ギルドからの依頼Ⅰ
現実離れをした―と言っておおよそ差し支えないだろう―違和感を持った眼前の少女。
肩まで伸ばした灰色の髪に、透き通るような青色の双眸。
その表情はあどけなく、まさに無垢という表現がしっくりくる。
そしてその容姿は何よりも、この世界から浮いてしまっているという印象を色濃く与えた。
――彼女はリュカと名乗った。
「君が同行してくれるのか?」
「は、はいっ!」
「それはありがたい。リュカ、よろしく頼む」
彼女は人懐っこい満面の笑みで、小動物のようにぴょんぴょんとその場で飛び跳ねている。
背丈だけで言うとレミアと同じくらいか、それよりも高いくらいなのだが
その言動や雰囲気が原因なのだろうか、かなり幼く見える。
その一方で、魔術師としての評価の高さにはアンバランスな物を感じていた。
「あ、あのぉ…?えっとぉ…」
「……ん?」
「どうしたんですか?そんなにじっと見つめて。…リュカちゃんが照れてますよ?」
間に立ったレミアが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
もじもじと顔を真っ赤にしたリュカがそこには居た。
何故だろうか、彼女には何処となく引きこまれるものがあり、
俺は無意識に凝視してしまっていたようだ。
「…すまなかった。早速で悪いのだが、すぐにでも件の洞窟へ向かいたい。
そちらはいつ頃から動けるだろうか?」
「あっ、えっと…今ちょうど進行中の依頼があって。明日には、ご一緒できるとおもいますう!」
「では、明日の昼頃にここでまた落ち合うとしようか」
「はーい!」
***
それは宿への帰り際の事。
リュカと別れを告げた後、何者かが足音も立てずにそっと近づいて来た。
「…背後を取るのはやめてくれないか?
今のが街中じゃなかったら死んでるぞ、レミア」
「すみません、ついつい。
つかぬ事を伺いますが…あの、もしかしてリュカのこと」
「なんだよ、嬉しそうに?さっきのやつがなんだって?」
「いえ。いいんですよ、隠さずとも!ふふ、すべてわたしにお任せください」
「いや、本当に何がだよ…」
レミアがにやにやとして俺の背中を力強くバンバンバンと叩いてきた。
痛い。…もしかすると彼女は魔術師ではあるが、物理攻撃も得意な方なのかもしれない。
先程の含みを持たせた発言は気にはなったが、今はそれどころではないので放っておく事にしよう。
***
そして翌日、魔術師ギルド
待ち合わせの時間はとうに過ぎているが、リュカの姿はまだ見えない。
仕方がない、少し待つことにしよう。
バタバタバタバタ…
バーン!
このように、勢い良く開かれるギルドの扉が今までにあっただろうか?
場末の酒場でもそうそう見かけない光景に、しばらく俺の時は止まった。
「ごめんなさい、遅れましたあぁ!」
そしてその主、はぁはぁと息を切らせたリュカの姿がそこにはあった。
「そこまで待ってはいない。ところで、昨日言っていた依頼は済んだのか?」
「とっくに終わりましたよっ!」
彼女はビシッとこちらに向けて左親指を立てた。
本当に一々大げさな娘だ。
程なくして俺達はアレクシアンから出発し、
魔法鉱石の発掘場所であるフィリル洞窟へと向かう。
「リュカ、案内は任せたぞ」
「はい!おまかせです勇者さ…あっ!間違えです!」
今、さらっと聞き捨てならない言葉がこの耳に飛び込んできた。
そして誤魔化しているつもりなのだろうか、
リュカは吹けてもいない口笛をぷすーぷすーと高らかに鳴らしている。
気のせいだと良いのだが、こいつは怪しい、実に怪しい…。
ただ、リュカはレミアの知り合いでもあり、依頼主である魔術師ギルドも少なからず関わっている。
そうなると下手に事を荒立てない方が良いかも知れない。
今の発言が『勇者』であってもなくても、一先ずここは様子見に徹する。
それからしばらく泳がせてみて何らかの重大な事実が発覚したら、その時は対処する形を取ろう。
「あの、どうかしましたか?」
リュカは会話の間が空いた事が気になったようで、こちらをじっと見つめている。
「いや、何でもない。ところで現地まではどのくらいかかりそうだ?」
「うーん。私一人で行っていいならすぐ、なんですけど。
びゅーん、びゅーんってとべますよ!あ、でも私じゃ魔物倒せませんね!」
何がそんなに面白いのか、彼女はあははと愉快に笑って答えた。
しかし、これがレミアが言うところの『ちょっと変わっている』なのか。
俺からすれば大分変わっているように思う。
もっとも、魔術師自体が変わり者なのか、この本人がそうなだけなのかは俺の知る所ではないが。
***
「開錠とフロアライト。罠感知に気配遮断、出来ました」
「リュカ、お前思っていた以上にすごいな…?」
「でしょう!どやどやえっへん!」
洞窟内は独特の空気に包まれており、いかにも魔物の生息地といったひんやりとした雰囲気があった。
しかし魔術師としてのリュカの手際には目を見張るものがある。
魔法には疎い俺からしてもやはり『速い』のが分かる。
これは高速詠唱と言うものなのか、或いは詠唱がないのだろうか?
そういった物が可能なのかは知る由はないが
見るからに瞬時に魔法を行使できているようだった。
俺はそんな彼女に出来る魔術師の片鱗を見たような気がする。
だが、この場に於いては魔術師として出来る事はここまでだ。
「では、あとはお任せします!」
「…何があるか分からないし、俺の側から離れるなよ」
「えっ……!?は、はい…わかりましたあっ!」
俺たちは最奥を目指して進む、進むのだが…。
「おい…そんなにくっついたら動きにくい。もう少し加減できないか?」
「はいぃ…。す、すみませぇん!」
相棒はぴったりと俺に密着している。
言うなら腕にぎゅっとしがみついている状態だ。
まさか、離れるなと言う言葉を額面通りに受け取ったのか?
それとも別に何か狙いがあるのか?
そうこうしているうちに、彼女は慌ててほんの少しだけ離れていった。
それでも近いと言えば近いが幾分かはマシになった。
***
「出ましたぁ!サポートはお任せです!」
「あぁ、手筈通りに頼んだ」
洞窟のおおよそ中程だろうか、その辺りに差し掛かるとうごめく魔物の存在を確認した。
固体としては俺の知る所ではリザードに似通っているが、良く見てみると違う。
試しに一度リュカに魔法攻撃を撃ってもらったが、彼女曰く「ダメみたいですうう」
これは前情報通りで間違いないようだ。
もしかするとこいつは変異体と言うものなのかも知れないな。
俺は素早く抜刀を済ませると瞬時に間合いを詰め、踏み込みからの一刀を浴びせる。
小手調べ程度の一撃だったが、悪くない手応えが両手にしっかりと残った。
続けざまに返す刀で追撃し、ちょうど×印の傷跡を刻み付ける形となった。
「グオオオッ!!」
「ひいっ!」
リザードらしきものから、血飛沫とけたたましい雄叫びが上がった。
…それとは違う叫びも上がった気もする。
剣、恐らく武器での攻撃はかなり効いていると見て良さそうだ。
リザードも負けじと攻撃を仕掛けて来たが、この程度のスピードならば回避するのも容易い。
これまで戦ってきた敵ほど速さも鋭さもなく、殺意すらも感じない。
俺は軽いステップで相手の攻撃をいなし、即座に反撃へ転じる。
相手を蹴り飛ばし体勢を崩させ、その後一気に距離を詰める跳躍から振り下ろしを見舞う。
こうしてものの数秒でリザードを沈黙させた。
「わあああ、すごいです!つよいです、すてきです!」
リュカがわーいわーいと何か飛び跳ねて喜んでいる。
彼女の正体はさておき見ていて飽きないやつなのは間違いないな。
だがまだたったの一体を倒しただけに過ぎない。
このリザードはどれほど生息しているのか、この固体の親玉はいるのかを把握しなければ。