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初投稿。
思いついたら次話を投稿していきたいなと。
「__ああ、また来たんですね、先輩」
昼休みの日向というのは、なんて素晴らしい物なのだろう。
午前の授業でくたびれた頭を癒し、ゆったりとした微睡みを運んでくれる。
この学園に入ってからというもの、僕の数少ない日課の一つに、日向ぼっことその下での読書が加わった。
4限が終わると飛び出すように教室を後にして、休憩所を併設する総合資料館へ。
宛もなく本棚の前をふらふら行き来しながら今日の一冊を決めたあと、窓際のカウンター席に陣取って表紙を開く。
軽く昼食を摂ったら、いよいよ至福の時間だ。
時間の許す限り、が事前に決めたルールだから(というか無意識に僕がそう思い込んでいるだけなのだけれど)、次の日に継続して同じ本を読むといった事例は二度とない。本当は本の内容なんてどうでも良くて、結局内心では昼下がりの陽気を一身に浴びる為の副次的要素程度にしか考えていないのだろう。
「...君も物好きだね」
_が、そんな矮小な僕のささやかな幸せも、1年経って終わりを迎えた。
自身に後輩が出来て身の回りの環境が一変する、というのはよくある話だ。いい意味でも悪い意味でも、1年前とは180度変わった生活を送る奴はそれなりにいる。
僕の場合、それが最悪な形で現れたってだけ。
唯一と言っていい安寧の地を、先ほど言ったような 物好き な女に木っ端微塵に打ち砕かれたのだ。正直最悪って言葉だけで表現出来るか分からない。
兎にも角にも、僕の平静は耳触りな轟音を響かせて崩れ落ちた。
今正に僕の特等席に先に着いていた、小生意気な後輩の登場によって。
「今日も午後はサボるんです?」
「その口だと君も同じっぽいな」
仕方なく僕は彼女の隣に腰掛ける。この位置だと日光が上手い具合に当たらない。中途半端が嫌いなんだよ僕は。
「よく分かりましたね」
「4回目となれば察しつくよ」
ですよねー、と彼女はけらけら笑う。後から気付いたのだが、どうやら笑う時に髪をかき上げるのが癖らしい。
今日も彼女は同じ本を開いていた。いつも違う僕とは正反対って事になる。厚さ的に見て文庫本サイズだから一週間もあれば読了できるはずなのだけれど、記憶が正しければ初めて遭遇した時から同じ装丁だった。
よほどその本に愛着を覚えているのか、そもそも活字を追うのが苦手なのか。
いや後者は流石にないか。
「先輩って、やる事無いんですか」
午後の始業まで残り10分を切った折、彼女がふと呟いた。視線はこちらを向いていない。
「まずは今僕たちがどんな肩書きを背負ってるかについて思い出したら?」
失礼な、とばかりに回りくどい皮肉を口にすると、彼女はふっと肩を落とす。自虐めいた苦笑い。
「分かります...分かります、けど。...私たちの状況からして、その肩書きを堂々名乗っていいかってなると正直微妙じゃあありません?」
視線がやっとこちらに向けられた。澄んだ瞳は吸い込まれそうなくらいに深い闇。
「...だね、確かに微妙だ」
反論してもどうにもならないと分かっていたから、僕は素直に頷いた。全く以って正論なのだから、何か言い返すというのも不自然な話だろう。
「私、今自分が置かれてる立場が情けなくて情けなくて仕方ないんです。人とマトモに話せないからこの学校を選んだのに、ここでも周りの目に怯えてる。今こうして先輩と話しているのも、実際は体裁を保つ為の保険に過ぎないんですよ」
暫く考えて、返しに何を言うべきか迷った。
事実、自分も似たような存在だったからだ。
僕自身昼休みに1人になりたがるのも、他者からの目が怖い故だ。
だから僕たちは、無意識に傷の舐め合いを繰り返している。
「...ああ、もうこんな時間」
気付けば時計の秒針は始業の5分前にまで迫っていた。
彼女は今更思い出したように席を立ち、僕の後ろにまで下がってくる。
「それじゃあ先輩、また明日」
ひらひらと胸元あたりで手を振って、彼女は柔く微笑んだ。
ほぼ毎日見ている光景とはいえ、今日の僕に映ったのは「話はこれで終わりだ」というセリフ。
「...あー」
椅子に凭れて、虚空を仰ぐ。
そうだよ、僕たちは似た者同士なんだ。
...
【Akaneさんがログアウトしました】
ややあって、眼前に無機質なポップが浮かび上がった。
僕はそれを2秒も見ずに閉じる。
今日は僕も午後サボろうかな。ここでじゃなくて、自室で。
話が決まれば後は早い。
現実に意識を引き戻そう。
僕はゴーグルに手をかけて、ゆっくりと、割れ物に触れる心地で持ち上げた。
最近出てきたVR学校のお話です。
完全に独学なので、本来の姿や意味と食い違う部分もあるかもしれません。
その時はこのお話独自の世界観なんだ、ということでご容赦ください。