内なる憎悪
さて、どうやって魔王城に入ったものか。
生憎俺は魔法に関する知識を一片も持ち合わせていない。
これまでは一人で特に問題なくやって来たが、それにも限界があると言う事なのだろうか…?
ただ、こうしてじっとして居ても埒が明かないだろう事だけはわかる。一旦近郊の街に戻り情報収集をしてみよう。
[アイザスの街]
昼間にはマーケットが開かれかなりの賑わいを見せるこの街は
魔王城から一番の近場という事もあってか、常に厳戒態勢が敷かれている。
その為王国兵が常駐しており、また腕利きの冒険者などが数多くこの街を拠点としている。
酒場などでは、護衛を雇ったり魔王に関する情報を聞く事ができるかもしれない。
***
「お兄さん、魔法使えないみたいだし一人じゃ無理なんじゃないかな~。でさ、私なんてどう?先払いで20000ゴールドなら即決よ」
「あんなのはオレっちが破壊してやるぜぇ!10000くれればすぐに向かうぜ!」
「お手持ちのゴールド、もっと増やしたくないですか?私にお任せ頂ければ二日で十倍にしてお返ししますよ。さあどうです、さあさあ」
思っていた以上にこの酒場は駄目そうだ。
だが勇者という身分を隠している分、彼らもまだ大人しい方だろうか。
どうせ同じ金の話をするなら情報屋にでも当たった方が良さそうだ。
俺にとっては一時的な割り切った関係の方が一番やりやすい。
「魔法防壁を何とかする方法?あれは武器ではどうにも出来ないと聞いています。やはり、その手の専門家に聞いてみるのがいいでしょうね」
「その専門家とやらを知らないか?あるいは、魔法に明るい冒険者でも構わない」
「ええ、そちらの心当たりはあります…が、今は残念ですが都合がつきません。しばらく…そうですね、日が沈んでから改めて来てもらえますか」
酒場を後にした俺は早速宿を取る事にした。
ひとまず、何らかの情報が得られそうな気がする。
「ありがとうございます。二階の真ん中のお部屋です」
日没までには時間もある事だし、少し休んでおこう。
…本来ならあの場で魔王を封印するところだったんだがな。
何故あんな足止めをしたのか未だに理解ができない。
***
「先に前金を頂きますね、どうも。…あちらに道具屋が見えますでしょう。その先の橋の下、川辺に件の冒険者が居ります、外は暗いですので十分にお気をつけて」
張り付いた笑顔に見送られて、言われるがままに川辺までやってきた。
そこには人影を一つ確認できる。恐らく先程言っていた冒険者だろう。
「あんたが防壁の?」
「あぁ、そうだ」
「しかし何故こんな暗がりに?何か理由でも?」
「そうさね、強いて言うなら…」
…何か様子がおかしい。先程一つだと思っていた人影が二つ、三つ。
話をしている間に忍び寄るようにその数を増やしていた。
だがそれに気づいた時には手遅れだった。
「あんたには何の恨みもないが、ここで沈んで貰うぜ!おっと、金目のものだけ置いてきな、グヘヘ」
情報屋、あいつの手引きか。
まさか街中で剣を抜く事になるとはな。しかし、夜だったのはかえって好都合だ。
…間違って殺してしまってもいいわけだ。
「ククク、一対三じゃテメエに勝ち目なんざねえんだよ!大人しくしやがれ!」
…獲物の扱いがまるでなっちゃいない。こんなもの虚仮威し以前の問題だ。
俺は三方向からの剣撃を一刀のもとに軽く薙ぎ払う。
見るからに安物のショートソードが三本同時に宙を舞い、仲良く川底へと沈んでいった。
「げげっ!?こいつ、強いぞ!」
「おい、もう終わりか?」
俺は手にしたブロードソードの切っ先を主犯格の男の首元に突きつけ、残りの二人を睨みつけた。
「「お、お助けをーっ!」」
「お仲間はお前を見捨てて真っ先に逃げたようだが?」
「ひいいいいっ、出来心なんです、ううううぅ…」
人間というのは実に身勝手な生き物だ。
仲間と言えば聞こえはいいが、旗色が悪くなれば呆気なく裏切ってみせる。
そいつらにとって結局は自分が一番可愛いのだろう。
その醜さはもはや魔物とも大差ないと言ってもいい。
「さっさと行け、二度と俺の前に現れるな」
***
しかしどうしたものか、振り出しに戻ってしまった。
まあ、それはまた改めて考えるとするか…。
最近は特に思う事がある。
…あんな人間達の為に魔王を倒す必要はあるのだろうか?
いっそこんな世界、滅んでもいいのではないか、と。
夜も更け、いつしか俺は深い眠りに落ちていた。