05
「買いに行くって、土御門よ、どこに連れて行く気なのだ?」
時刻は、十一時を過ぎた所。土御門が憶えていなければ、そのままやり過ごすつもりだったが……。今朝起きてからの第一声が「支度終わったら、服、買いに行きますからね?」と、挨拶と言った作法を省いての言葉。
しかも、いつもは起こしにも来ないくせに、態態、部屋にまで入ってきてだぞ。本当に、寝起きであれは、流石に辛い。
タダでさえ、俺とルトの部屋は和室の六畳一間。間借りをさせて貰ってる身、故にワガママは言えない。だが、衣類等の物置と化した部屋は、隅々使える訳では無いのだ。寧ろ、積み重ねられた箱の方が幅をとっている。だからこそ、声がこもり頭に響く。聞きたくもなかった言葉が。
昨晩「やはり、行かない」と、言い放て無かった後悔と共に、苦言を心で呈しながら尋ねると、複雑な形をした建物を土御門は指を指す。
「今日は、電車で池袋まで行きます」
「でんしゃ……とは、なんだ? それに、池梟とは新しい動物か?」
「違いますよ。池袋ですよ! 何ですか、いけフクロウ……いや、確かにいい線ついてますけど」
「フクロウが居るのですか!! ま、ま、まってくだされ!!」
「ああ、喰われるかもなあ、ルト?」
「ぬあ!! な、何を言いなられますか! 妾とて、負ける気はありませぬ!!」
両手を、顔の前で握り力を入れ気合をいれているようだ。だが、目は泳いでいる。少し、冷やかしてやろうかな。
「あ、フクロウ」
「ひぎゃあっ!!」
ルトの顔は蒼白になり、目からは生気が消えてゆく。恐怖に、膝は笑い歯をガタガタと震わせて俺の裾を掴む。だが、ルトが臆するのも当然だ。鷹や梟は、元来、兎の天敵。
しっかし、一々、反応が面白いな、ルトは。それを横目に見ると脇を、風巻き上げて往来する乗り物が視界に収まる。
この時、俺は自分の類希ない閃きで解に至ろうとしていた。
まてよ、あの物凄いスピードで走るのをクルマと教わったのを思い出す。となれば、電気で走る車という事か。
なんだ、なんだ、俺も中々馴染めているではないか。
──が、そんな事を思っていた自分が、馬鹿だと過去に戻れるなら言ってやりたい。
「ま、待ってくれ、土御門!!」
「え? 何ですか?」
振り返りながら、土御門は足を上げる素振り一つせずに上へ上ってゆく。
「ば、馬鹿者!! この動く階段は何なんだ!!」
「あ、あるじ様。早く行かなくては、後ろにも……」
ルトの言葉に、少し振り向くと迷惑そうな表情を浮かべる人々が列をなしていた。
くそ、ふざけるな。なんなんだよ、これは!
階段が動いてて、足を乗っける時が見計らえないではないか!
「わ、分かっているわ!!」
袖を引っ張るルトの腕を振り払い、流れる階段を目で追った。一段一段、飛び出す時を見計らい、呼吸を正して慎重に冷静に……。
──一・二・三・四「ここだ!! ──やったぞ! 上手くいったぞ!! みたか、ルトよ!!」
振り返り、ルトに自分の功績を讃えた。
誰に教わるわけでも無く、自分の観察眼と洞察力のみです成功したのだ。
内から溢れる歓びは、けっして全てを言葉には出来ないだろう。
「さ、流石でありまする、あるじ様ッ」
後に続き乗ったルトは、手を叩き、満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。
他の人間は、俺達の飲み込みが早い事に恐れたのか十段程、差を開いてから動く階段へ足を乗っけているようだ。
やり切り、どっと疲れがこみ上げるが、とても清々しい。
「だろ? 俺を見くびるんじゃねぇぞ」
「見くびった事など、産まれてこの方ありませぬよ」
ルトは、首を左右に振るった。それが少し嬉しくもあり、ルトの笑顔に釣られて微笑む。
「ははは、よく言うぜ。だけどよ? すげーもんだな。階段が動いて、上階に運んでくれるなんてよ」
「そーでありまするな。妾は、あるじ様が護符により読んでくだされば一瞬にして、下に辿り着きますゆえ、あるじ様の方が凄いでありまするよ! 流石、妾の、妾だけの! あるじ様」
ルトは、尻尾を動かして口にする。
本当に、可愛い奴だな。加えて、秀才だ。
よしよしと、頭を撫でる。
「だが、独占欲を出すな。俺は、お前のものではない。断じて否だ」
「ひぃ! そ、そのよーな、そのよーな……うう──チラッ」
あざとく、袖で目元を拭うが当然、涙は出ていない。
「まあ、もう少しで、到着のようだ。あっという間で寂しくもあるな」と、頑張って運んでくれた、階段を見た。
ユックリ動き、少し聞こえる音は、心做しか俺との別れを悲しみ泣いているように聞こえ、薄らと笑が零れる。
「また、会おう。今度は、しっかりと階段を動かしている中の者へも礼をせねばな」
「流石、あるじ様! 恩義を忘れぬとは、素晴らしいでございまする!!」
瞳は段々と、再び陽の光を取り込んでゆく。さながら、洞窟の狭い入口から射し込む陽の光のように、上階は眩さに包まれていた。
急だった上りは、緩やかになり平坦になってゆく。
目の前には、土御門も待っていてくれた。何だかんだ、彼女の面倒見の良さに俺達は救われているんだよな。ここは、一つ、いつもの礼も兼ねて頭を下げるべきか。
「すまない、いつもい──ッづモグ!!」
「あ、あるじさびゃっ!!」
「え!? ちょっと! なんで、足を上げなかったんですか!! と言うか、早く起き上がってください」
足をあげるとは、なんの事だ。顔を強打した痛みで、何も考えられないではないか。くっそ、物凄い恥ずかしい。出来ることなら起き上がりたくない、と言うか帰りてぇ……。
背中の重みを感じるに、ルトも転んだのか……。
───────────
「もう、しっかりしてくださいよ。直ぐ後ろに人が居なかったから、いいものを。もし居たら、将棋倒しみたいになっていたんですよ?」
土御門は、心配そうに顔を覗かせた。
「あ、ティッシュ、変えてください。まだ、血が止まってないようですね」
「気にするな。これぐらい、どーってことはないぞ」
「私があるんです。血だらけのティッシュを、鼻に入れたまま電車とか……。どれだけ、痛い目で見られるか……」
一生の恥だ。まさか、小さい段差に躓いて豪快にころぶとは……。
もしかして、俺達と差を開いて乗ったのは、あヤツら、何かを感じ取っていたのか?だとしたなら、まんまとしてやられたって訳か……。
──やってくれるぜ。
「なに、一人で納得した様子で、すまし顔してるんですか。早く、変えてください」
土御門は、いつもの調子で淡々と口にした。
『間も無く、二番線に上野~池袋方面の電車が到着します。白線の内側に──』
押し出された、強い風が髪や服を踊らせる。
激しく煩い音に、堪らず眉を顰めた。俺より数倍も耳がいいルトは、涙目で長い耳を手で押さえつけてさえ居た。
しかし、とてつもなくデカいし長い鉄の箱が、馬以上の速さで駆けるのだ。正直、物凄いカッコイイ、惚れそう、欲しい。
『ドアが開きます、ご注意ください』
声が聞こえ、暫くすると引き戸が勝手に開いた。
土御門は、慣れた様子で電車の中へ。
「だが、またれよ! す、隙間が空いてるではないか!!」
落ちたら、危ないだろうが!
「大丈夫ですから、跨いでください」
「跨げと! 言われても! 電車も横に揺れてるではないか!」
「あ、あるじ様、ご無理はなさらずにッッ」
「ええい! 俺を馬鹿にしよっ──」
『ドアが閉まります、ご注意ください』
「──あ」
最後に聞こえた、土御門の気の抜けた声。閉まる扉。ユックリと進み出す電車。
何が何だか分からず、目で見送る俺の思考は停止していた。
「「ぇえぇえええ!! 置いてかれたんですけど!!」」
今、俺はCLANNADを見てるんですが、まじで感動ですよね。ふーこで泣きまくり。本当に名作だと思いました。もし、ここまで読んでくださった方で、見た事のない方。是非!見てみてください!←




