04
「土御門、まさかとは思うが……。この中に入るのか?」
「そうですよ? 私が住んでるマンションですから」
「満神? そんなものを祀っているのか?」
「へ?あ、ああ……そうですよ。マンションです」
土御門は、一瞬、首をかしげたが、腑に落ちたのか頷いた。
満神とは、なんだ。さては、俺達を神に捧げる贄にする気か? さっきから、中へ入っていく信者も多数と見てきた。儀式の準備が行われており、たった今、準備が整ったのか?
「二人共、外でいつまでも何をやってるんですか? ドア、閉まっちゃい──あ」
だが、イチ陰陽師が彼等の術にハマるはずが無い。異教徒は、死罪。朱雀天皇に献上すれば、今回の失態すら水に流せるやもしれん。
あーダメだ。笑が零れまくりまする。
「ぐへへへ、へぐしンッ!!」
「ふぎゃ!! キュゥ……ッ」
「な、なんだ!? 今、壁に当たった感覚が」
だが、目の前に壁はない。土御門も眼前に捉えている。まさか、障壁の類か!? だが、俺も、顔面を強打し蹲る朧兎も見抜けぬはずが無い。
「ええい!! 俺を見くびるな! こんな障壁などに挫けぬわ!! ルト、構えろ」
「か、かしこまり申した!!」
人差し指と中指を立てて、顔の目の前で十字を作る。障壁を裂くには、十字の形が効率が良い。咆哮に合わせて、霊力を込める為、三角形が無難なのだがあれだとくり抜く程度。故に、ルトは三角形で穴を開け重ねて俺が十字で裂くのだ。
式服が踊り、霊力が集まってゆくのを感じる。
「「はぁぁぁあ!!」」
「あらあら、元気のいい子供ねぇ」
「「ぁぁぁあっっ!!」」
「あ、吉田さん。迷惑かけて、すいません」
「「るぁぁぁぁぁぁああ!!」」
「あら、晴ちゃんのお友達?」
「え、ああ……まあ……あはははは。ちょっと!! ちょっと! 二人共、早くこっちに来てよ」
詠唱を始めようとした刹那、土御門は、顔を紅色に染めて手招きをしている。それに、さっきの女は障壁を通り抜けた。ここの奴らはやはり、奇術を操るのか。
取り敢えずは、従うのが吉だろ。構えを止め、慎重に障壁があった場所に足を運んだ。
足から先に──ッて!!
「お、おい!? 今、何かに挟まれたぞ!! な、何なんだクソッ!!」
「何って……。ドアが時間で閉まったんですよ。貴方達は本当、何者なんですか?」
はあはあ……。危うく脚をもがれる所だったぜ。
「って、次はこの小さい箱に俺達を隔離する気か!」
「いや……あの、エレベーターであがらないと九階なので」
土御門は、白眼視をしてくる。さては、順調に事が運んでいる事を感じ嘲笑っているんだ。
恐ろしい女だ。だがな、俺が騙された振りをしていたと気がついた時。土御門、お前は驚愕した表情を余儀なくされるんだ。
「クックック……」
「さ、さては、あるじ様。何かいい作戦があるのですな? 流石でありまする」
ルトは、短い尻尾を左右に動かし、俺の功績わ讃えてくれている。
「早くー、行きますよ」
「おーすまんすまん」
小さい箱に入り、土御門が術を使うのを俺は見た。壁に触れると、淡く光を放つ。呪文を唱えずに、時間にして数秒足らずで扱うとは大した者。簡易的な呪術だとしても、年端のゆかぬ女性が扱うとなれば話が変わってくる。
呪術で用いる呪文は、欠かせない詩がありそれ以外を省略し、初めて時間を短縮できるのだ。即ち、経験がものを言わす。
しかも、光が放たれたと同時に、体には微かだが重さを感じる。上から押さえ込まれる嫌な感じだ。胸がムカムカすると言うかなんというか、馬に跨ったまま下を向いていた時のような……。
「あ、あの。何か付いていますか? ジロジロ見て。なゆたさん」
「いや、何でもない。なんか、具合が……ウップ」
「あ、あるじ様……。気持ちが悪ッ……ウップ」
「えーぇ!? まさかの、エレベーターで乗り物酔いですか!!」
ハアハアハアハア……。くっそ、足に力が入らない。土御門を完璧に、嘗めきっていた。しかも、さっきまで下に居たのに、小さい箱に入った瞬間、一瞬の内に空の途中に──。
俺ですら使えない、いや俺どころか安倍晴明ですら使えない呪術を使うのか。
「顔色悪いですが、もう少し我慢してください。突き当たりが、私の家なので」
今、変に歯向かうのは分が悪いか。
先導をゆく土御門を、蹌踉めきながら跡をつける。
硬い物を踏み付ける感覚と、硬いものを叩いた音が静かに響く。
突き当たりに到着するなり「ちょっと待っててください」と、言い残し扉の向こうに土御門は、姿を消した。