02
「なあ、ルト。お前は、この場所をどー見る?」
「あ、あるじ様ッ。せっかく頼って頂き恐悦至極。し、然し乍ら、ムムムッッ……。妾の拙い頭脳じゃ分かりませぬ」
こめかみに両手を押し当てる仕草が終えると、耳を垂らして、視線を落とすルト。
気落ちする気持ちも、分からなくはない。斯く言う俺自身も、自分が納得できる答えが見つからない。
わかりやすい言葉に言い換えるなら……。そう、取り残された、寂しい感じだ。今ある世界が、俺たち二人を記憶から消し去ったような、ただの異物のような、浮き出た存在。なぜだか、自分を卑下したい訳じゃないのに、そんな事を思っていた。
「気にするな、ルト」
頭を手櫛で撫で付ける。嬉しい時は、頭を押し当ててくるのだが、何もせず身を任している辺り、本当にショックなのだろう。
「あ、あのっ! そこの、コスプレをしたお二人さん!!」
静寂を裂いた、声音に視線をむける。
「なあ、ルト? 目の前に居る、女は俺達が見えてるのか?」
困った様子を浮かべる女は、見たことも無い服装をしていた。膝から下の脚が露となり、上に羽織る服は綿で出来てないようだ。しかし、後ろ一本で結いた髪は黒く目も黒い。詰まる所、他の連中よりも、奇抜な服装をし、見た事も無い瞳の色をしてる者達よりも日本人だ。だが、俺はこんな日本人をしらない。
とりあえず指をさし、ルトに問いかける。さっきから、立ち止まり話を掛けてきてる様にしか思えない。が、ルトは首を左右に振って否定をしてみせる。
「い、いいえ! あるじ様。姿は消していますゆえ、余程の力を持っている方でなければ、み、見抜けません」
「だよ、な……。だけど、顔を真っ赤にしてる女と間違い無く目が合ってるん、だが」
肩にかけた手提げ袋の紐を掴みつつ、女は眉を顰めて何かを訴える表情をしていた。
ルトは、仁王立ちをして誇らしげに、鼻を突き上げる。女には、何故だか昔から厳しいのが兎の妖怪、朧兎。
「い、いえ。ありえませぬ! こ、このような年端もゆかぬ者に、胸無しの雌に妾の術が──」
何故だか、今、たった今、ブチんと女の血管が切れた音がしたんだが。しかも、なにやら怒ってませんか。なにやら、起きそうな気がするんですが。
「見えてますよぉー! と言うか、胸無しって! 着痩せするタイプなんです!! 初対面に失礼な……」
「おい、ルトよ。見えてるらしいぞ」
「そ、そそそそのようなはずわ!!」
あー、もう挙動不審だな。目が泳ぎまくってるし体はプルプル震えてるし。昔からコイツは嘘をつけない。いや、正確には、つこうと試みるが失敗する。
「すまんが、女。本当に俺達が見えてるのか? 全身しっかりと」
「──はい、見えてます」
ルトは、呪術を失敗したりする。だから、欠損があったりしたのかと思ったが、そうではないらしい。欠損をしている場合は、体の一部だけが、現し世に留まる。そもそも、霧隠れは一時的に霊体化する呪術。現し世と霊界の狭間に体を宿し、現し世の者に姿を見せなくするものだ。
「そうか、すまない。ルト、お前も謝れ」
見えてるとするならば、同業者……か。
「すまぬ。胸無しと言った事は詫びようではないか」
「だ、だから!! ありますから!! 着痩せするタイプなんですッて」
タイプ? とは、何だ。この地域は、よく分からない言葉を使う。
女は、自分の胸を両手で掴み、何かを必死に訴えかける。何を、そんな恥部に秘めているのだろうか。視線は自然と胸部に送られた。
だ、だが、まあ確かに無くは……無い、な。
う、うん、ある。有りまするな。け、けしからん。べ、別に見たいが故に言い訳を言い聞かせてる訳じゃない。本当だよ。
「ジーッ」
「な、何だよルト」
目を細め、蔑視するルト。何か言いたげに、口を動かす。
「あるじ様は、雌になると目の色が毎回変わりまするのですよ」
「ば、ち、ちげぇし!? や、やめろよ。誤解される……だろう?」
「な、何さっきから見てるんですか!!」
女は、胸を押さえて顔を赤らめる。いや、怒鳴られるとか理不尽すぎるだろ。自分から胸を強調してきたんじゃねぇかよ。
「おいおい、あの女子高生。橋の上で、一人、何騒いでるんだ?」
「知らねぇーよ。男にでも振られたんじゃね?」
「ははっ。メンヘラすぎんだろ」
まあ、だが確かに他の奴には見えてないようだな。
「こっ……こっ……此処に居るじゃないの!! 私はメンヘラなんかじゃないし! 彼氏なんか出来たこと無……ッ」
おいおい、人に指をさすな。失礼な奴だな。
「なあ、ルト? 女はなぜ、体を微動させて急に叫びだしたんだ」
「人の雌が、考える事はわ分かりません。ですが、雄に振られて正気を保てて無いようです」
「なるほど。狂気の沙汰ッてやつだな」
「ち、ちがう!! ちょっと来なさい!!」
「ちょ! 雌! 妾の主様に何たる無礼! このルトがこ、ころ、殺してやろう!!」
つか、霊体化してる俺達の手首を掴めるッて。こいつは、やはり只者じゃない。女は、無意識下で力を発揮しているのか、気が付いていない様子。
それは、余りにも危険だ。陰陽師の家系ならば、当主足る者が指導しているはず。けれど、女の作法にそれらは見受けられない。と、なれば農村から突発的に産まれた可能性がある。
もし、妖怪に喰われれば力を取り込まれてしまう。数多の陰陽師を喰らい、天地を騒がせた赤鬼のように。それだけは、防がなくては。
「おい、ルト! 何で、俺の頭に噛み付いてるんだ」
痛いから。凄い痛いから。
「あるじ様の目が、血で真っ赤に染まれば雌を見ずに済む故。我慢してくだされ」
ああ、なるほど。見て欲しくないんだな。可愛い奴め。そうそう、俺はルトの発育が行き渡っていない慎ましい体が好き──。
「って、ンなわけあるか!!」