経過とともに観客席がざわめき始める。
「聖騎士の攻撃が当たるように感じねえ」
「逃げ回って卑怯だぞ」
「剣を使えよ」
「素手で鎧を壊すつもりか、馬鹿じゃねえか」
「フィッター、いつまで遊んでるんだ。そんな調子なら俺に代われ」
観戦していたヴィクターが痺れを切らす。
「5分や10分くらいじゃフィッターのスタミナは切れないさ。たった一つ当てれば勝負は決まるんだ。もう少し見てやろうぜ」
しかし、いつまでもフィッターの攻撃は当たらず、それどころか、荒い息遣いまで聞こえてくるかのように、肩を上下させ、動きが悪くなってきていた。
「何かがおかしい。助けに行った方がいいかも知れん」
勇者ランブルが不穏な空気を感じ取っていた。
「いや待て。今出ていけば、フィッターに殴られるぞ。ここは信じて待ってやるのが仲間というものだ」
ヴィクターは、フィッターを信じているのが全く動じた様子がない。
「やはり変だ。フィッターが、いくら勇者が相手とはいえレベル5程度に後れを取る訳がない。そもそも低レベル勇者に聖騎士が負けたとあれば、言い訳が付かん」
「分かった。そこまで言うなら俺が行く。勇者様が出る必要はないさ。俺が切り刻んでやるから安心して待っていろ」
そう言って、ヴィクターはセーフティースペースを出た。
フィッターも、自分の不調に気が付いていた。
ガントレットも、魔法を発動させながら攻撃しているが、全て躱されてしまう。
聖騎士レベル42、体術8、身体能力強化5のすべて発動させて、何もさせてもらえない。
鎧の上から素手で攻撃されているだけなのに、妙にダメージを受ける。
ただの鎧じゃない。
魔物と戦うための鎧だ。
各種防御効果が付与されている。
ガントレットでたった一撃を入れれば、この状況を逆転することは確信できても、その一撃が遠く感じる。
相手が強いとは感じないものの、なぜか当たる気がしない。
荒い息を整えながら、会場の端に目をやると、ヴィクターが向かってくるのが見えた。
いつもであれば怒るところだが、今の状態では全く勝ち目がないと思われても仕方がない。
フィッター自身ですら、このままでは勝てないと感じていた。
国から金を出して貰って修行している聖騎士が、正規の試合で、レベル5の勇者に負けることは絶対に許されない。
ここは恥を忍んでも応援を貰う必要がある。
ヴィクターの剣技なら、素手で躱すことは絶対に不可能だ。
(早く来い、ヴィクター)
「2対1は面倒だな」
セーフティースペースから中央に歩いてくるヴィクターを見て、ダーリはつぶやいた。
フィッターを見れば、肩で息をしているが、今までのように攻撃する意思は見えなくなっている。
構えはほとんど変わらないが、待ちの姿勢に切り替えたことは明白だった。
ダーリはゆっくりとフィッターに歩を進める。
フィッターは、伸ばした左腕の照準をダーリに向けるが、それ以上の動作はしない。
(やはり武術としては、ストリートファイトレベルか。そうすると、左腕で距離を測り、右手で決めるスタイルに変化なしだな)
どの距離で、どのタイミングで右拳が飛んでくるかは分からない。
しかし、確実に決めに来るのは右拳。
鎧を着込んでいることもあって、複雑な軌道の拳はない。
左拳の氷入りのジャブを確実に躱して、右拳のジャブかストレートを正確に読むだけでいい。
ダーリは、意を決してフィッターの間合いに入る。
フィッターの左ジャブが飛んでくる。
左に避けて躱す。
右ショートパンチが飛んでくる。
パーリングで角度を少し変える。
右手でフィッターの右ガントレットを流しながら掴み、左手も添え、関節を極めながら逆一本背負いで巻き込みながら投げ飛ばし、頭から地面に叩き落した。
「ガン!」
勝敗が決まった。
ダーリが立ってもフィッターはピクリともしない。
戦闘不能は明らかだった。
観客から、ざわめき、悲鳴、感嘆の声が出る。
ダーリは、向かってくるヴィクターに体を向けた。
フィッターは、左手を鞘に当ててゆっくりと歩いてくる。
「次はお前か」




