邂逅
「本当に浮いているんですね!」
俺達は魔法都市アレクシアンに到着した。
隣で何か騒いでいる奴の存在が想定外ではあるが、
単なる喋る小さな置物だと思えばそこまでの問題はない。
さっさと魔術師ギルドへ向かうとしよう。
「あれはなんだろう…!?すごい、すごい!」
大声の主には一切触れずに都市内部へと歩みを進める。
これもあと少しの辛抱だ、気にはしない。
まだ、わいわいと一人ではしゃいでいる。まったく気楽なものだな。
まったく…楽しそうな…。
「あの、もう行きませんか?」
「…ん、あぁ」
「急にぼうっとしたりして、もしかして体の調子でも悪いんですか?
あそこで少し休みますか?」
その子は心配そうな表情で尋ねて来た。
俺はその時、遠い昔を思い出してしまっていた。
決して戻りはしない日々の事を。
「いや、何でもない」
***
「お前はここが初めてだったのか?」
「ええ、そうなんです。一人じゃとても不安で…、それで…」
一人で出来る事には限界がある。
きっとこれまでにも沢山の不安に遭遇して来たはずだ。
その事を忘れ、俺は何であんなにも彼女を疑ったのだろうか?
「…その、すまないな、さっきは辛く当たって」
「い、いえ。わたしこそ、追いかける様なことをしてしまいましたし…」
素直に誰かに謝る事ができたのは何時振りだったろうか。
俺はすでに人としての心を失いかけていたのかもしれない。
道すがら、俺は何か暖かいものを感じていた。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」
「あ、確かに自己紹介がまだでしたね。わたしはレミアと言います」
***
「では、わたしはこれで…。ここまでありがとうございました」
「ああ、気をつけてな」
レミアと別れると俺はついに魔術師ギルドへとやって来た。
噂通りの賑わいを見せるそれには、やはりと言うべきだろうか圧倒された。
ここでは剣を携えた冒険者は珍しいのだろう、ギルドの奥へ進むにつれて
すれ違い様に一瞥、あるいはまじまじと見つめられた。
そして最奥にあるカウンターに達すると、俺は受付と思しき女性に声を掛ける。
「こちらは魔術師ギルドです。今日は何の御用でしょうか」
「少々伺いたい事があるのだが、良いだろうか?」
「…当ギルドがお力になれる事であるならば」
自分は勇者であること、
魔王との対峙の為に信頼の置ける魔法の使い手が必要なこと、
俺はすべてをありのままに伝えた。
事情を話すとその女性は、俺にこの場で待つ様にと伝え奥の部屋へと消えて行く。
暫く待っていると先程とは別の女性がこちらへとやって来た。
「事情は分かりました。当ギルドとしましても協力は吝かではありません。
…ですが、そちらの実力の程が不明瞭な為
それが証明されればと言う条件付きではありますが」
あくまでも今の俺は自称勇者と言う事なのだろう。
さすがは疑り深い魔術師ギルドらしいとも言える対応だ。
「了解した。こちらとしては何をすれば良い?」
「…話が早くて助かります。
当ギルドに於いて、大変に手を焼いている案件がありまして」
「それが解決できれば、話を通してもらえると言う事で良いだろうか?」
「その認識で結構です。お引き受け願えますでしょうか」
多少回り道にはなるが、これで一歩でも二歩でも状況が良くなるのであれば甘んじて受け入れよう。
ようやく掴みかけた手掛かりでもあるわけだし、ここは確実な物にしておきたい。
***
条件としてはこうだ。
様々なマジックアイテムの元となる魔法鉱石の発掘場所に、魔物が住み着いてしまった。
その魔物は魔法への耐性が非常に高く、熟練の魔術師でもまったく歯が立たない。
また、鉱石の発掘場所の入り口には魔術師でないと開ける事のできない鍵が掛かっている。
つまり、魔術師を連れて鍵を開けてもらい、その中の魔物を魔法以外で倒せば良いという訳だ。
これは中々にシンプルで分かりやすい。
ただ一つ問題があるとすれば魔術師をどうするかだな。
…だが幸いにしてここは魔術師ギルドだ。誰かしらに協力を仰いでみるか。
「あ…あれ?」
「ああ、レミアか。ギルドへの登録は出来たのか?」
「はい、お陰さまで。ばっちりです」
そこには先程別れたばかりのレミアが立っていた。
彼女に魔術師を探している件を伝えてみるか…。
「何かお困りのようですね?」
「あぁ、それがな…」
***
「うーん、実力的にもわたしにはまだ難しいかもしれませんね…。
おまけに地理にも疎いですし」
「そうか…」
「……あ、でも何とかなるかもしれません!
最近知り合った子で、すごい魔法を使う子がいるんですよ」
「すごい魔法?」
「はい。今までに見た事も聞いた事もない魔法で…。
本人は独学なんだと言っていました。それにはギルドの方もとても驚いていたとかで。
良ければ、その子に聞いてみましょうか?」
レミアの知り合いなのであれば、少なくとも悪い事にはならないだろう。
そして魔術師ギルドも認めるほどの実力者、なのだろうか。
「ちょっとだけ変わった子かもしれないですけど、あまりに気にしないでくださいね」
レミアはそう言うものの、彼女自身もそれなりに変わっているわけで。
だからそれに関しては大丈夫だ、と言うのはやめておこう。
変なところで機嫌を損ねて貰っては困るからな。
***
運命のドアは唐突に開く。
「紹介しますね、この子は――」
心臓がドクン、と大きく跳ねるのを感じた。
何故だか既視感のあるような、表情を浮かべ…
目の前に現れた少女は口を開いた。
「あっ!あの…よ、よろしくお願いしま…す?」
この出会いがすべてを大きく変えるものになろうとは、この時はまだ知る由もなかった。