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01

「ささ、なゆた君。机の上を拭いて頂戴な」

「分かりました、母上」


 あれから、月日は一ヶ月を過ぎた。季節は八月、夏真っ盛り。この時期、へいせいの時代にはうってつけの言葉がある。──猛暑や熱帯夜だ。

 外に出れば、何をせずとも汗が足や腕、額から止めどなく滴り落ちる。俺達が居た時代も暑かったが、風が涼しく夜も眠れない事は無かった。


「おい、ルト! お前は、手伝いをせずにクーラーの下で涼むな!!」


 巫女服から細い足首を晒し、脚をだらしなく伸ばして、顔を仰ぎ気持ちよさそうなルトに注意をした。だって羨ましいし。

 すると、ルトは肩を竦ませて窓へと目を逸らす。


「……ギクリ!」

「ギクリじゃねぇよ。俺達は、住所というモノが無いんだ。間借りさせて貰っている以上、手伝いはしろ。クーラーが涼しいのはわかるがな」


 この時期の強い味方、電気? という奴で動き、冷風を振り撒く機械があるのだ。なんて素晴らし。画期的過ぎるだろ。過ぎて怖いぐらいだよ。

 と言うか、現世界は、電気で溢れている。目の前にある四角い箱、テレビと言うやつもそうだ。

 初めは、現し世(うつしよ)の人間を常世とこよに封じ込めたモノだと思い、街中で「貴様ら人間は、悪虐非道に身を投じたのか!! なんて、愚かな! 今、俺が解放してやる」等と叫び壊しそうにもなった。

 いやあ、自分の正義心が辛いわー。だが実際は、画面の中に人がいるのではなく、画面の向こう側に人がいるらしい。

 あの時の、土御門の表情と来たら、眉を開き絶望しきった表情だったよな……。

 ──今、思うとすげー恥ずかしい。だが、自分の反応を正当化させてもらうと、今の時代は過去と違い、発展が物凄く進んでいて、思考が未だに追いつけないのだ。


「この先、どーしたら」


 机を吹きながら、今後の事を考える。


「わ、妾は許せぬ!!」


 ルトは、正座で衣服を畳みつつ八重歯をチラつかせて不満を吐露した。


「何が許せないんだ?」

「あるじ様を、こんな空間に閉じ込めて雑用をさせるなど! あるじ様の価値をしらぬのでありまするよ! ムフー。妾は、やはり奴らに従うのは──」


 と、言う割にはシッカリと丁寧に畳んでいるではないか。


「るとちゃん、服を畳終わったら……ケーキ、食べましょーね」


 台所で洗い物をしている母上が、両手を叩き笑顔で話をかけた。どうやら、母上はルトがお気に入りらしいのだ。初日に妖怪である、と明かしたのに我が子を愛でるかの様な対応は変わること無く継続されていた。全くもって、変わった家族だ。


 ルトの長い耳がピクリと動き、尻尾がガサゴソと揺れ動く。オマケに、口の端から涎が零れ、瞳は微睡む。


「は、は、はは母上!! 任せておれ! もう直ぐ、モーすぐ、終わるでな!! 待っておれよ、愛しいのケーキよ!! ぐへ、ぐへ、ぐへへ」

「お前、笑い方が汚すぎんだよ……」


 だが、まあ……ルトの言う事も、あながち間違いでもない。この場所でいつまでも、のらりくらり過ごし甘える訳にいかないのも事実だ。

 半妖である俺と妖怪であるルトを、何も言わず面倒を見てくれているのだから、恩に報いるのが道理であり仁義であり人情。

 けれど、こんなに過ごしやすい世の中になっても、人権が俺にはない。住む場所は形上あるが、実際は住所不定無職と言うやつらしい。故に悩む、仕事をするにしろ人権を証明するものが必要となってくるのだ。自由が制限された現し世は、過ごしやすくても、決して生きやすい訳ではない。


「しかし、イヤよねー。最近、本当に物騒になったわー」

「何がですか?」

「ほら、まだ犯人捕まってないらしいわよ? 連続通り魔」


 テレビを観ながら、母上は不安を吐露した。何処の世も犯罪は無くなりはしない。子を持つ親としては、当然の反応なのだろう。


「まったくでありまするな! 母上!! けしからん!」

「そうだよな」

「そうでございまするよ! 母上を心配にさせる輩など万死に値する!! ムムムーッッ、怨敵退散おんてきたいさん怨敵退散」


ルトは、フォークを置くと、唇にケーキを付けつつ合掌をした。


「で、怨敵退散の意味は?」

「うひゃー!! この、チーズタルトおいしい!! もっと、もっと食べたいでありまするよ!!」

「──お前な、素直すぎるだろ」


 犯罪者──か。犯罪者や酷い悪態感を他人に抱く者は独特のよどみがある。闇に身を落とした者が、妖怪に憑かれるからだ。大体の妖怪は、悪を好み、陰に巣食う。人の心は揺らぎやすく、それ故に住みやすい。

 だが、まあ俺に何が出来るわけじゃない、か。


「母上、三時も過ぎたのでそろそろ土御門を迎えに行って参ります」

「あらあら、ケーキ食べないの?」

「俺の分は、ルトにあげてください。ルト、その代わりこの家を護るんだぞ」


 ルトの頭を撫で、外に出た。一人でエレベーターに乗るのはまだ怖い。


「しかし、この時間になると淀みが目立つな。これが人の世か」


 階段を一段一段降り、景色を見渡し感動するよりも先に俺は落胆してしまう。あれだけ笑顔を振りまく人が居ても、その倍以上の人は笑顔よりも負を抱く。


「だからこそ、通り魔だとかの犯罪が無くならない」


 ──欲望があるからこそ、か。




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