03
いったい女は俺達を、何処へ連れて行こうとしているのだろうか。あれから一言も喋らず手を引くのみ。なんなら、ルトから伝わる陰湿な感情の方が、淀みや不純さを感じるぐらいだ。
そう、今の女は全くもっての周りに興味を示していない。無関心や無感情に似たもの。
無感情では、ないか。本来、それは人には到底到達の出来ない神域だ。つまり、無関心や無感情ではなく無我夢中。ならば、彼女は今、何をそこまで考える事があるのだろうか。考え込む必要があるのだろうか──云々、考えていると女の足がピタリと止まった。
ひとけは、さっきに比べれば無くなり、代わりに石で出来た高い壁が、空に伸びているのがいくつも連なっている。
儀式か──何かに使うのだろうか。そうだな、例えば神を迎える為のだとか……。
「貴方達は、その、見えないんですか?周りから」
背を向けたまま、女は言いにくそうに声を吃らせて確かに言った。
「見えない──のでは無く、見えなくしている──が、正しい」
「見えなく、している?」
女の問に頷いた。
「ああ。この地域は、謎が多いい。無闇矢鱈に、正体を晒す訳にはいかない」
「謎が多いッて……。貴方達は、十分馴染んでいると思うけれど?」
女は、振り向くと服を指さし呆れた様子。然し乍ら、理解がし難い。馴染んでるだとか、そんな馬鹿な話がないだろ。俺は、武蔵国府でも名高い陰陽師。いや──多分だけど。多分と言うか自称だけど──。あ、やばい、病んできた。
それが、奇天烈な身なりをしている野蛮人達と同類、と言うのは聞き流せないものがある。とは言え、俺は俺自身ではなく小刀を鞘から走らせたルトを宥めなくてはならない。
「こ、こ、この雌!! あるじ様が、妾のあるじ様が──」
おい、何で俺が所有物みたいになってんの。逆でしょ逆。
ルトは、丸い尻尾を逆撫で今、己とも戦っている。仕えていると言う誇りと、人見知りと言う埃が喧嘩をしているのだ。
お陰様で、巫女服からでも足がガクガクなのがよく分かる。
「此処に居る、凡愚と同じ筈がなかろう!! く、く、喰ってやる!!」
お前、人を食えないだろ。
「落ち着け。後で大好物をやるから」
「そ、それどころではなかろう!! あるじ様を愚弄しおって! ジュルり」
「なら、せめて涎を拭け」
ともあれ、精一杯の威圧。だが、女は溜息一つ零し、恐れ畏怖するどころか頭を抱え呆れた様子。
「ここまで、設定に忠実だとか……。オタクの鏡ね。その、いい加減……姿を現してくれますか? 私が一人言を言ってるみたいで周りから白い目でみらるているのよ。どーせステルス迷彩とかなんでしょ??」
「ステ……ん??」
え? なに? 意味がわからない。
取り敢えず、息を荒らげているルトに解呪を命令した。
「……このような雌の言いなりに」
悔しそうな目で朧兎は、見つめる。が、平然と装って言った。
「良いんだ。それに、色々知っているかもしれんからな」
「……あるじ様の命とあらば、異存はございませぬ」
依存はしすぎだがな……。
ルトが、解呪をして確に元に戻った。だが、女は腑に落ちない表情を眉間に皺を寄せてしている。
「なんも、変わってないんだけど? と言うか、ステルス迷彩は? 大佐とは無線で繋がってないの??」
「な、何だよ?? さっきから訳の分からない事を」
何も変わらないとか、当たり前でしょ。貴女は、最初ッから見えていたんですからね。ほら、誇りに傷が付いたルト様が、お怒りな様子だ。
「こ、こ、この痴れ者が!! 妾の、妾だけの! あるじ様に向かって何たる無礼!!」
おい、あるじ様に独占欲を出すな。
女は虚を衝かれた様子で、口をポカリと開いた。
「──んなっ!!」
やれやれ、ここは穏便に歩み寄るためにも俺が一肌脱がなくてはなるまいて。
「俺は、天月那由他。んで、このちっこいのが朧兎。手前さんは?」
「あ、私は土御門晴です」
──土御門、か。聞いた事の無い名前だ。
「ところで、土御門よ。一つ訪ねたい事があるのだが……いいか??」
「聞きたいこと、ですか?」
一つ、短く頷いて本題に移る。
「ああ。俺は、武蔵国府に戻りたいのだが……。此処は何処なのだろうか?俺の推測が正しければ地方──つまり、下野などに飛ばされたんだが」
いや、だが、下野にはこのような連中は居なかった。しかし陸奥や山城、等の訛りは見受けられない。
「と、なれば、行った事の無い筑前か……」
「えっと、ん? 此処は東京ですよ?」
「だから、そのトウキョウとやらが、何処に位置するのかを聞きたいのだ」
土御門は、言葉に困ったのか子首を傾げる。
「関東??」
「関東に、こんな場所は無かったと記憶しているが……??」
突如として、間が訪れた。物凄い居心地の悪い違和感に苛まれるながで、土御門は小さい口を開く。きっと、知識を提供してくれるのだろう。期待をせずには居られない。
「──え??」
「ん? え?」
「ごめんなさい。ちょっと、分からないです」
「またまた、ご冗談を」
「冗談じゃないです」
「え? いや、でも、え?」
ちょ、ちょっとちょっと。どー言う事だ。なら、何であの時、何かを思い出したような涼し気な表情を浮かべたの。
「少し考えたのですが、全くもって分からなかったです。テヘッ」
テヘッ、じゃねぇよ! じゃあ、何かい。思考を諦めて、解放された救いから現れた表情だっつーのかよ。クッソ!!
「ま、まあ、そんな落ち込まないでください」
落ち込んでなどいない。この理不尽な状況に、義憤を滾らせてるんだ。と、思いつつも地面を見つめていた顔を持ち上げる。
「仕方ないので、ググってあげます」
「し、し、仕方ないだとか!! 恩着せがましいにも程がある!! 妾が、自己を犠牲にしてでも、大切にしておるあるじ様に向かって!!」
いや、ルトも十分に恩着せがましいぞ。とは言え、ググ、とは何らかの呪術か??
「そんなつもりは無いんですが……。取り敢えず、暑いので私の家に来てくれませんか? 両親も入るので、私からすれば安心ですし」
「あ、ああ。なんか、すまない。礼は金銭でしっかりとさせてもらう」